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「この作品でスポーツの見方が変わった」中村勘九郎(金栗四三)「個性的だけど憎めない主人公2人を気に入ってもらえたら」阿部サダヲ(田畑政治)【「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」インタビュー】

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2019年01月01日 10:21  エンタメOVO

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写真金栗四三役の中村勘九郎
金栗四三役の中村勘九郎

 1月6日(日)から始まる大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」。脚本を連続テレビ小説「あまちゃん」(13)の宮藤官九郎が手掛け、日本が初参加した1912年のストックホルムから64年の東京まで、激動の半世紀の中にオリンピックと日本人の歴史を笑いと涙でつづる物語だ。主人公は、日本人初のオリンピック選手・金栗四三と64年の東京オリンピックを招致した田畑政治の2人。金栗役の中村勘九郎と田畑役の阿部サダヲが、作品に懸ける意気込みを語ってくれた。




−大河ドラマの主演を務めるお気持ちは?

勘九郎 最初に聞いたときは、うれしさよりも「大丈夫かな?」という心配が先に立ちました。ただ、金栗さんのさまざまなエピソードを聞き、関連する本を読んだ後、宮藤さんの脚本を読んでみて「これなら大丈夫」と。ただその分、どう演じたらこの面白さが伝わるだろうかというプレッシャーが湧いてきました。金栗さんは、とにかくマラソンのことしか考えていない人。周囲も、一人一人がチャーミングで、すてきな人ばかりなので、ぜひ皆さんに楽しんでいただけたらと思っています。

阿部 僕が初めて出演させていただいた大河ドラマが、勘九郎さんのお父さま(十八代目 中村勘三郎)の主演した「元禄繚乱」(99)。たった1回の出演でしたが、僕に声を掛けてくださり、舞台を見にきてくれるようになったんです。それから、宮藤さんが歌舞伎を書いたりもして、勝手にご縁を感じていました。そして今回、僕が主演を務めることになったと思ったら、勘九郎さんと一緒。本当に不思議なご縁だな…と。

−東京オリンピックを翌年に控えた今年、日本人として初めてオリンピックに参加した金栗四三、64年の東京オリンピックを招致した田畑政治という人物を演じるお気持ちは?

勘九郎 金栗さんが初めてオリンピックに出場したときは、今と環境が全く違います。国からの支援はなく、自費で参加、そして途中棄権という結果に終わりました。僕も撮影で当時のオリンピックが行なわれたストックホルムに行き、実際に走りましたが、終わったときに感じたのは「勝ちたかった…」ということ。今まであまりスポーツをしてこなかったので、負ける悔しさを知らなかったのですが、このときは本当に悔しかったです。だから今回、この作品に出演してスポーツの見方が変わりました。スポーツにそれほど関心のない方たちも、このドラマを見たら、僕と同じように見方が変わるのではないでしょうか。

阿部 劇中には東京オリンピックに向けて首都高速などの道路が次々と建設され、徐々に東京が出来上がっていくような場面もあるので、見ていてとてもワクワクします。今も来年の東京オリンピックに向けて国立競技場など、さまざまな施設が建設中で、皆さんがそれを見ている状態。だから、そういうワクワク感がドラマと重なり、皆さんと共有できるのではないかと楽しみにしています。

−それぞれが演じる人物の印象は?

勘九郎 金栗さんの故郷・熊本の方言で「とつけむにゃあ」という言葉があります。「とんでもない」という意味ですが、まさに金栗さんは「とつけむにゃあ人」。走ることしか考えていません。だから、僕もマラソンのことだけ考えていればいいので、毎日楽しいです。衣装も、大河の主人公といえばきれいな着物やカッコいいかっちゅうがお約束ですが、僕はユニフォームと体操着ばかり。大河史上、最も地味な主人公ではないでしょうか(笑)。

阿部 田畑さんはもともと、新聞記者で、頭の回転が速くてプロデュース能力にも優れ、言葉でガンガン攻めていくタイプですが、行動が型破り。大物政治家に直談判に行くなど、普通はやらないようなことを平気でやってしまう。だから、周りは大変だったのではないかと(笑)。ただ、田畑さんも金栗さんも、ものすごく個性的ですが、どちらも憎めないところがあるので、皆さんに気に入っていただけたらいいですね。

−アスリートを演じる上で、苦労した点は?

勘九郎 マラソン選手の役ということで、体作りはもちろん、残っていた金栗さんの映像を参考に、走り方の基礎から学びました。とはいえ、撮影なので「実際はそんなに走らないだろう」と思っていたんです。そうしたら大間違い。今はドローンを使うと、どこまでも撮影できるんですね。おかげで延々と走る羽目になりました(笑)。ただその分、熊本のミカン畑など、いろいろな所を走ることができましたし、映像も素晴らしいものに仕上がったので、楽しかったです。

阿部 田畑さんは元水泳選手ですが、指導者になっているので、泳ぐ機会はそれほどありません。当時主流の日本泳法は、クロールと違って左右いずれかを向いて顔を上げて泳ぐスタイル。だから、先生から「阿部くんが得意なのはこちら側だから」と教えていただいて、片側だけ練習していたんです。そうしたら撮影のとき、カメラ位置の都合で「反対側で」と言われ、沈みそうになりました(笑)。

−ナビゲーターを落語家の古今亭志ん生(ビートたけし)が務める形で物語が進行します。そのスタイルについては、どんな印象を持ちましたか。

勘九郎 明治から昭和にかけての物語を、志ん生さんが語る形ですが、普通なら分かりにくくなりそうなところを、脚本家の宮藤さんがとても面白く仕上げてくれています。しかも毎回、最後に落語の“サゲ”に当たる部分があるんです。それもバッチリ決まっている。やっぱりすごい脚本家だなと。毎回、台本を読むのが楽しみで仕方ありません。

阿部 僕たちのドラマをうまく落語にリンクさせているあたり、宮藤さんらしい面白いアイデアだなと。最近は落語を題材にした番組が増えているので、視聴者の方にも親しんでいただけるのではないでしょうか。

−この作品を通じて、視聴者に伝えたいことは?

勘九郎 金栗さんはマラソンのことばかり考えている人でしたが、メダルには縁がありませんでした。それでも、今につながる日本のマラソンの礎を築いた人であることには違いありません。だから、何事も情熱を持って取り組めば、必ず得るものはあるということを、金栗さんの姿から感じてもらえたらうれしいです。

阿部 金栗さんの時代から64年の東京オリンピックまでの間に戦争があり、予定していた東京オリンピックを返上したという歴史があります。田畑さんは、自分が育てた選手を戦争で失うというつらい経験をしながらも、敗戦で傷ついた日本に希望を与えたいという思いで、平和への願いも込めて、諦めずにもう一度、オリンピックを招致しました。それがきっかけで、外国の方が東京に来てくれるようになった。今、さまざまな国の方と交流できるのは、田畑さんたちの功績でもあるということを知ってもらえたらいいですね。

(取材・文/井上健一)


田畑政治役の阿部サダヲ(中央)

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