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『岬の兄妹』片山慎三監督、デビュー作に込めた人間の生きる力 「観る人の心を動かす作品を」

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2019年03月11日 16:01  リアルサウンド

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 3月1日より公開され各劇場で満席が続出している映画『岬の兄妹』。山下敦弘やポン・ジュノの助監督として経験を積んだ片山慎三監督の初長編作となる本作は、売春によって生計を立てる障がいを持つ兄妹の姿を通して、家族とは何か、生きることとは何かを問いかける。


 リアルサウンド映画部では、本作を手がけた片山監督にインタビューを行った。“過激”とも言える脚本を制作した経緯から、本作に懸ける思いまでじっくりと話を聞いた。


●「兄妹の人間として生きていく力、たくましさを描きたい」


ーー著名人からも高い評価を受け、映画公開前に拡大上映が決まるという異例の展開となっていますが、率直に今のお気持ちからお聞かせいただけますか。


片山慎三(以下、片山):映画を制作しているときは、予算をどう回収しようかなどはまったく考えていなくて、全国公開とも思ってもいませんでした。錚々たる方々からコメントも寄せていただいて、嬉しい限りです。映画に対する評価もそうですし、こうして全国で公開されている現状に、まだ実感が湧いていないのが正直な気持ちです。


ーー「障がい者」×「売春」というキーワードがあるだけに、あらすじだけを見ると“社会派作品“と思いがちなのですが、決して社会を糾弾するだけの作品にはなっていません。どういった経緯で本作のプロットを考えたのでしょうか。


片山:結果として社会性のある映画になったとは思いますが、おっしゃる通り“社会派映画”を撮ろうと思ってスタートしたわけではありません。むしろ、「俺のメッセージを受け取ってくれ!」という強い主張はできるだけ排除して作りたいと思ったんです。最初に意識したのは、観る人の心をグワングワンと動かしていく、“アトラクション”のような映画を作りたいという思いでした。


ーー間違いなく社会派映画の側面もあるのですが、主演2人の熱演もあり、圧倒的な生きるエネルギーを受け止められるエンターテインメント作品になっていると感じます。


片山:だから実験でもあったんです。どうしても取り扱うテーマによって、その時点で観客を選んでしまうことがあります。本作のような一見眉をひそめたくなるものを扱っていても、決して重いだけの映画にはしたくなかった。そんな作品を自分でも観たいと思いましたし、作りたいと思ったんです。


ーーそんな“実験”が成功したのも、主演2人の存在があってこそだと思います。松浦祐也さん、和田光沙さんの起用はどんな経緯で?


片山:松浦さんは作品の構想を練り始めた最初の段階から意気投合してくれました。僕が助監督として就いていた山下敦弘監督作『マイ・バック・ページ』の頃からの知り合いで、信頼関係もあったので、兄・良夫は松浦さんしかいないと。妹の真理子を演じた和田さんはオーディションで選びました。2人の相性が良かったので、現場でも非常にやりやすかったです。現場はキャスト・スタッフ全員合わせて10名程度で、ときには和田さんが車の運転を担当してくれることもありました。


ーーコンプライアンスが重視される2019年の今、障がい者に売春をさせるという本作のストーリーを危惧する声も当然あったかと思います。真理子の姿を描くにあたって、どのように線引きをしましたか。


片山:ここまでやったら外から文句を言われる、だからやめておこう、といった考えはしませんでした。障がい者を描いた、いわゆる“感動ポルノ”と呼ばれているものとは真逆の作品です。当然、撮影をする前は、障がい者に日ごろから接している方や、福祉関係の方から厳しい声があるかと思ったのですが、むしろそういった声が聞こえてくるのは一般の方たちからでした。専門家の方たちは、障がい者と言っても、彼らが僕たちと同じ1人の人間であることを理解しています。ひとりひとりの“個性”なんだと。一般の方のほうが、「障がい者」というだけでフィルターをかけてしまっているんだなと感じました。


ーー真理子にとっては「売春」もある種の救いになっています。


片山:初めて楽しみを覚えていくという変化ですね。そんな真理子の姿を見て、最初は妹にそんなことをさせるのは最低だと理解していた良夫の罪の意識がなくなっていく。この物語は、障がい者の犯罪についての統計などをまとめた本があるのですが、そこからヒントを得て創作していきました。障がい者に売春を行わせるという行為も、まったくのフィクションではないのです。でも、だからといってそれを社会を断ずるためのネタにはしたくなかった。ただ、悲壮感あふれるものにするのではなく、兄妹の人間として生きていく力、たくましさを描きたいと思いました。


ーー目を背けたくなるシーンもある一方で、兄妹の微笑ましい姿も随所にあります。印象的だったのは、中学生たちがクラスメイトへのイジメのひとつとして、真理子をあてがうシーンです。真理子がいじめられっ子と個室に籠もる中、良夫はいじめっ子たちにリンチされそうになります。そこからの反撃方法がすごかったです(笑)。映画の中でこんなに“臭”ってきそうなシーンは久々でした。


片山:ありがとうございます。あのシーンは夏の描写を入れようと考えたときに思いついたものでした(笑)。シリアスなシーンの後には笑えるシーンを入れたり、かといってコメディ色が強くなりすぎないようにバランスを取ったり、映画全体を通して、意識して緩急はつけるようにしました。「こんな物語を作っていいのかな」という不安は常にあったんです。でも、先述したとおり、障がい者にもさまざまな方がいて、ひとりひとりに個性がある。真理子に関しても、個性のひとつとして、自由にキャラクターを設定していいのだなと。彼女たちも僕たちと同じ“人間”なんだ、ということを感じてもらえたらと思います。


ーー金銭的に追い詰められた兄妹の姿を見て、「なぜ彼らは福祉関係に頼らない?」という意見も出てくるかと思うのですが、そのあたりのフォローはどう考えていたのでしょうか。


片山:当然その意見は出ると思っていたのですが、あえて行政関係者に関しては描かずにいこうと決めました。行政からも福祉からも見捨てられたという描写にしてしまうと、現実にはなかなかないわけで、嘘をついていることになってしまう。それならば描かないで、そういった関係者がいない、ひとつの寓話として描いた方がいいぞと。


●「最初は『三崎の兄妹』と書いていた」


ーー撮影も素晴らしいです。良夫が自作したチラシを真理子がバラ撒いてしまうシーンは、桜の花びらのようで非常に幻想的でした。


片山:先程の話とも重なりますが、この物語をどこか寓話として位置づけていたこともあり、その象徴として、物語における緩急の緩として、あのシーンを挿入しました。


ーータイトルにも入っている「岬」もこの世界の寓話性を感じさせます。どの段階でタイトルは決定したのですか。


片山:三浦半島の三崎港で撮影を行ったので、最初は「三崎の兄妹」と書いていたんです。この字をPCで作業しているときに変換ボタンを押したら「岬」が出たので、こっちのほうがいいなと。本当は、『デメニギスの夜』というタイトルにしたかったんです。でも、スタッフ全員に断れました(笑)。


ーー確かにそれだとより観客を選んでしまう感じがします(笑)。ポン・ジュノ監督、山下敦弘監督の助監督を経て、本作が長編監督デビュー作となったわけですが、やはり監督としての決断の重さはありましたか。


片山:決断か……結構ありましたが、完全にインディペンデントでの制作だったので、最悪何かあっても、「まあいっか」といった思いもありました(笑)。もし駄作ができたら、どこにも出さずにこじんまりと終わらせてもいいのかなと。その意味では監督を務めるというプレッシャーはそこまでなかったですね。すべてが自分の責任となる覚悟がありました。こうして映画が全国で公開されても何かプレッシャーを受けているわけではないので、そういう性分なのかもしれません。作ることがただ楽しいんだと思います。


(取材・文=石井達也)


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