深川麻衣が怒りながらも癒しを与える 『日本ボロ宿紀行』に溢れる「ボロ宿」への敬意と愛情

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2019年03月15日 13:31  リアルサウンド

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 深川麻衣が主演を務めるドラマ『日本ボロ宿紀行』(テレビ東京)が、一週間の疲れきった金曜深夜に気兼ねなく観られて非常に心地良い。


 『日本ボロ宿紀行』は、売れない演歌歌手・桜庭龍二(高橋和也)とマネージャーの篠宮春子(深川麻衣)が各営業先にて“ボロ宿”を巡っていく1話完結のドラマ。このボロ宿とは、決して悪口ではなく、「歴史的価値のある古い宿から、驚くような安い宿までをひっくるめ、愛情を込めてボロ宿と呼ぶ」というのがドラマ内の定義であり、ボロ宿好きの春子の思いが込められている。


【写真】桜庭龍二と篠宮春子の旅の道中


■『孤独のグルメ』『昼のセント酒』の流れを汲む『日本ボロ宿紀行』


 ドラマを一度でも観たことがある方なら、この『日本ボロ宿紀行』がテレビ東京のカラー全開の作品だということを感じているはずだ。それもそのはず。プロデューサーには渡邊愛美、吉見健士といった『孤独のグルメ』『昼のセント酒』の制作陣が揃い踏み。「グルメ」「銭湯と酒」「ボロ宿」というこれまでのテーマについて、吉見は“悲壮感”とその一貫して漂う作品性をコメントしている(参考:公式ホームページ)。原案は上明戸聡によるブログを書籍化した同名タイトル。広く見れば先日大きな反響を呼びながら最終回を迎えた『トクサツガガガ』(NHK総合)にも通じる、「趣味」にピックアップした作品で、いい意味でそれぞれ局の特色が出ているとも言える。


■深川麻衣は怒りながらでも癒しを与えてくれる


 深川は地上波の連続ドラマでは初主演。2016年に乃木坂46を卒業後、女優に転身し昨年公開された初主演映画『パンとバスと2度目のハツコイ』では、「TAMA映画賞」の最優秀新進女優賞を受賞した。今期は、『日本ボロ宿紀行』のほかにも朝ドラ『まんぷく』(NHK総合)に出演中だ。深川が『まんぷく』で演じる香田吉乃は、おっとりした好奇心の強い女性。自身の思いは曲げない芯の通った役柄だ。深川は乃木坂46に所属していた頃、絶対に怒らないその温厚な性格から“聖母”と慕われていた。その変わらぬほんわかとした雰囲気は『パンとバスと2度目のハツコイ』や『まんぷく』、もちろん『日本ボロ宿紀行』にも存分に溢れている。けれど、『日本ボロ宿紀行』に限ってだけは、少し事情が違う。深川はこの作品では、怒りながら癒しの空気を作っているのだ。


 深川が演じる春子は、亡くなった父の後を継いだ芸能事務所の社長という立場。桜庭は年上ではあるものの、自由奔放なその性格と全く稼いでくれないという、事務所にとってはお荷物の存在から、春子に見下されている。営業の売り上げ金で飲みに行こうとしたり、自暴自棄になりイベントの反省会を放り出す桜庭に、春子が「ちょっと!」と怒鳴りつけるシーンは、今作のお決まりだ。ドラマ内では、ふてくされた顔、しかめっ面の深川が非常に多く、女優・深川麻衣としてはある種の新境地の演技でもある。とは言え、心の底から沸き起こる怒りではなく、春子の怒りは落胆から来る注意に似た怒り。「もー!」というセリフで例えた方が分かりやすいだろうか。しかし、そんな表情も愛らしくなってしまうのが、深川の魅力。なんだかんだありながらも、龍二と仲直りする春子のニヒヒと笑う表情は、いざこざがあったからこそより輝いて見える。深川は、朝ドラでも深夜ドラマでも癒しを与えてくれる存在にあるのだ。


■『日本ボロ宿紀行』が伝える“廃れの美学”


 『日本ボロ宿紀行』は、実在する宿を舞台に撮影されており、そこで春子と龍二は様々な人々と出会い、また新たなイベント先へと旅立っていく。第2話までを新潟県、第4話までを群馬県、第6話までを千葉県にある宿に選んでいるのも、2人が全国を転々としている光景が目に浮かぶ要素だ。これまでのストーリーの中で、筆者が特に印象に残ったのが第2話の「新潟県南魚沼郡 こしじや旅館」。ここは苗場スキー場から徒歩圏内の宿で、春子らはスキーシーズンを外れ閑散とした街に訪れる。苗場スキー場は「FUJI ROCK FESTIVAL」の開催地としても知られており、筆者も昨年、近くの民宿に宿泊した(筆者は春子らが泊まった「苗場・浅貝エリア」とは少し離れた「田代・みつまたエリア」)。


 事前にネットで下調べはしていたものの、実際に泊まる宿を目の当たりにするとその風情のある外観に、龍二同様、思わず見上げ足を止めてしまったの覚えている。薄暗い廊下、使用禁止で一部が潰れたトイレ、穴の空いたソファー、硬く冷たい階段。だが、翌日にフロントにある自販機まで飲み物を買いに行こうと下の階に降りて見ると、宿の中は昨夜見た景色とは一変していた。昔ながらのストーブはスキー場近くの宿ならではで、普段あまり見かけないカップ麺の自販機は周りにコンビニがないからこそのありがたみを感じた。深夜だったため会えなかった宿の方も優しかった。何より、鳥がさえずり、古びた窓から木漏れ日が差し込む環境が心地よく、穏やかな気持ちになれた。


 今年も越後湯沢駅近くの民宿に3泊することにした。昨年より少しばかり楽しみな自分がいるのはドラマの“ボロ宿”への捉え方があるからだろう。もし、泊まる民宿に廃れた可愛い部分があったなら、写真に収めようと思っている。


(渡辺彰浩)


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