林遣都が三島由紀夫作品で表現した、未成熟な青年の姿 舞台『熱帯樹』に映された家族の肖像

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2019年03月16日 11:31  リアルサウンド

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 気鋭の演出家・小川絵梨子が、初めて三島由紀夫の戯曲に挑んだ『熱帯樹』。このところ『豊饒の海』や『命売ります』など、三島作品の舞台上演が続いているが、1960年に産声を上げた本作は、演劇のために編まれた戯曲であり、現代にも通ずる「家族」の物語が綴られている。多くの三島作品の主軸となる、麗しくも儚げな青年の役に林遣都が挑み、岡本玲、栗田桃子、鶴見辰吾、中嶋朋子といった、若手からベテランまでの手練の役者陣が顔を揃えた。


 本作で描かれるのは、1959年の秋の日の、とある資産家一家の屋敷内でのできごと。つまり、一家族の暮らす「家」という、ごく閉鎖的な、限られたシチュエーションにおいて、見るもおぞましい家族の愛憎劇が展開していく。


【写真】舞台『熱帯樹』の模様


 林遣都が演じたのは、病床に伏す相思相愛の「妹」と息子に異常な愛情を示す「母」に翻弄され、家族を厳しく支配しようとする「父」と対立するという、非常に複雑な役どころだ。三島作品における重要な「青年」のポジションに、ひいては本作の一家の息子・勇役に、林はぴたりとはまる。肩幅だけは一人前の男のものらしいが、その痩身はどこか頼りなく、大きな眼は、世界への期待も不安も隠すことができないように見えるのだ。映画やドラマといった映像作品と違い、舞台では彼の表情を仔細に眺めることはできないものの、離れた席からでもその感情の細やかな揺れが伝わってくる。それをさらに助長させるのが、若さを持て余したような林の野太い声だ。彼がセリフを大きな声で口にするほど、それは危うげに響き、未成熟なひとりの青年のなかに渦巻く怒りや悲しみといったやりきれない感情が劇場内には充満する。そしてなにより林の白い肌は、暗色で統一された舞台美術のなかで照明を浴び、いっとう際立つのだ。


 気がつけば林は、2007年の『バッテリー』主演での俳優デビューから、すでに10年以上が経った。キャリア初期には、『DIVE!!』(2008)や『風が強く吹いている』(2009)という主演を務めた代表作があり、ここ最近は、脇から作品を支えるバイプレイヤー的な印象が強い。とはいえ、『火花』(2016・Netflix)、『しゃぼん玉』(2017)、『チェリーボーイズ』(2018)で主演も重ね、『HiGH&LOW』シリーズ(2015-2017)や『おっさんずラブ』(2018・テレビ朝日系)でハマリ役も得ており、着実にキャリアを積み上げている。それらと並行して、近年は演劇作品にも精力的に参加。2017年には、小川が演出を務めた『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』でハムレット役を演じ、今作『熱帯樹』に繋がる信頼関係を築き上げたようだ。


 そんな林が演じる勇を取り囲む家族のひとりが、妹・郁子を演じる岡本玲だ。舞台経験が豊富な彼女は、芸人の石田明や、鴻上尚史といった、さまざまなタイプの演出家とコラボを重ね、表現力に磨きをかけ続けている。今作では、病床に伏す役どころということで、そのほとんどはベッドの上。極限まで動きを制限された状況で、受動的な役の林よりも場をリードし、生への諦念と渇望とを謳い上げた。


 毒親とも思える母を演じるのは中嶋朋子。演劇界の重鎮たちと立ち上げる古典劇から、若手演出家とのクリエーションまで、年間あたり相当な本数の舞台に立ち、彼女はその存在感を示し続けている。今作でもその魅力を遺憾なく発揮。タイトルの『熱帯樹』とは、あらゆる家族に見られるであろう愛憎を指し示すものだが、ねっとりと湿り気を感じさせる艷やかな声で、“熱帯樹”が育つに相応しい環境の醸成を担った。


 そして父・恵三郎をいかめしく演じるのが鶴見辰吾だ。その足取りは重々しくステージに落ち着き、唸るような声は「家族」という小さな共同体を歪ませ、“熱帯樹”でがんじがらめにした。また林とは、掴み合って揉み合いになる立ち回りも素晴らしく、そこに生まれるぴんと張り詰めた緊張感には、劇場内の誰もが思わず息を飲んだことだろう。


 さらにこの一家の物語には、栗田桃子が演じる信子という存在がある。この家族の一番近くにあって、また同時に部外者でもある、「(父にとっての)従妹」というポジションだ。彼女は私たち観客と同じく、この家族の外側の存在であり、冷ややかなまなざしで、ものごとの動向を見守っていた。


 誰ひとりとして、成熟した人間の存在はそこにはない。その集まりが「家族」であり、決して誰かひとりが絶対正義ではないし、絶対悪でもない。静寂が満たす劇場内での、彼らのかまびすしい声は、やがて狂騒へと変わっていくのだが、5人の演者の声が奏でる三島の世界の流麗な言葉の放流は、やがて、美しい音色としても劇場内に響き渡った。


 やっかいで、愛おしい、歪んだ家族の肖像。約160分間にわたって描かれたそれは、現代でも色褪せることはなく、むしろ完全に地続きなもののように思える。割れんばかりのスタンディングオベーションと、それに呼応するように4度にわたって繰り返されるカーテンコールが、この時間の濃密さを物語っていた。


(折田侑駿)


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