『ゲット・アウト』『Us』が米社会にもたらした衝撃 ジョーダン・ピールの恐怖と笑いの原点とは

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2019年04月17日 10:01  リアルサウンド

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 450万ドルで製作された低予算作品ながら公開初週の興行収入3,400万ドルを記録、第90回アカデミー賞では作品、監督、脚本、主演男優の主要4部門にノミネートされた新感覚コメディホラー『ゲット・アウト』。同作をデビュー作にして黒人監督初のオスカー3部門ノミネート、脚本賞を獲得し一躍時代の寵児となったジョーダン・ピールの最新作『Us』は、アメリカで公開され1か月が経った4月16日現在、1億6340万ドルの大ヒットを見せている。公開初週売り上げは前作を大きく上回る7,000万ドルで、オリジナルのホラー作品としてのオープニング興収過去最高記録を塗り替えた。


参考:社会派スリラー『ゲット・アウト』監督が語る、笑いと恐怖の共通点 「どちらも“死と向き合う”のに必要な感情」


 一般観衆からの大きな注目もさることながら、辛口レビューサイトRotten Tomatoesの批評家レビューでは436レビュー中94%(4月16日時点)の支持を受けるなど専門家からの評価も高い。ComscoreのメディアアナリストPaul Dergarabedianは、本作の異例ともいえる劇場動員数の要因を「恐怖は、観衆と映画のあいだにインタラクティブな体験をもたらす。数か月待てば家にいながらにして『Us』を観ることはできるが、スクリーンに向かって叫びたくなるようなあの感覚は劇場でしか得られない」と分析している。アメリカ全土を震撼させている“叫びたくなるような”恐怖の正体に、日本でも公開前から注目が集まる。


■コメディ界の人気者から映画監督へ
 自身の監督作品のみでなくスパイク・リー監督作品『ブラック・クランズマン』の製作、またSFテレビドラマシリーズ『The Twilight Zone』リブート版でホスト、ナレーション、プロデューサーを務めるジョーダン・ピールは、もともとコメディアンコンビ“キー&ピール”の一員として知られた存在であった。どちらも黒人の父親と白人の母親を持つ彼らは、両人種を斜めから切り取る人種ネタを盛り込んだ冠番組『Key & Peele』で、同じくの黒人と白人どちらもルーツを持つオバマ大統領と怒れる通訳者のコント『Obama’s Anger Translator』を披露している。穏やかに演説するオバマと彼の本心を代弁する怒りの通訳者を2人が熱演するネタは、彼らの代名詞的作品となって人気を博し、ホワイトハウス主催の晩さん会でオバマ本人とパフォーマンスを披露する事態にまで発展した。


■デビュー作にこめられた問題意識
 コメディ界から映画界へ活躍の場を拡げたピールは、長編監督デビュー作『ゲット・アウト』でホラー映画の鋳型に人種問題を流し込んだコメディホラーという新たなジャンルを確立する。そのタイトルは、彼自身の敬愛するエディ・マーフィーがコメディアン時代の1983年に披露した『Haunted Houses』からヒントを得たもので、「ホラー映画『悪魔の棲む家』で人殺しのあった家を白人家族が訪れるけれど、足を踏み入れたとたん聞こえる“出ていけ(Get out!)” と言う声を彼らは無視したあげく、家の内装だとかに夢中になって全然出ていかない。僕たち黒人ならすぐに出ていくのに」というエディのネタは、「問題に無関心であり続けた人間は、残虐な行為が起こっても気づかずに傍観してしまう。私の作品の根底にあるのは、無関心への反抗だ」と語るピールの作家性に大きな影響を与えた。


 作中で主人公の黒人青年を襲うのは、リベラル的言動を繰り広げている一方、自分が抱える黒人の使用人の存在にはまるで無関心な白人たち、そして白人社会の中でホワイトナイズドされてしまった黒人たち。複雑にもつれ絡み合った人間の潜在意識にある問題点を、白人と黒人どちらの立場にも属することのないピールの視点から暴いてみせた。


■アメリカ社会とピール、それぞれに訪れた大きな変化
 2009年のオバマ政権誕生によりアメリカ建国史上初めての黒人大統領を迎えた国民の多くは“この国のレイシズムは終わりを告げた”と感じていた。実際『ゲット・アウト』を製作していたピールのもとには、“人種ものはもはや時代遅れ”と批判の声が寄せられたという。しかし黒人に対する暴力事件は依然として多数発生しており、2013年に黒人少年が白人警官によって射殺されたことをきっかけに起こった抗議運動“ブラックライヴスマター”の存在が念頭にあった彼はその手を止めなかった。そして2017年有色人種排斥を公約に挙げるドナルド・トランプ候補の大統領就任、それに伴い各地で急増したヘイトクライムがニュースを騒がせるさなか公開された『ゲット・アウト』は予想外の大ヒットを記録する。


 そして最新作『Us』で描かれるのは、幼少期に家族と休暇で訪れたサンタクルーズで経験したある出来事がトラウマとなり失語症となってしまったアデレートとその家族の物語。大人になり失語症を克服した彼女は、夫から息子、娘を連れサンタクルーズで休暇を過ごそうと持ちかけられる。過去の記憶から嫌がる彼女をよそに、一家は再びビーチへ向かう。夜、謎の来訪者によって一家の穏やかなバカンスは混乱に変わることに。別荘を襲った四人の侵入者は、アデレートたちのドッペルゲンガーだった。


 『ゲット・アウト』の製作を通じピールが目の当たりにしたアメリカ社会の抱える二面性は『Us』の“本人VSドッペルゲンガー”という構図形成に色濃く影を落とした。また『ゲット・アウト』公開から5か月後に誕生した第一子の存在も自身の価値観に大きな拡がりをもたらしたという。


「父親になったことで、人生の主役はもはや自分ではないこと、キャリアよりももっと重要な存在があることが表現者としての僕を勇敢にさせたんだ。息子が幸せでいる限り、どんな声も怖くないからね」


■最大の恐怖、その正体
 最新作『Us』で主要人物に黒人一家を据えている理由を問われたピールは「黒人家族が主役のホラー映画を観たことがないということに気づいたからだ」と答えている。しかしその意図は、人種問題に留まらない人間の普遍性を問うことにある。


「彼らが主役であるという違和感を乗り越えたあとに観客が見つめるのは、人間そのものなんだ。『ゲット・アウト』とは違って人種問題に焦点を当てない本作の製作にあたり、私はこれまでのホラー映画で描かれてこなかったモンスターの創造に身を捧げた。そして行きついたのは、私たちにとって自分自身が最大の恐怖だというシンプルな真実だったんだ」


 これまでジャンルの枠に留まることなく、社会の中に潜む大きなねじれに向き合ってきたジョーダン・ピール。彼が最新作『Us』でみせた恐るべき存在は、得体のしれない幽霊や差別意識を秘めた白人、同族嫌悪する黒人ではなく、1番よく分かっているはずの自分自身が持つ悪の側面である。逃れようのないこのモンスターは、すべての観客を恐怖の当事者にするだろう。


●参照
・CNN BUSINESS
https://edition.cnn.com/2019/03/22/media/us-movie-analysis/index.html
・ESSENSE
https://www.essence.com/entertainment/jordan-peele-credits-eddie-murphy-get-out-inspiration/
・Rolling Stone


The All-American Nightmares of Jordan Peele



■菅原 史稀
編集者、ライター。1990年生まれ。webメディア等で執筆。映画、ポップカルチャーを文化人類学的観点から考察する。


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