新鮮な笑いと優しさをもたらす「古田新太マジック」 『俺スカ』のぶおの原動力は“快・不快”?

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2019年05月25日 09:31  リアルサウンド

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 古田新太が、私立高校に赴任してくる「超ヤバい」教師役で主演する『俺のスカート、どこ行った?』(土曜22時〜/日本テレビ系)。古田新太の役どころは、かつてゲイバーを経営していた、ゲイで女装家の52歳・原田のぶおだ。


 今クールに多いLGBTモノかと思いきや、ドラマが始まってみると、「ゲイで女装家」という設定に必然性が感じられないことや、リアリティのないストーリーなどを疑問視する声が当初は多かった。永野芽郁や川栄李奈、上白石萌歌、富田望生など、演技経験のある若手役者が生徒役として揃った『3年A組 ―今から皆さんは、人質です―』(日本テレビ系)に比べて、同作の生徒役を演じるのはまだ演技素人に近い子ばかりというのも、不安材料ではあった。


【写真】のぶおの生徒役・King & Prince 永瀬廉


 しかも、奇抜なドラマに見えて、展開は案外ベタで、肩透かしを食らった視聴者も多かったろう。しかし、油断して観ていると、思わず噴き出してしまったり、いつの間にか心がポカポカあたたかくなったりする不思議な味わいは、『野ブタ。をプロデュース。』(日本テレビ系)を彷彿とさせる部分もある。


 タイトルや設定などから、大上段に構えて観ていた視聴者たちも、気づくと、のぶおをなんとなく可愛いと感じてしまったり、生徒たちの初々しさに好感を抱き始めていたりする。これは紛れもなく、物語をど真ん中で支えている古田新太が次々にもたらす意外性の賜物だろう。


 毎回、何らかの問題や悩みを抱えた生徒たちが、自分の殻を破り、天岩戸から出てくるように心を開いた瞬間に、のぶおのカツラが外れる。ともすれば寒くなりかねない、こうした「お約束」が、毎回新鮮な笑いと優しさをもたらすのは、古田新太マジックと言って良いだろう。


 のぶおはいわゆる「熱血教師」でもなければ、『ごくせん』(日本テレビ系)、『GTO』(カンテレ・フジテレビ系)のような「教師はこうあるべき」の常識を覆す型破りの教師でもない。まして『女王の教室』(日本テレビ系)のように、自らが悪者になって、世の中の理不尽さと戦う力を子どもたちに身に着けさせる真の教育者でもない。


 生徒たちの名前を覚えず、「お前」呼ばわりしたり、コミュニケーションをとれずにマスクを常に着用している生徒から無理にマスクをとろうとしたりと、デリカシーのかけらもない。しかも、屋上から飛び降りようとする生徒を、止めるどころか、「飛べ!」と言う。


 しかし、そこで、「お前」と呼んでいたクラスの生徒たち一人一人の名前を呼び、屋上から飛び降りようとするクラスメートを、クラス全員で受け止めるよう準備させる。全員が張り巡らしたセーフティーネットによって、自分の殻を破って「飛ぶ」ことができた生徒は、そこで初めて自らマスクを外すのだった。


 この滅茶苦茶で乱暴な「荒業」は、全てのぶおの計算通りなどというキレイなものではない。ただし、のぶお自身が人生の先輩として上から教えるのでなく、自らも「生徒の名前をちゃんと覚える」という成長を見せたことにより、相手も変わろうとした。あくまで生徒と対等な関係になったことで、勝ち取った信頼だろう。


 のぶおはセコイし、ズボラだし、口は悪いし、先生としてはダメなところだらけ。型破りな言動も、生徒たちを奮起させるために「計算」でやっているわけではない。立派な教育理念や、「教師」としての責任感ではなく、のぶおを突き動かしているのは、生徒一人ひとりと正面から向き合うことから起こる、快・不快の感情だ。


 善悪二元論で物事は語れないし、理屈で説明できないことなんて世の中にはたくさんある。その点、不安定で揺らぎがあって、脆くも見える「感情」は、実は最も柔軟性に富んでいて、ブレない指針となる。


 誰かが傷つけられたら怒るし、一生懸命戦っているなら背中を押す。ややこしい条件や難しい理屈などお構いなしに、シンプルに快・不快の感情で動く。その正直さ、寛容さ、生きものとしての根源的なあり方に、生徒たちも職員たちも惹かれ、巻き込まれていくのだろう。


 改めて、この作品は、古田新太ナシには成立しなかった気がする。同じコワモテ役者でも、遠藤憲一や吉田鋼太郎が演じたらもっと哀愁漂う可愛さが見えてしまったろうし、コメディ俳優でも、阿部サダヲが演じたら、もっと他者の心の機微が細やかにわかってしまいそう。


 その点、古田新太が演じるのぶおは、素の顔がやっぱり怖いし、ダメ人間臭さが溢れているし、それでいて生徒たちと正面から向き合う凄みは、とてつもなく高い受信力・包容力を感じさせる。


 後ろ姿を見せているときでも、炎が立ち上がって見えるほど怒りが明確に伝わるときもあるし、破顔一笑したときの顔は幼児のようにキュートに見えることもある。全く得体が知れないことこの上ない。


(田幸和歌子)


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