『さよならくちびる』は“本気”の音楽映画に 小松菜奈×門脇麦が歌う、エモーショナルな楽曲の魅力

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2019年05月29日 14:11  リアルサウンド

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 新時代の幕開けに、桁外れのセンスと力を持った音楽映画が誕生した。5月31日に公開される『さよならくちびる』だ。映画タイトルでもある主題歌の作詞・作曲・プロデュースを秦基博、挿入歌「たちまち嵐」「誰にだって訳がある」の作詞・作曲をあいみょんが手がけており、公開前から音楽ファンからの注目度が高い。そんな期待のさらに上をいく小松菜奈と門脇麦の歌唱と演奏に、観客はきっと息を呑むに違いない。脚本に優しく寄り添う楽曲と、情景が鮮やかに浮かんでくる2人の歌声は、音楽を愛する人ならば一聴の価値があるものだ。


参考:胸を打つ2人の歌唱


 リアルサウンド映画部では、本作の音楽のレベルの高さに注目。映画/音楽ライターの村尾泰郎によるレビューを通して、その魅力を深掘りする。(編集部)


・ フォーキーでエモーショナルな歌が胸を打つ


 伝説によると、白鳥は死ぬ前に美しい鳴き声をあげるという。そのことから、ミュージシャンの生前最後の曲や別れの歌が「スワンソング」と呼ばれるようになった。小松菜奈と門脇麦が主演した映画『さよならくちびる』は、あるフォーク・デュオがスワンソングを歌う旅を描いた物語だ。


 独特の歌詞の世界とメロディーで人々を惹きつけるハル(門脇麦)。その美貌と歌声で人気を集めるレオ(小松菜奈)。そんな二人のユニット、ハルレオは、インディーズ・シーンで注目を集めながらも解散を決意する。そして始まる、全国7都市をめぐる解散ツアー。ハルレオの二人を乗せて車を走らせるのは、マネージャー兼ローディーのシマ(成田凌)だ。ツアー最終地は函館で、そのライヴが終わったらハルレオは解散。これまで苦楽を共にしてきた3人は他人に戻ってしまう。重い沈黙に包まれたまま、3人の最後の旅は始まった。


 監督の塩田明彦は、彼の作品『害虫』(02年)の主題歌を手掛けたNUMBER GIRLが解散ツアーをしたことを知って、別れることを前提とした旅に興味を持ったという。観客は旅の合間に挟まれる回想シーンを通じて、解散に至るまでの出来事を知るという構成だ。ハルとレオが出会ったのはバイト先のクリーニング屋。社員に怒られてふてくされていたレオに、ハルは唐突に「音楽やらない?」と声をかけた。ハルの部屋で身を寄せ合ってギターを弾く二人の姿からは、これまで彼女達が孤独に生きてきたことが伝わってくるが、塩田監督は二人を恋人達のように濃密な空気感のなかで撮っている。


 そんな二人の前に現れたのがシマだ。シマはかつてバンドをやっていたが、トラブルを起こしてバンドが解散してからはホストとして働いていた。しかし、ハルの書く曲に惚れ込んだシマは、自分をハルレオのローディーとして雇って欲しいと申し出る。ハルは「バンド内恋愛は禁止」という条件のもとにシマを仲間に入れたが、それぞれが恋心を抱いたことで3人の関係はこじれ、行き場のない想いが渦巻き始める。


 今回、3人の複雑な関係を描くうえで重要な役割を担っているのが音楽だ。本作の音楽プロデュースを務めたのは、『シン・ゴジラ』(2016年)、『未来のミライ』(2018年)などを手掛けてきた北原京子で、彼女は『害虫』で塩田監督と組んでいた。北原のアイデアで二人のミュージシャンにハルレオの曲を依頼することになり、そこで白羽の矢がたったのが秦基博とあいみょんだ。そして、主題歌「さよならくちびる」を秦、挿入歌「たちまち嵐」「誰にだって理由がある」をあいみょんが担当。「さよならくちびる」というタイトルは、塩田監督がハルが書きそうな詩を考えていた時に思いついたフレーズで、秦はそのフレーズからインスパイアされて曲を書き上げた。別れをテーマにしながらも、 ひたむきさと開放感に満ちたサビを持ったこの曲は、映画のイメージにぴったりだ。あいみょんが手掛けた2曲も映画の世界観を曲に溶かし込んでいて、 例えば 「誰にだって理由がある」では、二人が歌を選んだ理由が力強いメロディーに乗って歌われる。秦もあいみょんも独自の世界を持ったシンガー・ソングライターだが、物語を充分理解したうえで曲を書いたことで、 二人のミュージシャンの個性を盛り込みながらハルレオのオリジナル・ソングとしての統一感が生まれていて、そのフォーキーでエモーショナルな歌が胸を打つ。


 そして、映画とミュージシャンのコラボレーションともいえるこの3曲を、自分たちの歌にしている小松と門脇の演奏シーンも本作の見どころだ。今回、小松は歌にもギターにも初挑戦だったが、門脇と一緒に数ヶ月に渡って特訓を重ねて、歌はもちろん、ギターも吹き替えなしでライヴ・シーンに挑んだ。ギターの演奏もなかなかのものだが、とりわけ耳に残るのが二人の歌声だ。ぴったりと息が合ったコーラスにハルとレオが築き上げた強い絆が感じとれるし、 レオの歌声にはハルからの影響を感じさせたりもする。歌や演奏にもハルとレオのキャラクターや関係がしっかりと反映されていて、役者の歌や演奏からも音楽への熱い想いが伝わってくるのが嬉しい。本作の公開に合わせて、小松と門脇はハルレオとしてEP「さよならくちびる」をリリース。メジャー・デビューをしたが、アルバムを一枚聴いてみたいと思わせるくらいの本気の歌を、映画を通して聴くことができる。


 もちろん音楽だけではなく、芝居の面でも役者のアンサンブルが見事なハーモニーを奏でている。複雑な内面を持ったハルは門脇にはハマり役で、思いつめた顔で煙草を吸う姿にハルの秘められた苦悩を感じさせる。一方、ハルとは反対に直感的で自分を曝け出すことができるレオを演じた小松は、その美貌と鋭い目で見る者を一瞬で惹きつける。そして、新しく生まれ変わろうとしている元ダメ男を絶妙な佇まいで演じて、ちょっと大人な雰囲気を漂わる成田。3人の想いがすれ違うなか、ハルをめぐってレオとシマが感情をぶつけあう様子を、塩田監督は美しい林の中や街の裏通りなど印象的なロケーションで撮影していて、どちらも巧みなカメラワークで役者の存在感を際立たせた素晴らしいシークエンスだ。その一方で、深い溝ができてしまったハルとレオは、旅の途中で気持ちをぶつけ合うことはほとんどない。あるとしたら、それはステージの上。歌が二人にとっての大切な会話だ。


 ライヴではシマもエレキ・ギターやタンバリンで参加。歌が3人を繋ぎ、歌を通じて言葉にできない感情が行き交う。ツアーの行く先々でライヴ・シーンがあるが、その時、ハルとレオはどんな風に視線を交わし、どんな風に歌うのか。歌声と演奏がどんな風に変化していくのか。それを注意深く追いかけることが、本作を観るうえで大切なところ。そうすれば、ツアー最終日の函館で歌われるスワンソング、「さよならくちびる」の凛々しい歌声から、二人が旅を通じて辿り着いた決意を聴き取ることができるだろう。


 チームを組んだ二人の女性を乗せて、歳上の男性マネージャーが車を走らせる。そんな男女3人の旅の様子を見ながら、ふとロバート・アルドリッチ監督のロードムービー、『カリフォルニア・ドールズ』(81年)を思い出した。向こうは女性レスラーのタッグとマネージャー。雰囲気や語り口は違うが、どちらも夢と挫折の間で揺れる旅だ。旅の車窓から見える風景にハルの書いた詩を浮かび上がらせる演出も音楽的で、その詩からは家族に秘密を持ったまま生きてきたハルの孤立感が伝わってくるが、音楽だけではなく、そうした痛みもまた3人を結びつけているのだろう。 音楽を登場人物の内面と絡めながら、自分らしく生きようともがく男女の心の機微を繊細な眼差しで見つめた本作は、人間ドラマとしても見応えがある味わい豊かな音楽映画であり、歌を生み出すのは人の心だという当たり前のことを鮮やかに描き出している。 (文=村尾泰郎)


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