『愛がなんだ』は『カメラを止めるな!』に続く“事件”となるか 大ヒットの要因は発信力と共感力

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2019年06月06日 08:01  リアルサウンド

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 ゴールデンウィークが終了して約1カ月。マーベル・シネマティック・ユニバース10年の集大成となる『アベンジャーズ/エンドゲーム』を中心に、『名探偵コナン 紺青の拳』『名探偵ピカチュウ』『キングダム』『コンフィデンスマンJP』など、映画興行は例年以上の盛り上がりを見せている。ヒット作がシネコンで上映される中、単館系作品で誰もが予想していなかった映画興行展開を記録しているのが今泉力哉監督作『愛がなんだ』だ。


 4月19日に公開された本作は、メイン館であるテアトル新宿では連日満席を記録、テアトル新宿では異例の興行収入5000万を突破している。公開から1カ月以上が経った今もなお、SNSを中心に口コミが広がり続けており、昨年公開の『カメラを止めるな!』を彷彿とさせる“事件”と言ってもいい様相となってきた。テアトル新宿の番組編成を務める川原智裕氏は、『愛がなんだ』のヒットについて次のように語る。


 「今までテアトル新宿に来ていたお客様とはまったく違う層の方が来場してくださっています。一昨年公開された『勝手にふるえてろ』『南瓜とマヨネーズ』は、非常に若い女性のお客様が多い印象がありました。テアトル新宿でも女性のお客様を呼び込みたいと常々思っていたタイミングで、ブッキングすることができたのが昨年公開の『寝ても覚めても』です。カンヌ映画祭への展開もあり、2018年にテアトル新宿が扱った作品のなかでも非常に優秀な興行成績を収めました。そういった流れがある中で、『愛がなんだ』も女性のお客様に来ていただけるはずと思いブッキングしたのですが……まさかここまでの展開になるとは思ってもいませんでした。当初は普段からミニシアターに通う習慣のある女性を中心に集客できればと思っていたのですが、映画ファン層を飛び越えて、ライト層にまで届いています。1週〜2週目はテアトル新宿では収容がまったく追いつかず、早々とシネコンさんも含めた拡大上映が決まりました。昨年の『カメラを止めるな!』もそうでしたが、拡大上映によって、これまで単館系作品に触れることがなかった方たちが、その存在を知る機会を得ることができる。日本映画界にとって非常にいい流れができていると思います」


 テアトル新宿で上映されたヒット作として記憶に新しいのが片渕須直監督作『この世界の片隅に』。『この世界の片隅に』も観客の口コミによって動員を呼び込んでいったが、『愛がなんだ』の拡がりはまた別のところにあると川原氏は続ける。


「これまでの口コミで広がる映画は、作品がいいという前提のほかに、製作者たちの“ストーリー”に惹かれるという点が大きかったように思います。超ロングラン上映となった『この世界の片隅に』は、作品の素晴らしさはもちろんですが、片渕須直監督の何年も月日をかけて作り上げたというストーリーが、映画の感動にさらに拍車をかけ、お客様たちを“宣伝マン”にしていった。“応援をしたくなる”という要素が非常に重要なんだとこのときは学びました。ただ、『愛がなんだ』は少し傾向が違います。映画の外側の部分というよりも、本当に作品の中身の部分で口コミが拡がっている。マモル(成田凌)に片思いを続けるテルコ(岸井ゆきの)の姿に、共感する人もいれば、応援したくなる人もいる。あるいはまったく受け入れることができない人もいる。そんな賛否両論の意見も含めて、発信力と共感力をくすぐる作品だったというのが本作のヒットの要因だと思います。


 また、ライターの麦倉正樹氏は、単館系劇場に足を運ぶ度に“観客の熱量”を感じると語る。


「拡大上映によって単館系作品をシネコンでも観ることができることは非常に喜ばしいと思います。そして、“聖地巡礼”ではないですが、シネコンで観て作品を気に入った方が、メイン館で再び同じ作品を観るという流れが、いまはできているのではないでしょうか。ただ作品を観るのではなく、特定の劇場で観るという“体験”を観客も大事にしている。昨年の『カメラを止めるな!』もそうでしたが、舞台挨拶やトークショーが毎日のように行われ、常に“生”の臨場感がある。80年代〜90年代にミニシアターブームがありましたが、あのときよりも観客と劇場・作り手たちがさらに一体となり熱量を生みだしている気がします」


 『愛がなんだ』のほかにも、『主戦場』『ザ・バニシング-消失-』など、多岐にわたるジャンルで単館系作品が盛り上がりを見せている。ヒットする作品に共通する要素を麦倉氏は次のように分析する。


「『楽しかった』『感動した』というだけにとどまらない、『誰かと語りたくなる』というのが、現在のヒット作の共通要素だと思います。『愛がなんだ』も“全員片思い”というラブストーリーの定番でありながら、美しい形で終わらせるのではなく、ある種の“痛み”を残したリアリティに多くの人が共感し、誰かと語らずにはいられなかった。また、昨年の『カメラを止めるな!』がそうであったように、“ネタバレ”というものも大きなトレンドになっていますが、自分の目で観る、そして他者と共有する、その“体験”が非常に重要視されているように感じます」


 動画配信サービスが日々充実していく現在、“映画館離れ”を危ぶむ声は多い。しかし、映画館でしか味わうことができない映画体験は間違いなくある。昨年公開の『カメラを止めるな!』の大ヒットをきっかけに、映画興行の展開にも大きな変化が訪れそうだ。(石井達也)


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