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松本人志が「不良品」発言問題から逃亡! フジは釈明したのに本人は『ワイドナショー』で謝罪も説明もなし

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2019年06月11日 17:40  リテラ

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リテラ

写真フジテレビホームページより
フジテレビホームページより

 大批判を浴びた松本人志の「不良品」発言だが、今週の『ワイドナショー』(フジテレビ)で何かしら説明するかと思っていたら、まさかの完全スルーだった。川崎殺傷事件の影響も指摘される農水省事務次官の長男殺人事件は扱ったが、そのなかでも一切触れなかった。



 あんなひどい発言をして、なぜ謝罪も撤回もせずにいられるのか。しかも、放送したフジテレビが釈明する事態に追い込まれているのに、松本は一言も説明せず、知らんぷりを貫いたのだ。



 あらためて、問題の経緯を振り返ろう。発言があったのは、6月2日放送の『ワイドナショー』。川崎殺傷事件について議論するなかで、松本はこう語ったのだ。



「僕は人間が生まれてくるなかでどうしても不良品っていうのは何万個に一個(あると思う)。これは絶対に僕はしょうがないと思うんですよね。それを、何十万個、何百万個にひとつぐらいに減らすことはできるのかな?っていう、みんなの努力で。まあ、正直、こういう人たちはいますから絶対数、もうその人たち同士でやりあってほしいっすけどね」



「不良品」「何万個」など人間をモノ扱いするこの言い方は「生産性」発言の杉田水脈に匹敵する酷さだが、もっと問題なのは、松本が犯罪を生み出す複雑な要因、背景について何もわかってないことだ。



 犯罪は社会状況と密接に関係しており、個人の資質だけに還元されるものではない。生育環境などによる影響も大きく、生まれつき犯罪者になる人間とならない人間が「何万個に一個」の確率で生まれるなどというのは、何の科学的裏付けもないまったく間違えた認識だ。ナチスの優生思想にも通じる差別思想と言っていいだろう。



 当然のことながら、このあと、松本には批判が殺到し、大炎上。SNSだけでなく、ニュースサイトなども取り上げ、フジテレビは7日の幹部定例会見で釈明せざるを得ない状況に追い込まれた。



 しかし、首をひねりたくなるのは、フジテレビの釈明の中身だった。スポーツ新聞などの報道によれば、フジテレビの石原隆取締役はこう語ったという。



「ご指摘のとおり、そうした発言が放送されました。さらにご指摘のとおり、事前に収録している番組でございまして、生放送ではございません」

「事前に収録した際に我々としては、その発言のなかに差別的な意味合いは含まれていないという判断で(放送した)。いろいろな意見を戦わす、議論する番組でございますので、そう言った差別的意図はないということが伝わるだろうと思って放送したつもりですが、放送後にそうした批判が出ていることも認識しております」

「今後は我々がそう言った意図でなくても、そうしたご批判として受け取られる可能性があることに関しては、きちんと我々も受け止めて、今後の番組ではそう言ったご批判を番組作りに生かしていきたいと思っています」(「スポーツ報知」より)



 つまり、釈明したのは、松本の発言をカットしなかったフジテレビの姿勢についてであり、「不良品」発言をした当の松本の責任にはほとんど触れられなかったのである。



●堀潤は優生思想批判を語ったというが、実際の放送にはなかった



 たしかに、フジテレビが「編集」でカットせず、この差別発言をそのまま流した責任は大きい。しかも、この日の『ワイドナショー』は逆に松本の「不良品」発言に対する批判をカットした可能性もある。



 というのも、この日コメンテーターとして出演しており、「松本の暴論を批判しなかった」「松本に同調した」と批判を受けた(本サイトも批判した)ジャーナリストの堀潤がこう反論したからだ。



〈クリティカルって、危機的という意味ですよ。スタジオではその後悪名高き優生保護法の違憲判決などについてお話しましたよ。〉

〈この記事の執筆者は「クリティカルなポイント」というのを何故「賛同」と解釈?意味を知らないのか?スタジオでは優生思想が起きていく過程や裁判では国内で優生保護法が先日違憲判決になったというのを紹介したのに。危機的で、批評的な視点が必要な問題提起だとして、議論をという話をしました。〉

〈クリティカルの意味をご存知ですか?危機的、批判的という意味ですがどこに持ち上げの要素が?悪名高き優生保護法の違憲判決などについてもスタジオでお話しました。どこに賛同要素が?〉



 ちなみに、堀氏が松本の「不良品」発言の直後に発したのは、こんなコメントだった。



「松本さんが言ったことって超クリティカルなポイントで、アメリカでもテロを未然に防ぐことっていうのは捜査当局も自信をもっているんですよ。前後の文脈が分かるから。でも、なにかしら突発的に起こる、しかも心に負担が強いられている状況で起きるものに関しては事前にリストアップして踏み込んで、でもなにもやっていない状況で未然に逮捕するのかっていうと、それは極めて人権を損害する行いだと。ただ一方でそれを放置していたときに多数の犠牲者が出る。じゃあ、この天秤どうなっているんだというのは、まだねしっかりと本音で議論してないと思うんですよ。でも、じゃあどうすればいいんだっていうのは恐れずに議論していくべき。やっぱり沈黙している社会は犠牲者を生むし、だから、勇気ある議論を(するべき)」



 文脈からみても、「松本さんが言ったことって超クリティカルなポイント」という言葉が松本への批判とはとても思えないが(堀氏は「クリティカル」が「危機的」という意味だと言うが、その場合の「クリティカル」には「重大な」「決定的な」という意味もある。放送された発言の全体を見れば、堀氏が後者の意味合いで使っているのは明らかだろう。しかも「勇気ある議論を」とまで語っているのだから、松本が発言したことじたいは評価していると考えるのは当然だ)、それはともかく、気になるのは、堀氏が反論の中で、「スタジオでは優生思想が起きていく過程や裁判では国内で優生保護法が先日違憲判決になったというのを紹介した」と語っていたことだ。



 しかし、この日の『ワイドナショー』には、堀氏がこんなセリフを口にするシーンはなかった。堀氏を批判した本サイトも聞き逃していたら申し訳ないと番組全編の映像を見返したが、やはり「優生保護法」「優生思想」に関する発言を見つけることはできなかった。



 つまり、これは、番組側が堀氏の反論をカットしたということではないか。堀氏が本当にこの発言をし、放送されていたら、番組全体としてはもう少しバランスのとれたものになり、ここまでの批判を浴びることはなかったはずだ。しかし、この「優生保護法」「優生思想」発言は放送されなかった。もしかしたら、松本への反論だから、カットされたということなのか。



●『ワイドナショー』には松本の発言を一切カットしない暗黙の了解が



 まあ、堀氏の発言カットについては、そもそも堀氏が「優生保護法」「優生思想」に関する発言を本当にしていたかどうかがわからないので断定はできないが、しかし、『ワイドナショー』をめぐっては、松本の発言を一切カットせず、松本の主張が引き立つような番組作りをしているのではないかという指摘がずっとなされてきた。

 少なくとも『ワイドナショー』が松本の発言をカットしない方針であることは事実だ。というのも、松本自身が指原莉乃に対する「体を使って」というセクハラ発言のとき、番組の編集過程についてこう説明していたからだ。



「基本的にこの番組は、僕の言うことをできるだけカットせずに使っていきたいという暗黙の了解というか、決めてはないですけど、そういう番組なんですよ」



 一方で松本は「僕がカットしてとお願いすればカットはされていた」として、松本からカットするように言わなかった理由について「鬼のようにスベってたから。鬼のようにスベったら逆に恥ずかしくて言えないですよね。あんだけスベってたら恥ずかしくて早く家に帰りたい。それがあって言えなかった」と語っていた。



 このコメントから窺えるのは、『ワイドナショー』では、松本から言い出さない限り、松本の発言はカットされないという暗黙の了解があるということだ。



 まさに、『ワイドナショー』における松本とフジテレビの力関係がよくわかるが、しかし、だとしたら、なおさら松本に番組中の発言についてはカットしなかったフジテレビの編集の問題よりも、それを発した松本本人の責任が強く問われるべきだろう。



 ところが、実際は逆で、問題が起きると、松本は自分は一切謝罪せず、フジテレビや番組に責任を押し付けてしまうのだ。



●宮崎駿へのフェイク報道でも松本は番組に責任押し付け謝罪せず



 例の宮崎駿監督問題のときもそうだった。『ワイドナショー』が創作ネタツイートの宮崎駿監督引退宣言集を本物だと思い込んでそのまま報道、松本らがそれを前提にさんざん宮崎監督のことをからかうというフェイク特集を放送したのだが、翌週、番組が謝罪放送した時も、松本は謝罪するどころか、秋元優里アナが謝罪コメントを読み上げている間、画面にすら映らず、終わった後、逆に番組にこう説教したのだ。



「こういうことがあったときに、あれですよね、でもなんかこう、スタッフの責任に丸投げすんのは僕はやっぱりあの、嫌なんですよ。いや、これ本当にあの正直言うと、知らんがなですよ。だって、我々は与えられた情報をしゃべるしかないので、それでまあ本番中もこういう、事前にあのフリップを見たわけでもないですし、僕はまあそのそこまで詳しいわけではないから、まあね、ああ言われると我々はそれを信じてしゃべるしかもうないんですよ。んー、で、これをもしやめるならば、我々はもっと東野も俺も何時間も前にスタジオに入って、ニュースを全部決めて、文言も全部確認して、裏取りもしてってやらないといけない。で、そんなことできるわけないし、我々の仕事ではそれはないので。なんですけど、だからといって、我々は知らんわ〜っていうのは僕は何となく嫌いなので、どうしようかなーと思ったんですけど、今度もしこういうことがあったときは、もう僕は『ワイドナショー』を降りようと思ってるんですよ」



「スタッフの責任にすんのは嫌」「僕は知らんというのは嫌い」とか言いながら、「正直言うと知らんがなですよ」「与えられた情報」「ああ言われると我々はそう信じてしゃべるしかない」と責任転嫁しまくったのだ。報道、情報番組の司会者やレギュラーコメンテーターというのは、番組全体を背負って社会的な発言をする存在であり、ミスがあったときは、当然、その責任をとる立場でもある。その情報をとってきたのが自分かどうかというのは関係がない。スタッフが取材したものだろうが、ADが作ったフリップだろうが、それを事実として語ったら、誤報が明らかになったときは番組を代表して謝罪する必要があるのだ。



 それが、「事前にフリップを見たわけでもない」などと平気で部外者のようにふるまい、「次にこういうことがあったら降りる」「それぐらい失敗のないように緊張感をもって。ニュースを扱うということはそういうこと」「僕はそれぐらいでみんなの緊張感が高まればいいかなーと」とか、まるでスタッフへの訓示のようなコメントを口にするのだから、いくらなんでも他人事感がひどすぎるだろう。



●自分の発言に責任足らずに済む“大物芸人”がニュースを扱う怖さ



 今回の「不良品」発言への対応も同様だった。いや、もっとひどいかもしれない。発言は松本が勝手に口にしたもので、番組が情報を提供したわけではない。なのに、フジテレビ側が「編集しなかったこと」について反省の意を表し、松本自身は一切謝罪していないのだ。



 いや、謝罪どころか、松本は説明すら一切していない。もし松本自身が「不良品」発言に謝罪が必要ないと思うのなら、その根拠を番組できちんと明らかにして、正々堂々と主張すべきだろう。なのに、それすらせず、完全に問題から頬被りして逃げ出してしまったのだ。



 そして、松本がこんな無責任な対応をしても、フジテレビは松本をなんらとがめることももせず、スポーツ紙などのメディアもフジテレビを追及しただけで、松本の責任についてはほとんど追及しなかった。



 ようするに、松本人志はいまや、どんな暴論を吐いてもカットされず、問題になっても何の責任もとらずにすむポジションを手に入れてしまたということだろう。



 まさに“テレビ界の王様”という扱いだが、しかし、問題は、そんな人物がいま、ニュースや情報を扱う番組に出ていることだ。自分の発言に何の責任も持たない、持たなくても済まされる人間が、社会問題や政治問題にコメントし、さらには総理大臣を番組に出して、世論形成に少なくない影響を与えている。そのことの恐ろしさを、私たちはもう少し認識すべきではないのか。

(編集部)


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