『シンク・オア・スイム 』監督が語る、シンクロを題材にした理由 「人々が横並びに対等になれる」

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2019年06月28日 12:11  リアルサウンド

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ジル・ルルーシュ監督

 『セラヴィ!』にも俳優として出演したジル・ルルーシュ監督作『シンク・オア・スイム イチかバチが俺たちの夢』が7月12日に公開される。


 本作はサエないおじさんシンクロチームの人生リスタートをかけたヒューマンドラマ。2年前からうつ病を患い、会社を退職して引きこもりがちな生活を送っているベルトラン(マチュー・アマルリック)は、地元の公営プールで「男子シンクロナイズド・スイミング」のチームに入ることを決意する。しかし、ベルトランを待ち受けていたのは皆、家庭・仕事・将来になにかしらの不安を抱え、ミッドライフ・クライシス真っただ中のおじさん集団だった。


 「フランス映画祭2019 横浜」オープニング上映後、ジル・ルルーシュ監督が登場してティーチインに答えた。(編集部)


【動画】『シンク・オア・スイム』本編映像


■「現代の社会において人々は孤独になりすぎている」


――男子のシンクロナイズド・スイミングは珍しい競技だと思います。なぜ、これを題材に映画を作ろうと思ったのでしょう?


ジル・ルルーシュ(以下、ルルーシュ):男子のシンクロは、日本ではかなり前から知られているんですよね? そのことは私も知っていて、『ウォーターボーイズ』という作品があることも聞いています。でも、フランスではほとんどその存在は知られていません。


 実は、脚本を書き始めた当初、シンクロのアイデアはありませんでした。私が語りたかったのは、自身や周囲の知人や友人が抱いているメランコリー、すなわち憂鬱ややるせなさ、そういった感傷的なことについての映画を作りたいと思ったんです。もう一方で、集団で何かをし、共生するというテーマについても盛り込もうと考えていました。


――では、シンクロのアイデアはどこから?


ルルーシュ:当初の脚本は進まず……。状況を打破しようとプロデューサーのアラン・アタルとユゴー・セリニャックに相談にいって、何かまったく違った軸が必要だと話したんです。たとえば、特殊なスポーツをするとか。


 そのとき、ユゴー・セリニャックが思いあたることがあると。その晩、彼が男子シンクロチームを追ったドキュメンタリー作品のDVDを届けてくれました。そして深夜に見て、私は喜びで飛び上がりました。


 なぜなら、私が追い求めていた題材がすべてそろっていたんです。シンクロは実に興味深い。社会階層、職業、宗教、経済的な格差など関係ない。人々が横並びに対等になれる場所だと思いました。日々練習をして、練習が終わるとロッカールームでよもやま話をして、パブにビールを飲みに行く。分かち合いの世界が存在している。これだと思いました。DVDを届けてくれたユゴー・セリニャックには感謝のひと言です。


――劇中で、マチュー・アマルリック演じるベルトランをはじめ、シンクロのチームメンバーは、大人になりきれない男、自身の居場所がない男性たちばかり。なにか、現代における男性の生きづらさについて考えたところがあったのでしょうか?


ルルーシュ:実際問題として今のフランスで男性として生きるというのは非常に苦しいところがあります。少なくとも私は不安を感じてしまうことが多々ある。


 たとえばテレビを見ていると、CMで美しい妻やかわいい子どもがいて、高級車を走らせ、かっこいい腕時計をして、大きな家に住む。そんな完璧な環境で完璧な生活を送っている光景が映し出されます。そのようなモノを日々目にしていると、多くの人々は自分の実際の人生がなんて味気なくて、不完全なんだと悲しくなるのではないでしょうか。そういう下を向いた人々に電気ショックを与えることが必要と思いました。


――そういう人々になにか勇気や希望を与えるものを描きたいと?


ルルーシュ:そうですね。あと、私自身、なかなか大人になりきれていないというか。ティーンエイジとまではいいませんが、完全に出来上がった人間に未だになっていない気がします。なので、大人になることにどこか恐れがあって、子ども時代とはいいませんけど、ティーンエイジの時代に逃げ込もうとする傾向があるんです。ですから、今の時代を生きていくことの難しさ、生きづらさを正面からみつめながら、その先にある何かを描こうと思いました。


――そうした不完全な大人の男たちがシンクロでチームを組むことで、生きがいと自分の居場所を見出していきますね


ルルーシュ:現代の社会において人々は孤独になりすぎている気がします。それを解消するには、シンクロはうってつけの題材ではないかと思いました。というのも、世間一般ではシンクロは女性の競技とされています。ですから、男子がシンクロをするとなると、世間の偏見という逆風に選手たちは一致団結して立ち向かわなくてはならない。ある意味、個人の意志の強さが試されます。その団結を意味するシーンを、私はスロー映像にして強調しました。シンクロしているとき、チームのメンバーが手と手を組むところです。


■「『ロッキー』や『フラッシュダンス』と構図は同じ」


――男たちが右往左往しながら成長していく姿をユーモアをもって描いているところもまた印象的でした。


ルルーシュ:この映画は、スポーツがあってコンペティション(競争)がある。たとえば『ロッキー』や『フラッシュダンス』といった映画と構図は同じです。ある人物が訓練して、挫折をしながら、最後に自身をかけた戦いに挑む。その形式を踏襲しながら、私は登場人物たちがどう変わっていくかを描こうと思いました。


 また、登場人物たちがみなさんの共感を得られればと思いました。彼らが共同で成し遂げるプロジェクト、すなわちシンクロの演技が現実に成功するように観客のみなさんに願ってもらえるようになることを望みました。そう思ってもらうためには、よくある面白いだけのコメディのヴィジョンではダメ。きちんと人間を描かなくてはと思いました。


――確かにひとりひとりのバックグランドがきっちり描かれています。


ルルーシュ:ええ。人間というのは1日の中でもさまざまな感情の流れがあります。幸福な気分で目覚めても、夜には落ち込んでいる。そのように登場する人物の感情の起伏をきちんと描くことを心掛けました。ですから、この映画は前半、各登場人物の日常と孤独を描いています。その人間たちの現状をいいことも悪いことも見てもらおうと思って。


 そのままならない彼らの人生を丁寧に描くことで、後半のシンクロナイズド・スイミングの世界選手権へと旅立つ彼らの喜びや新たな希望を見出す姿がより際立つと思ったのです。


 それぐらい情熱をもって描きましたから、私自身は、この映画に登場する人物すべてが愛しい。また、俳優たちもそれぞれの人物を演じることをとても喜んでくれました。その人物のダメなところや矛盾もひっくるめて愛してくれました。ですから、よくあるコメディ映画とは違う。すばらしい人間のドラマになったと思っています。


――ちなみに誰が一番シンクロの演技がうまかったでしょう?


ルルーシュ:1番うまかったのはギョーム・カネです。彼はもともとスポーツマンですし、競争心も強い。肉体的にもスポーツマンの体型をしている。マチュー・アマルリックもなかなか上手でしたよ。ほかの俳優は全然ダメでした(笑)。


 実は撮影にあたり、フランスのオリンピックシンクロチームの振り付けをしている方にコーチを頼んだんです。まず手始めに俳優たちに泳いでもらったら、それを見た彼女は眼を丸くしていいました(笑)。「これは無理よ」と。でも、私がしつこくお願いして引き受けてもらい、同時に俳優たちも一生懸命練習をしてくれました。そのおかげで、この映画はなんとか完成を迎えました。


 ただ、この特訓は私に思いもしないことをもたらしてくれました。それは、シンクロチームを演じる俳優たちが真の意味で仲間になってくれたことです。多くの時間を共に過ごしたのでしょう。撮影がはじまったときには、俳優たちは映画とまったく同じような仲間になっていました。


――とても良いチームワークで撮影が出来たんですね。


ルルーシュ:あとひとつ感謝しないといけないのは、マチュー・アマルリックです。1番最初に出演依頼を打診したのは彼でした。彼は企画を聞いただけ、脚本を読まないで出演を承諾してくれました。これはフランスにおいてとても重要なことです。なぜなら、マチューが出演するのであれば、ほかの俳優は絶対に断らないからです。マチューの存在があったからこそ、これだけの俳優が集まってくれたと思います。


 あと余談ですけど、シンクロチームのメンバーの一人を演じたバラシンガム・タミルチェルヴァンは、私に嘘をついたんです。キャスティングの際、彼は水泳ができるといいました。でも、実際はかなづち。だから、実は、最初の方のシーンで、彼は浮き輪をつけて撮影しています。その浮き輪を画像処理で消しました。


(水上賢治)


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