60歳で若年性認知症になった母――心中考えた父と娘、関わらない息子【老いてゆく親と向き合う】

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2019年06月30日 22:02  サイゾーウーマン

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“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。2012年には認知症の高齢者は462万人と、65歳以上の高齢者の約7人に1人だったらが、25年には約5人に1人になるとの推計もある(「平成29年版高齢社会白書」)。一方、65歳以下で発症する若年性認知症者数は3.78万人だ(「若年性認知症の実態等に関する調査結果の概要」)。ただしこれは09年発表のデータであり、10年たった現在、この数はさらに増えているだろう。

 今回は60歳で若年性認知症を発症した母親とその家族の物語をお届けしよう。

父と私が介護に追い詰められた一方、兄は……

 中野美佐さん(仮名・42)の母親(71)は60歳のとき、若年性アルツハイマー型認知症を発症し、3年ほど前に特別養護老人ホーム(特養)に入った。特養に入るまでの10年弱、父親(73)と中野さんは、次第に激しくなる母の症状に限界まで追い詰められた。中野さんは仕事で実家を離れていたので、毎週末に帰って介護をしていたが、平日は両親の二人暮らし。暴言を吐いたり、暴れたり、徘徊して一晩中行方不明になったり……若年で体力があったので、介護する側はより大変だったという。

 中野さんは実家に帰るたびに体調を壊していたし、父親と「いざとなったらみんなで心中しよう」と話すこともあった。介護疲れで親や配偶者を殺してしまうという事件は、決して他人事ではなかった。「自分たちもいつそうなるかわからなかった」と振り返る。

 心身ともに限界というところで、特養に申し込んだ。さまざまな環境が考慮されたのだろう、幸運なことに1年後には入所することができたのだ。

 この間、結婚して隣県に住んでいた兄(44)は、介護にまったくかかわっていない。

「もともとお正月くらいしか帰ってこない人だったし、いつも『仕事が忙しい』と言っていたので、兄に頼ろうとは思いませんでした」。

 そんな兄が変化した。それは、兄の家族関係が大きく変わったことが原因だった。

「母が特養に入ってすぐくらいに、奥さんと別れたんです。こっちは母の介護で大変で、父と私が限界まで追い込まれていたころ、兄は浮気相手との間に子どもをつくっていたんです。本当に、何やってたんだとあきれますよね。元奥さんとの間には子どもがいなかったので、別れてすぐに浮気相手と再婚しました。子どもが生まれると、家族というものに目覚めたようで、毎月子どもを連れて実家に帰り、母を見舞うようになったんです。そのうえ、父に経済援助までしてくれるようになったんですよ」

 「結果オーライ」と、中野さんは笑う。兄は、子どもが小学校に入学するタイミングで実家に戻り、父親と同居することまでも考えているという。

「そんなわけで、私も父も新しいお嫁さんのことをよく思っていません。前の奥さんは、美人で高学歴、高収入、家事もできる。完璧な人だったので、つい今の奥さんと比べてしまいます。父は、同居したらさびしくはなくなるけれど、めんどくさいと言っています。まあ、文句を言いつつも、孫はかわいいみたいですが。ただ孫が誰にも似ていないので、DNA検査した方がいいんじゃないかとは言っていますが……シャレにならないですね。でも、同居してくれるのなら、万々歳です」

 そうなったら「父の老後は兄一家にいっさい任せて、ドロンしようと思っている」と吹っ切れたように言うが、実は母親のもとに通うのは複雑な気持ちがあるらしい。

 特養に入る頃は、中野さんや父親のことを理解はしていた母親だが、今は中野さんのことも父親のこともわからない。

「初めて『あなたは誰?』と言われたときは、泣きそうになりました。今はもう『誰?』すらも言えないし、意志の疎通もできません。というより、その前に自我さえないのかもしれません。会うたびに、『母はもういない』という寂しさを感じるので、正直なところあまり会いたくないんです。でも、会いに行かないと親不孝だとも思う。義務感のようなものに縛られているのかな……」

 一方、父親は「寂しい、寂しい」と言いながら、2日に1回は母親のところに行っている。

「父はどんな状態でもいいから母に生きていてほしいと言って、髪をとかしたり、手をつないだり、元気だった頃より母をかわいがっているようです」

 そして、父親は母親を「うらやましい」とも言うのだ。認知症になると、死の恐怖から逃れることができるから――というのが、その理由だ。

 それは、母親が母親でなくなっていく過程を見ながら介護してきた父親だからこそ感じる死の恐怖――自分が自分でなくなるという恐怖を、人一倍感じているということなのかもしれない。確かに、自我があるのかさえもわからない母親は、死の恐怖から超越した世界に住んでいるようにも見える。果たしてそれは、安らぎなのだろうか?

 そして中野さんの家族に加わった新しい命は、父親に安らぎをもたらしてくれるだろうか。

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ

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