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湯浅政明×LDHが生んだアニメーション映画の新たな可能性 『きみと、波にのれたら』の革新性とは

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2019年07月02日 12:01  リアルサウンド

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写真『きみと、波にのれたら』(c)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会
『きみと、波にのれたら』(c)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会

 私は『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』や『クレヨンしんちゃん』の湯浅政明監督が手がけた躍動感溢れる映像が好きで、最初は「何なのだろう、この動きは」と驚かされて監督のことを知り、初劇場公開作『マインド・ゲーム』は劇場に観に行きました。初めての監督作品でありながらすでに大きな期待が寄せられ、見事に応えるという現象を目撃し、それから世界へと広がる活躍は「そりゃそうですとも」という思いでもあったのですが、『きみと、波にのれたら』は湯浅監督がさらに遠い地点へ手を伸ばす過程を目の当たりにするような鑑賞時間でした。それは時折、観ていてくすぐったかったりする一方で、これまでと変わらない素晴らしさに圧倒され、「個性的な作家が与えられた題材を職人に徹して描きつつ、それでも抑えきれない欲望がむきだしになっている」という、これまでの映画史でも度々起きていた事件、もしくは奇跡と称したいような作品でした。この感想、すでに観た方には共感してもらえると思うのですが、いかがでしょうか。


参考:脚本家・吉田玲子が語る、『きみと、波にのれたら』湯浅政明監督との2度目のタッグで描いたもの


 正直、最初の30分は居心地の悪さもありました。あえてこういう表現をしますが、堂々たるリア充キラキラ映画なんです。こっぱずかしくなるくらいに登場人物たちが感情を隠さず、いちゃいちゃします。「この波がいつまで続くのか、40を越える私には乗りにくいぞ」と思っていたのですが、時折、湯浅監督ならではの特異なアングルが気持ちいいんです。そういう意味では本作は確かに“LDH映画”でした。河瀬直美監督の『Vision』も役者と監督の「そこが組み合わさるのか」という驚きがありましたが、LDH映画は大胆な企画をアーティストの存在感で成立させてきました。新しい映画が生まれるためには、このような腕力が必至なのですが、現在の日本映画界におけるLDHの挑戦的な姿勢は本作でも健在です。


 まず、映画を通して、主演の片寄涼太さんが所属するGENERATIONSの主題歌「Brand New Story」が何度も流れます。私はGENERATIONSを知らなかったのですが、鑑賞後ずっと頭の中に残りました。今でもつい、鼻歌で歌ってしまうのですが、映画を観た方は必ずそうなるはずです。物語の設定上では過去にヒットした曲ということだったので、「こんなヒット曲があったのか」と信じ込んでいたのですが、後に映画のための新曲だと知って、びっくりしました。映画の中の登場人物に共感させるならば実際にヒットした曲を使う方が便利なのです。しかし湯浅監督はそれを選びませんでした。現実と本作の世界観を分断させたのです。その選択に本作がファンタジーであることの決意が感じられ、全編見え隠れする「何かが吹っ切れている」理由ではないでしょうか。


 私はこの「吹っ切れ」に『HiGH&LOW』を観た時のことを思い出しました。どこかで観たことのある設定、キャラクターなのに、「これがやりたいんだ」という勢いが「これまでにない映画」を生み出し、エンドロールを眺める頃には「ブルーレイ買おう」と思ってしまう、あのエネルギーを。私はドラマ版も追ってしまったのですが、まさか映画を観る前はそこまでハマるとは思ってもいませんでした。この「もっと観たい」とさせるのがLDH映画の凄みだと思います。なので、本作をきっかけに湯浅監督を知るLDHファンも多いのではないでしょうか。本来混ざらないはずの2つなのに「こことここを繋げるのか」というLDH方法論の本領発揮です。


 さらに本作を観ながら塩田明彦監督の『抱きしめたい -真実の物語-』を思い出しました。当時、チラシのビジュアルでは興味が湧かなかったのですが、塩田監督の久々の長編ということで劇場に行きました。『抱きしめたい』は、交通事故が原因で車椅子生活で記憶障害の女の子・つかさが、ごく平凡なタクシードライバー・雅己と出会って、恋に落ち、2人がさまざまな困難を乗り越えるというお話です。ですがこの映画はただのお涙頂戴のお話ではなく、雅己は人の話を聞かずに突っ走り、揉め事を起こしてばかりという、どこか常識離れした人物として描かれていました。その視点があったからロマンティックなだけでなく、ある種のコメディとしても観ることができるのです。


 例えば、女の子を壁に押し付けたりする行為って客観的に見たら相当、変な行為だと思います。映画で撮られる際はバストサイズが多いですが、壁に付かないもう片方の手はだいたい腰にありがちというバランスの悪い姿勢です。そんな「壁ドン」は恋に落ちてる状態だからこそ映る抽象的なイメージだったはずなのに、いつの間にか憧れへと変わって、次第にパロディになっています。映画(実写)は現実をそのまま映す表現です。お約束とはいえ実際には歪な行為を、さも「フィクションですから」と逃げるのではなく、一度、冷静に映画表現として捉え直す。そこが『抱きしめたい』の素晴らしさでした。


 『きみと、波にのれたら』はアニメーションでその難題に挑戦しています。川栄李奈さん演じるひな子は死んだはずの彼氏・港を水の中で見るようになるのですが、周囲から見たら明らかに頭のおかしい子に見えるのです。しかし湯浅監督の演出はそこを隠しません。主観だけでなく、客観的にこの人はおかしいですよという画をちゃんと見せます。だからこそ周りからおかしいと思われていた人に、最後に奇跡が起きるというところに観客が感動させられるのです。あのラストは彼女が感じていた孤独が昇華され、新たな一歩を踏み出すのに相応しい見事なカットでした。ラブストーリーという普遍的な物語を、湯浅監督ならではのアクロバティックな演出を通し、観客が期待する着地点へとちゃんと届けてくれます。『きみと、波にのれたら』は『抱きしめたい』のように、「この人は変わっています。だからこそ私たちは肯定する」という視点が全編守られているのです。それはキャラクターに対する愛情だとも思います。


 湯浅監督の作品は『マインド・ゲーム』にはじまり、その独特な表現技法で多くの観客を熱狂させてきました。『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』『夜明け告げるルーの歌』『DEVILMAN crybaby』など、近年発表している作品は一般的には“格好いい”ではないでしょうか。でも、本作は湯浅監督だけでなくLDH的”格好いい”も加わっています。全編中毒性のある主題歌と共に、ひな子と港が恋人として鍵をつけるベタな恋愛が描かれたかと思えば、嬉しい時に顔が大きくなったり、線の細い腕がダイナミックな構図で身体を動かしたりと独特な画風が随所に散りばめられています。


 私はそんな組み合わせを選んだ製作陣にも賞賛を送りたいです。例えば、Vシネマの時代には黒沢清監督と哀川翔さんをかけ合わせてみたり(『勝手にしやがれ!!』『復讐』シリーズ)、瀬々敬久監督にヤクザ映画を振ってみたり(『超極道』)と、失敗を恐れない姿勢が新たな動きを呼び、作り手の幅を広げ、結果として次の時代へと繋がることは歴史が証明しています。しかしプログラムピクチャーが成立していない今、そんな挑戦的な企画は少なくなりました。優れた監督が、それまでの作風とは違う題材を与えられても、自分の得意な手法を使って作品を完成させてしまうように、『きみと、波にのれたら』にはそんな雰囲気があります。アニメーションが「映画」であることに疑問を持たれなくなった今、かつてのプログラムピクチャーのような勢いが生まれているように思います。


 本作は幸福な「出会い」の映画だと思います。映画の中のカップルだけでなく、湯浅監督とLDHというように。そしてその表現は決して閉じることなく、大きく開かれています。あまりの窓口の広さにキラキラしたものに慣れない私は最初、面食らいましたが、今では「ブルーレイでも観たいな」と思っている自分がいます。つまり、心の中にある普段は閉じている「憧れ」のようなものをこの映画に開けてもらえたのだと思います。


(構成=安田周平)


■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作はテレビ東京系ドラマ『このマンガがすごい!』。


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