ジャスミンは父権社会に抗議するフェミニスト? 『アラジン』をプリンセスの変遷とともに考察

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2019年07月03日 08:01  リアルサウンド

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『アラジン』(c)2018 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved

 ディズニー製プリンセスは“金の卵”だ。映画がヒットすれば、お弁当箱からハロウィンのコスチュームまであらゆるプリンセス・グッズが大金を生む。だからこそディズニーは、“女の子に応援される”プリンセスを生み続けなければいけない。


 ただ今公開中のガイ・リッチー監督作『アラジン』は、1992年に公開された同名タイトルのアニメーションをリメイクした実写版だが、プリンセスを始め脇役キャラクターから音楽まで、過去のディズニー・プリンセスのジェンダーロールがリブランディングされているのだ。今回は、過去のディズニー・プリンセスに見る処女信仰、人種ステレオタイプやシスターフッドの視点から実写版『アラジン』を考察してみよう。


■大量生産されるようになったディズニー・プリンセス


 ディズニーのプリンセス映画は90年代初頭に入るまで定期的に制作されてこなかった。第1作目『白雪姫』(1937年)から第2作目の『シンデレラ』(1950年)までは13年も間が空いているし、第4作目の『リトル・マーメイド』(1989年)は、3作目の『眠れる森の美女』(1959年)から30年も経って制作された。


 しかし、『リトル・マーメイド』の大ヒット以降は、『美女と野獣』(1991年)、『アラジン』(1992年)、『ポカホンタス』(1995年)、『ムーラン』(1998年)、『プリンセスと魔法のキス』(2009年)、『塔の上のラプンツェル』(2010年)、『アナと雪の女王』(2013年)、『モアナと伝説の海』(2016年)、実写版『美女と野獣』(2017年)、実写版『アラジン』(2019年)と数年毎にプリンセス映画が生産されるように。


 Forbesは、ディズニーがプリンセス映画を大量生産するようになったのは、その利益性に気づいたからだろうと推測する。なんと、2001年から2012年におけるディズニーのコンシューマー・プロダクツ部門の売り上げは約300億円(1ドル=100円換算)から約3,000億円へと、飛躍的に上昇したというのだ。(※1)


■「処女vs.非処女」女性を二極化してきた処女信仰


 こうして見ると、過去のディズニー・プリンセス作品のほとんどには“プリンセスと魔女”の2つの女性像が登場することに気がつく。若くか弱く美しいプリンセスが、継母や魔女に陥れられ、王子様から救出されるまで逆境に耐え続ける……。ここには、プリンセス=処女=善、魔女=非処女=悪という女性を二極化する社会的な“処女信仰”があらわれていると言ってもよいのでは?


 とはいえ、1992年のアニメ版『アラジン』のジャスミン以降、時代の流れとともにプリンセスはより自我が強く自立を求める女性へと進化していき、ついに、2013年の『アナと雪の女王』では、魔女であるエルサは“悪の権化”ではなく、善悪両方を兼ね備えたリアルな“若い女性”として描かれた。“プリンセス(処女)vs魔女(非処女)”の図式のなかで女性を対立させ、男性を解決法として介入させるのではなく、“シスターフッド(女同士の絆)”をロマンスよりも優先させて、女性が自分自身で問題を解決した点が非常に画期的だった。


 その上、空前の大ヒットとなった主題歌の「Let It Go」は日本語では「ありのままで」と訳されているが、英語では“自分が背負っているすべてを手放そう”というニュアンスに近く、“女性らしさ”というジェンダー・ロールに抑圧されたアイデンティティを手放そうという意味にも聞こえる。


 旧作と新作ともに『アラジン』にはディズニー伝統の“処女vs.非処女”の対立するジェンダーは登場しないが、新作では『アナ雪』路線にそい、“シスターフッド”を強化する新たなキャラクターが創作されているのだ。


■“ダイバーシティ&インクルージョン”をプロモートする「シスターフッド」


 新作『アラジン』のジャスミンは、旧作と同じく「自分の結婚相手は自分が決める」という強い意志のみならず、さらにパワーアップし、「プリンセスではなく王国を統治するサルタンになりたい」というキャリア志向の持ち主だ。だが「女はサルタン(国王)になれない」「王女は王子としか法律上結婚できない」と父親や側近のジャファーにその願いを一蹴されてしまう。


 そして、悔しさと怒りでくじけそうになるジャスミンの強力な助っ人である侍女、ダリアが登場する。旧作のアニメ版ではなかったダリアというキャラクターは、どんなときもジャスミンの味方で、ときには彼女に助言や自信を与えたり、さりげなくお手本になったりと、ジャスミンの自己アイデンティティや女性としての自信を強固にする役割を果たす。ジャスミンとダリア。『アナ雪』のエルサとアナのような姉妹ではなく“赤の他人”、しかも、肌の色も違う、異なる社会階層に属する二人の女性を団結させたのはなぜなのかーー。


 それは、近年注目されている“ダイバーシティ&インクルージョン”の概念(多様性を包括する)が“シスターフッド”を媒介にプロモートされているからだ。事実、ジャスミンを演じたナオミ・スコットはインド系のイギリス人、アラジン役のメナ・マスードはエジプト系カナダ人、ダリアを演じたのはイラン生まれのアメリカの女優、ナシム・ペドラドだ。言わずもがな、ジーニーを演じたウィル・スミスはアフリカ系アメリカ人である。


 また、ジャスミンにプロポーズする王子はアニメ版ではアラブ系のように見えたが、実写版では白人の王子に変更されていることから、キャスティングやシスターフッドを描く物語をとおして、“ダイバーシティ&インクルージョン”をディズニーが声高にプロモートしていると言えるだろう。


■おへそを見せないジャスミンと消えた踊り子


 加えて興味深いのは、実写版ではジャスミンがおへそを見せる衣装を着ていないこともある。トレードマークのブルーカラーのパンツはアニメ版と同じだが、新しいジャスミンはおへそを決して見せない。


 同様に、ジーニーが歌う「フレンド・ライク・ミー」のシーンも、旧作に登場したへそ出しルックのセクシーな女性踊り子の代わりに、ジーニーの複製を差し換えている。セクシーでエキゾチックという“人種ステレオタイプ”をアラブ人女性に押し付け、作品上で彼女たちを性的対象物化しないために、ディズニーが修正したものだろう。無論、アニメ版も名作だが、アラブ人女性がまとった露出の多い衣装や、主要人物以外のキャラクターが喋る中東訛りの強い英語などは、現代のポリティカル・コレクトネスの基準には決して達してない。それでも今回の実写版では、白人のエキストラの肌を濃く塗ったということでディズニーには批判の矢が向けられてしまったのだ。(※2)


■ジャスミンだけが歌う新たな曲「スピーチレス〜心の声」


 アニメ版『アラジン』は映画史に残る名曲「ホール・ニュー・ワールド」を生み出した。実写版でも主演の二人が美声を高らかにこの曲を歌い上げるが、今回はジャスミンのソロ曲「スピーチレス〜心の声」が披露されている。


 作中、「サルタンになりたい」と父親に訴えるジャスミンに、「Women should be seen, not to be heard(女性は見られるだけでいい、意見なんて聞いていない*筆者意訳)」とジャファーが女性蔑視的発言をするシーンがあり、性差別をする男性たちへの反論としてジャスミンがこの曲を力強く歌う。


 とりわけ下記の歌詞に、ジャスミンが父親に反抗する女の子としてではなく、父権社会に抗議するフェミニストとして歌っているのが読み取れる。サウンドトラックの邦訳だとニュアンスが伝わらないので筆者が意訳してみた。


「Written in stone 石に刻み込まれた
Every rule, every word あらゆる規則、あらゆる言葉
Centuries old and unbending 何世紀にもわたり破られなかった
“Stay in your place” “身の程を知れ”
“Better seen and not heard” “女は見られるだけでいい、意見なんて聞いていない”
But now that story is ending でも今、そんなストーリーは終わろうとしている」(※3)


 2017年の映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインへのセクハラ告発をきっかけに、#MeTooを含むフェミニズムが広がったイメージがあるが、実はアメリカの女の子の間では、2014年頃から#BanBossyというSNSキャンペーンが行われてきた。これは、男の子が自己主張すると「Leader(リーダー)」と褒められるのに対し、女の子が同じことをすると「Bossy(威張っている)」というレッテルを貼られてしまうことに問題提起する運動で、「I’m not bossy.I’m the boss(私は威張っていないわ。私がボスなのよ)」というキャッチフレーズでビヨンセも参加している。大人を変えるのは難しいかもしれない。でも、未来の子供たちを作るのは我々大人だ。マーケティングや売り上げが目的であろうとも、ディズニーのプリンセス映画は正しい方向へ向かっている。(文=此花さくや)


(参考)
※1…Has The Disney Princess Marketing Machine ‘Frozen’ Our Girls’ Imaginations? – Forbes
※2…Disney defends ‘browning up’ white actors for roles in live-action Aladdin – The Telegraph
※3…Speechless – Disney Clips.com


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