『いだてん』菅原小春が体現した人見絹枝の魂 女子スポーツの未来を切り拓いた銀メダル

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2019年07月08日 12:02  リアルサウンド

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『いだてん』写真提供=NHK

 『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(NHK総合)第26回「明日なき暴走」が7月7日に放送された。日本人女子で初めてオリンピックに出場し、銀メダルを獲得した人見絹枝(菅原小春)の物語だ。そして絹枝を応援し支えた人たちの物語でもあった。


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 二階堂体操塾に入学していた絹枝は、いくつもの種目で日本記録を打ち立てる。しかし、国際大会への参加は断ろうとしていた。「なぜ?」と問う二階堂トクヨ(寺島しのぶ)に、絹枝は目を伏せたまま「私が走ると“化け物”と野次が飛びます」と言った。「婦女子はスポーツなどやるべきではない。さっさと結婚して子を産むこと。それをご幸福と言うならば、私は幸福にはなれないし、ならなくて結構です」。人見は二階堂の目をまっすぐ見据えていたが、その表情はかたく、すぐに目を伏せてしまう。彼女は、自身が味わってきた悔しさや恥ずかしさから、そう言わざるをえなかった。


 二階堂はそんな絹枝の背中を押す。「あなたはメダルも取り、結婚もする」「どっちも手に入れて、初めて女子スポーツ界に革命が起きるんです」。NHK大河ドラマ・ガイド『いだてん 後編』で、寺島は二階堂トクヨについて「彼女は、あとに続く女性たちに向けて『ご幸福』という言葉をよく使うのですが、そこには、女性も自分がやりたいことをやったうえで、恋愛も結婚もして子どもを産んでほしいという、自分は諦めざるをえなかった幸せへの願いが、込められているのでしょう」と答えている。絹枝は自身の体格にコンプレックスを抱えながらも、抜群の身体能力を持っている。そんな絹枝に、そして後世の女性たちに「必ず幸せになってもらいたい」という思いから、二階堂は絹枝の背中を押したに違いない。寺島演じる二階堂の力強い励ましの言葉と、菅原演じる絹枝の凛とした強い目が心に残る。


 絹枝はただ1人の女子選手としてアムステルダムオリンピックに参加することになる。だが、メダルを期待された100メートル走で絹枝は落選してしまう。選手控え室で1人、落胆する絹枝。肩で息をする彼女の震える呼吸の音が、ただならぬ悔しさを物語っている。


 そして絹枝は無謀な決断をする。一度も走ったことのない800メートルへ出場したいと言い出したのだ。コーチの野口(永山絢斗)や男子選手たちは、絹枝の身を案じて反対した。しかし絹枝は涙ながらに訴えた。


「男は負けても帰れるでしょう、でも女は帰れません! 負けたら、やっぱり女はだめだ、男のまねして走っても役に立たないと笑われます! 日本の、女子選手全員の希望が、夢が、私のせいで絶たれてしまう!」


 国民の期待を背負い、女子選手の未来を背負った絹枝のプレッシャーは凄まじいものだったに違いない。それでも、後に続く女子選手のために走りたいと願った絹枝は、野口に、そして男子選手ひとりひとりに、頭を下げて懇願する。そんな絹枝の姿を見て、野口らは800メートル走への出場を認め、走り抜くためのアドバイスをする。


 800メートル走本番。アドバイスに従い、スタミナを温存しながら走った絹枝は徐々に順位をあげるが、経験したことのない距離が彼女を苦しめる。そんな彼女に野口らが声をかける。「足が重くなったら腕を振りたまえ」。懸命に腕を振り、前へ前へと進む絹枝。倒れるようにしてゴールした絹枝は世界新記録を樹立。銀メダルを獲得した。


 本作が演技初挑戦だという菅原の高い表現力に圧倒される。コンプレックスを抱える絹枝の表情と陸上に向き合う絹枝の表情は、1人の女性でありながら全く違う印象を与えるものだった。そしてダンサーである菅原にしかできない身体表現が、絹枝の熱い思いを視聴者に伝える。疾走する絹枝の苦しげな口元、まっすぐ前を見据えた目、大きな腕の振り、力強い走り。菅原の全身全霊の演技から、メダルを必死に勝ち取ろうとする執念が伝わってくる。


 絹枝は24歳という若さで生涯を終える。だが、彼女が心ない野次やプレッシャーをはねのけ、走り続けたからこそ今の女子スポーツがある。彼女をスポーツの世界に呼び寄せたシマ(杉咲花)やトクヨの存在も忘れてはならない。「800メートル走を走りたい」という絹枝を支えた野口や男子選手たちのことも。絹枝と絹枝を支えた人々の「明日なき暴走」は、女子スポーツの未来を変えたのだ。(片山香帆)


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