『偽装不倫』東村アキコ節を期待! 不倫を偽るという逆張り設定は現代の恋愛事情をどう捉えるか

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2019年07月10日 06:01  リアルサウンド

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東村アキコ『偽装不倫』

 7月10日スタートの新水曜ドラマ『偽装不倫』(日本テレビ系)。原作は、東村アキコの同名漫画だ。


 主人公は4年ぶりの連続ドラマ出演となる杏が演じる鐘子。32歳・独身・彼氏なしの派遣社員、二世帯住宅の実家で両親と姉夫婦と同居するパラサイトシングルだ。3年に及ぶ婚活に疲弊し、ちょうど勤務先の派遣契約が満了した日に婚活を辞めることを決意し、おひとり様旅行に発つ。


 原作ではこの時の旅行先が韓国だが、ドラマでは福岡の設定だ(既に韓国でも映像化の話が進んでいるというから驚きだ)。その機内で運命的な出会いが待ち受けている。突然落ちてきたスーツケースが鐘子の頭を直撃し、そのはずみで指輪が落ちる。それは既婚者である姉・葉子(仲間由紀恵)の結婚指輪で、姉から借りたワンピースのポケットに入っているのをちょうど確認しているところだった。慌てる鐘子に指輪を差し出したのは、落ちてきた荷物の持ち主である年下のイケメン男子・伴野丈(宮沢氷魚)。あまりの美男子ぶりに動揺した鐘子は咄嗟に自分の結婚指輪だと答えてしまい、ここから既婚者だという嘘が始まる。


 原作ではこの美少年はジョバンヒという韓国人男性だが、ドラマでは海外暮らしが長かった日本人男性という設定を注目の新人俳優・宮沢氷魚が演じる。原作通りスラリとした長身に、柔らかさとミステリアスさを兼ね備えた雰囲気が見事に体現されている。


 この作品の面白いところは、独身なのに既婚者の振りをしてしまう、という通常あまり考えられないような逆張りの設定にある。それこそタイトル通り“不倫を偽ってしまう”のだ。


 だが、不意に嘘をついてしまって、その後もなかなか本当のことを切り出せない鐘子の心情は、アラサー女性はもちろん、誰かに恋い焦がれたことのある人ならば心当たりのあるものだと気づかされる。


 自分よりも若い美男子を前に、「既婚者の振りをしたのに食事に誘われたってことは、本当にお詫びのためだけ」と自分に言い聞かせ、落ち着いて誘いにも応じられる。偽りの設定のおかげで変に期待したり舞い上がったりしないように自分の心にセーブをかけられる。


 原作でもジョバンヒから「僕と不倫しませんか?」とオファーを受ける鐘子。現状仕事も決まっていない、何にもない自分が「人妻」という顔を得た途端、人妻との火遊びに興味がある若い男の子の暇つぶしの相手にたまたま選ばれたのだと理解し、少し傷つきながらもその恋に手を伸ばすシーンが描かれている。


 ここでも「若いイケメンに本気になっている訳ではない」「相手だって遊びなんだし、自分もそれに乗っかっただけ」と、大義名分を並び立てて、自分の本心にどんどん蓋をしていく。


 本作ほどに突拍子もない嘘でなくとも、大人になればなるほど恋愛に“大義名分”を求めてしまいがちだ。さらに厄介なのは、その大義名分は“相手の負担にならないように”という配慮から来ていると見せかけておいて、実のところ多くの場合それは自分自身が周囲から“イタイ”“可哀想”と思われたくないというところに結局は帰結する。目の前にいる大切な相手の言動をそのまま受け取ることが出来ず、相手と話している最中でさえも、頭の中を「今の発言の意図は何だろう?」「こんなこと言って、引かれたかな?」「相手の本心はどこにあるんだろう?」などと、直接相手にぶつけられない疑問ばかりが占めていく。口に出してしまえばいいものを、自分の脳内コンピューターをフル稼働させ、出口のない迷路に迷い込んでしまうのだ。


 恋愛においておそらく1つの「正解」なんて存在しないのに、「結婚」に繋がるような、相手に選ばれるような“正しい”振る舞いが出来たのか、自分自身を採点し答え合わせをしようとしてしまう。もはやそうなってくると恋愛の醍醐味からはどんどんどんどん遠ざかるばかりで、苦痛さえ伴うものとなってくる。だが、「結婚」「婚活」を意識した恋愛を始めようとするときに多くの人が陥りがちな現象ではないだろうか。


 鐘子のように“何者でもない”“何も手に入れられていない”自分に、自信がないからこそ、こちらも「選ぶ側」であることを放棄して「選ばれる」ことばかり考えてしまう。そのため周囲からの評価が気になってしまうのだ。


 またサイドストーリーとして描かれる既婚者の姉・葉子がついている“嘘”の行く末も見どころだ。鐘子とは打って変わってキャリアウーマンで、3年前にイケメンの商社マン・吉沢賢治(谷原章介)と電撃結婚、誰もが羨むような結婚生活を手に入れた葉子。だが、実は“独身”だと偽り、年下男・八神風太(瀬戸利樹)と不倫をしている。視聴者としては瀬戸利樹演じる風太の無邪気さ・ピュアさに癒されること必至だろう。


 原作者東村アキコと言えば、2017年に同じく水曜ドラマ枠でドラマ化された『東京タラレバ娘』が記憶に新しい。主人公がアラサー独身女性で、恋のお相手が年下男性である点、またそのこじらせた恋愛模様に対して主人公にだけ見える幻覚がツッコミを入れ痛いところを突いてくる点に関しては、近しいテイストを踏襲している。


 『東京タラレバ娘』が、結婚・出産などの「女性としての幸せ」と、仕事や趣味など「私の幸せ」について描かれているものだとしたら、本作は世間体や形式的な幸せに対して「本当の幸せ」とは何なのか? が一つの主題となっているように思える。傷つきながらそれでも自分の欲しいもののために手を伸ばそうとする鐘子と葉子がどんな選択をするのか、嘘から始まる恋がどう転がるのか注目していきたい。(文=楳田 佳香)


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