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『魔女の宅急便』角野栄子さんがジブリ版を見て思ったこととは

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2019年07月13日 11:30  AERA dot.

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写真角野栄子(かどの・えいこ)/1935年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て、24歳からブラジルに滞在する。その経験をもとにしたノンフィクション『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で作家デビューし、『魔女の宅急便』『小さなおばけ』シリーズなど、多くの作品を生み出してきた。2000年に紫綬褒章、14年に旭日小綬章を受章。18年、国際的な児童文学賞として知られる「国際アンデルセン賞」を受賞。 (撮影/写真部・小黒冴夏)
角野栄子(かどの・えいこ)/1935年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て、24歳からブラジルに滞在する。その経験をもとにしたノンフィクション『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で作家デビューし、『魔女の宅急便』『小さなおばけ』シリーズなど、多くの作品を生み出してきた。2000年に紫綬褒章、14年に旭日小綬章を受章。18年、国際的な児童文学賞として知られる「国際アンデルセン賞」を受賞。 (撮影/写真部・小黒冴夏)
『魔女の宅急便』をはじめ、200作以上の作品を生み出してきた角野栄子さん。昨年は児童文学のノーベル賞とも呼ばれる「国際アンデルセン賞」を受賞し、世界的な注目を集めました。角野さんの創作秘話から日々の生活まで、作家の林真理子さんがたっぷり伺いました。

【林真理子さんとのツーショット写真はこちら】

*  *  *
角野:『魔女の宅急便』を書き始めたのは49歳のときで、本になったのは50歳のときです。雑誌に1年間連載して、それが本になったら意外と評判がよくて、4年後に映画になったんです。

林:ジブリの映画ですね。最初に見たとき、作者としてどうでした?

角野:「あれ?」と思いました。鈴木(敏夫)さんというプロデューサーが「宮崎駿という人は、あまり原作を使わないので有名だからね」って言うので、そのつもりでいましたけど、私は「タイトルと名前は変えないでください」「世界を変えないでください」とだけ申し上げたんです。だけど、お話の筋がちょっと違うのでびっくりしました。私はもう少し可愛いラブストーリーになるかと思ってたんです。

林:私は、映画と原作との幸せな結婚で、世界が広がっているような気がしました。

角野:ええ、私もそう思います。映画を見てから原作を読む方がすごく多くて、それはそれでよかったと思います。

林:最近、女性誌なんかが角野さんのファッションとかライフスタイルとかに注目して、特集を組んだりしてますよね。「なんであんなにおきれいなの?」「なんであんなに素敵なの?」って。

角野:私、おしゃれは小さいときから好きで、下駄の鼻緒からこだわってました。鼻緒が切れると下駄屋さんに行ってすげ替えるでしょ。「これがいい」とか言って選ぶんですよ。子どもに選ばせてくれるのは下駄の鼻緒とごはん茶碗。姉が持ってるのがうらやましくなったりして、選びに選んで。

林:お洋服もいつも素敵ですね。オーダーなさってるんですか。

角野:生地だけ変えて、いつも同じ形でつくってもらうんです。と言っても、私は戦時中の子どもですから、ぜいたくができないんです。今日のこの洋服もつくってもらったんですけど、生地は千円しないんですよ。

林:すっごくお洒落なのに、そんなに安い生地なんて信じられないです。

角野:自宅(神奈川県鎌倉市)の近くに大きな布地屋さんがあって、バーゲンのときなんかすごく安いんです。ときどき散歩がてらに行って、いいなと思う生地があると買っておくんです。

林:鎌倉に住まわれて何年ですか。

角野:19年ですね。

林:お宅は海に近いんですか。

角野:歩いて7分ぐらいかな。

林:いいですね。ご執筆の時間は決めてらっしゃるんですか。

角野:たいてい10時半ぐらいから3時半か4時ぐらいまで書いてます。その間、メールの返事を書いたり、お昼ごはんもいただきますけど、できれば毎日それぐらいは書きたいと思ってるんです。

林:いま連載は……。

角野:してません。私、連載って原則しないんですよ。

林:書き下ろしのために毎日書いてらっしゃるんですか。

角野:そうです、たいてい。

林:ひぇ〜、どうして締め切りもないのに毎日そんなにちゃんと書くことができるんですか。

角野:だって、毎日書くことがあるもの。それに毎日書いてると、話も終わるし。書く人には、タイプが二つあると思いますよ。林さんは集中力があってバーッと書かれるでしょ。私は畑を耕すみたいに、毎日毎日書くの。

林:日に何枚ぐらいお書きになるんですか。

角野:すごく書けるときもあるけれども、たいてい3枚か4枚じゃないでしょうか。

林:期日はきちんと守るんですね。

角野:いや、期日なんてないです。「書いたらお持ちしますから」というお約束はしてます。できそうになると、「あと3カ月ぐらいでできるかもしれない」ぐらいのことは言いますけどね。

林:出版社は福音館書店が多いんですか。

角野:福音館は最初、投稿から始まったんです。「子どもの館」という雑誌がありまして、そこに投稿したんです。

林:『魔女の宅急便』も投稿ですか。

角野:あれは私がお願いして、福音館の「母の友」という雑誌に連載させてもらったんです。編集の方が「短いものを書いてください」って来られたんですけど、「私、連載させていただきたいんです」って言っちゃったんです。「母の友」って本当は偉い方が連載するんですよ。そのころ、私はまだ実績なかったのに、お願いしたの。

林:へぇ〜。

角野:そしたら編集の方はびっくりされて、「帰って相談してきます」って。そのとき私、「ほうきに乗ってラジオを聞きながら飛ぶ魔女の話を書きたいの」ということを言ったんです。それが実現したというわけですね。

林:角野さんは今、読み聞かせもしてらっしゃるんですね。

角野:ええ。私からお願いして、鎌倉文学館で月に1回させていただいてるんです。

林:まあ、なんてぜいたくな。

角野:私も楽しいんです。子どもって正直でしょ。おもしろいのよね。毎回来てくださる常連のお子さんもいるし、「退屈?」「退屈〜っ」なんて言う子もいるし、寝ちゃう子もいるし(笑)。

林:アハハハ。角野さんは、大学は早稲田に行って、恋愛結婚してブラジルに行って、ご主人と世界中を回って日本に帰ってこられて、そのあとご自分の好きな道を歩まれたわけでしょう。この年齢の方にしてはめずらしい人生ですよね。

角野:悪くない人生だったと思います。戦争が終わったとき小学5年生だったの。中学になって、今まで使っちゃいけなかった英語を習い始めたわけですよ。そのときに「be動詞+動詞ing」、つまり現在進行形というのを習って、「これで生きよう」と思ったの。現在進行形って素晴らしい、自由でなければなんにも生まれないと思ったんです。そういう気持ちはずっとあります。わがままなんですよね、一方で言えば。

林:大学を卒業してから、新宿の紀伊國屋書店に就職なさったんですね。田辺茂一さんが社長のころですか。

角野:そう。いい人でしたよ。お誕生日になると自分のお好きな本を1冊選んで、田辺さんがそれをくださいました。

林:紀伊國屋ホールもまだないころですよね。

角野:ええ。そのころの紀伊國屋は木造の2階建てで、場所は今のところに、小さなお店がいくつか並んでいて、その奥にあったの。1階が和書で、2階はギャラリー風のつくりで洋書。で、そこから1階を見渡せるの。すごーくいい建物でした。

林:へぇ〜、そうなんですか。

角野:その脇に紀伊國屋の喫茶室があって、若き日の岡本太郎とか西脇順三郎(詩人・英文学者)とか、そういう人たちがよく来てました。

林:戦後のいちばん楽しいころに青春を駆け抜けたんですね。角野さんは自伝的な小説もお書きですけど、その当時の新宿文化も書いていただきたいですよ。話が変わりますが、角野さんは美智子上皇后とお近しいとか……?

角野:お話をする機会はあります。アンデルセン賞をとったときは、すぐにお電話をいただきました。「よかったわね」って。それから、『トンネルの森 1945』という戦争のことを書いた私の本があるんですけど、それをお送りしたときも、お電話をいただきました。同い年なんです。

林:そうなんですか。

角野:美智子さまが10月、私が1月だから学年も同じ。同じ戦中を過ごしてるので、同じ体験をなさってると思うんです。お送りしてすぐ「読みましたよ」とおっしゃってくださいました。でも、あくる日新聞を見たら、美智子さまが首が痛くて体調がお悪いという記事が出てたんです。そんな中、読んでくださったのを知って、申し訳ないような、でも本当にうれしく思いました。

林:美智子さまが児童図書の国際大会(98年ニューデリー大会)でおっしゃった「読書は私に根っこと翼を与えてくれました」というスピーチ、あれは感動的でしたね。

角野:ニューデリー大会はビデオレターでのスピーチでした。その次の次の大会はスイスで美智子さまは初めてお一人で海外旅行をされ、英語でスピーチをなさいました。そのとき、私も参加していました。児童文学がとてもお好きだと伺っています。

林:これからはお時間があるから、お書きになるかも……。

角野:だといいですね。おすすめしようかしら。お歌も素晴らしいですよね。

林:本当に素晴らしいですよね。今年の「歌会始の儀」に、私、陪聴者として参列させていただきましたけど、美智子さまの「今しばし生きなむと思ふ寂光に園の薔薇(さうび)のみな美しく」というお歌、涙が出てきそうになりました。なんてお寂しい歌なんだろうと思って。

角野:それと、「この道を選ばなかったら、もう片方の道はどこへ行っていただろう」というお歌があるんですよ(「かの時に我がとらざりし分去(わかさ)れの片への道はいづこ行きけむ」)。私なんかはわがままを通して生きてきたけれども、美智子さまは相当なお覚悟だったんだろうなと思うんです。その覚悟にはものすごい孤独が、でもそれは単純な孤独ではなく、凛とした孤独を感じます。小さい女の子が「尊敬する人は誰ですか?」って聞かれると、昔は「キュリー夫人」とかって答えたでしょ。私にとって、それは美智子さまなんです。

林:美智子さま、心を割って本のお話ができる角野さんみたいな方がいらっしゃるって、国民としてうれしいことですよね。

角野:でもね、私、すごく恥ずかしいことがあるの。『魔女の宅急便』が3冊か4冊出たときに、初めてお送りしたんです。そのとき「皇后陛下美智子様」と書いたんだけど、「陛下」を「階下」って書いちゃったの、全部の本に(笑)。

林:アハハハ、おかしい。

角野:ぜんぜん気がつかないでお送りしちゃったら、美智子さまからお電話があって、「あなた、『階下』って書いてあったわよ。私はいいの。だけど、あの本はゆくゆく図書館に入るから……」っておっしゃって(笑)。

(構成/本誌・松岡かすみ)

※週刊朝日  2019年7月19日号より抜粋

このニュースに関するつぶやき

  • 魔女の宅急便、耳をすませば、ハウルの動く城、コクリコ坂から、原作ものって結構あるよね?
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  • 宮崎駿は名監督ではあるけれど、原作改変が多くて原作へのリスペクトが無いところは嫌い(押井守も同様)。ナウシカやトトロみたいに最初からオリジナルでやればいいのに。
    • イイネ!74
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