『ティクトゥムわずか3戦で解雇』の教訓。世界のドライバー育成の現実とレッドブルの厳しさ。中野信治監督&SRS副校長に聞く

0

2019年07月14日 12:01  AUTOSPORT web

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AUTOSPORT web

TEAM MUGENの監督だけでなくSRSの育成担当として、その存在感が注目される中野信治監督
春の時点ではレッドブルの次期F1ドライバー候補として、F1のテストにも参加していたダニエル・ティクトゥム。だが、TEAM MUGENから参戦した今季のスーパーフォーミュラでは開幕3戦で結果を残すことができずにレッドブルから解雇され、スーパーフォーミュラのシートも失ってしまった。

 今季からTEAM MUGENの監督となってシーズンオフから共に戦った中野信治監督はティクトゥムをどんなドライバーと見ていたのか。そしてレッドブルの今回の決定をどう受け止めたのか。ドライバー育成の面でもプリンシパルの佐藤琢磨とともにホンダのSRS-K/Fのヴァイス・プレジデントを務める中野監督の感想を聞いた。

 ティクトゥムのレッドブル離脱という、ヨーロッパ発の突然のニュースを受けて驚いたのは日本のモータースポーツメディアだけでなく、国内レース関係者も同じだった。ピエール・ガスリーの後を受け継ぐ形で昨年、日本のスーパーフォーミュラにスポット参戦したダニエル・ティクトゥム。今年からレギュラー参戦となったが、開幕序盤を終えた矢先の出来事だった。そもそも、中野信治監督はドライバーとしてティクトゥムにどんな印象を持っていたのか。

「去年からダン(ティクトゥムの愛称)はスーパーフォーミュラで2戦走って、今年も冬のテストから走っているのをずっと見てきて、彼が持っているもともとの才能、スピードに対する感覚はすごく優れたものを持っているドライバーだと思いました。ただ、彼が今まで学んできた仕事の進め方とかタイヤの使い方とかが、ひと言で言えば日本のスーパーフォーミュラに合っていなかったというのが一番大きな課題でした。スーパーフォーミュラはクルマもタイヤもワンメイクというのもありますので、セットアップというよりは、どちらかと言うとドライビングスタイルで合わせていかないといけない部分が必要です。そこの部分で時間が掛かりすぎてしまったのかなという印象がありますね」

 今季の3戦を見ると、ティクトゥムは決勝結果だけでなく予選のタイムでもチームメイトの野尻智紀に遅れるシーンが目立っていた。

「実際、差はありましたね。彼のレース人生において、これまで自分がチームメイトにここまで遅れを取ることはなかったと思うので、なかなか自分で受け入れられない部分があったりして、精神的にも自分自身で追い込んでいってしまったようにも見えました」

 セッション後、そしてレース後、ガレージの裏でティクトゥムと話し込む中野監督の姿がよく見られたが、実際、どんな話をしていたのか。

「彼とはよく話をしました。自分を追い込むのはよくないので、まだ若いこともあるのでもっと走ること、レースを楽しむということを意識して伝えるようにしていました。彼はやんちゃな部分もあるんだけど、すごく生真面目な部分もあった。レッドブルからの大きなプレッシャーもあったと思うので、その狭間で彼が走ることを楽しめなかったという点では、見ていて歯がゆかったですね」

「彼がもっと気持ちよく走ることができたら彼のいい部分をもっと伸ばせたと思うけど、それを自分自身で閉じてしまっていた感じを受けていました。僕もそうですけどチームとしても、エンジニアもメカニックも、できるだけオープンマインドにして自然に中に入っていけるように頑張っていたんですけど、なかなかそれを伝えきれなくて、それは我々の力不足もあると思いますけど、やはり歯がゆかった」

 今回の決断は当然、レッドブル側の判断だが、中野監督としても悔しい気持ちがある。そしてティクトゥムが自分の能力を伸ばせなかった要因は、彼の人間性の部分にも要因があったようだ。

「僕としてはレッドブルからドライバーを預かっているわけですので、やはりいい成績を残してほしいし、そのための手助けはできるだけやっている気持ちはあったんですけど、やはりドライバー、人間は十人十色でそれぞれのスタイルがある。時間を掛けて彼とは話をしてきましたけど、彼はすごく頑固なところもあった。彼もレッドブルのドライバーであり、マカオやF3で成績を残してF1でもテストをして自信もあって自分のスタイルを変えたくないという気持ちも強くあって、彼のドライバーとしての能力云々以前に、彼の周りの環境との関係が彼の成長に影響しまったのかなと」

「ドライバーを責めることは僕はしたくないけど、チームとしてはやれることはやったつもりですので、そこで前回までのレースで結果が出せなかったというのはある意味……仕方ないのかなと思う部分もあります。それを判断するのはレッドブルの(モータースポーツアドバイザー)ヘルムート・マルコさんなので、僕はマルコさんから直接ではないですけど、レッドブル側から意見を求められていましたので、レースウイークの夜中とかに連絡が来たときに状況を伝えてはいました。そこできちんと報告するためにも、ドライバーとは時間をたくさん取って話をしてきました」

 ティクトゥム解雇の最大の理由は成績不足とレッドブル首脳陣も公言しているが、当然、理由はひとつだけではなさそうだ。

「レッドブルとしては今の彼の戦績というのは受け入れ難いものだったのだと思います。一番ポイントは、もしかしたら彼は変化できたかもしれないけど、それが次のレースなのか、その次なのか、あと1戦走ったらここまで良くなって、その次には勝てるというようなイメージ、変化のタイミングが見えなかったというのがレッドブル側の一番の理由なのかなと思いますね」

●日本の育成とは時間の感覚が違うレッドブルの育成スケジュールと合理性

 それにしても、わずか3戦での決断。日本の感覚だと『せめて1シーズン終わってから』という時間感覚がある。最終的にレッドブル側で契約解除を決定したわけだが、その決定を聞いたとき、中野監督はどのような印象を受けたのか。

「厳しいと思いました。ドライバーの立場になって考えたら、すごく可哀想だと思う。可哀想という言い方は変だけど正直、もう少し猶予を与えてもいいなと僕は思います。僕もSRSのスクールでドライバー育成をしていますし、ドライバー上がりですのでドライバーの心情というのはよくわかる。だけど、レッドブルがわずか3戦で決定したというのは多少、乱暴な決定に見えるかもしれないけど、レッドブル側としてもこれまでいろいろなチャンスを与えてきて、そこから得た情報を総合的に判断しての結果だと思います。たしかに厳しい決定だと思いますけど、単に冷たいというだけではなくて、すごくいろいろな角度から見ての判断だと思います」

 その背景には、レッドブルとして『F1で活躍できるドライバーを育成する』という大命題がある。

「F1というカテゴリーを見たときに、言い方はきついですけど、『本当にこのドライバーをF1で戦わせる価値があるのか』というのを見ていると思いますね。ドライバーはいつ、どこで開花するか分からない。でも、レッドブルとしては今は時間がなく、次にF1に送り込めるドライバーがいない状況のなかでゆっくりと育成はしていられない。彼らにとっては『日本のスーパーフォーミュラで1年通して走って』という時間は待てないのだと思います。チームとしては1シーズンという単位でチャンスを与えて考えますけど、レッドブル側はそうじゃない。あくまでF1という視点から今を見ているので、その視点の違いはあると思います」

 多角的に判断している様子が見えたレッドブルの決定。つまりは現代に求められるレーシングドライバーは速さだけでなく、人間性も備えていないといけないということなのか。『ドライバーも社会的常識がなければいけない』という考え方はSRSで育成を担う中野監督の考えにもリンクしてくる。

「モータースポーツの世界というのは厳しい世界ですが、たとえ今はスピードは足りなくても、仕事に対する姿勢とか人間性の部分でパッと周りの目を引くものがあれば、もしかしたらダンも、もう少し時間がもらえたかもしれない。育成の面から見ると、ドライバーはもちろん速い/遅いという要素が問われるけど、今は人間性の部分できちんと学べないといけないと思うし、英語では『Humble』というんですけど、謙虚でいなきゃいけないと思います」

 コンペティションが激しいレースの世界では、若くして成功体験を得てその後、伸び悩むという例は枚挙にいとまがない。

「やはりレーシングドライバーはある程度成績を残すと、その謙虚さを失ってしまうんですよね。自信満々はいいことですけど、謙虚さは失ってはいけない。僕個人としても今回の件は勉強になったと言えば変な言い方ですけど、世界という先を見たときに、人間性も含めて最低限、できていないといけないものがあるというのを改めてレッドブルの判断から思いましたし、レッドブルの厳しさは日本のレース界にも必要だと思っています。少なくとも日本から世界に行こうと思うのであれば、1戦1戦、1周1周、1秒への気概というか覚悟、気構えが常にないといけないと思っています」

 取材を行ったスーパーフォーミュラ第4戦富士では、そのティクトゥムに代わって、レッドブルドライバーとしてパトリシオ・オワードが加わった。初めての日本、初めてのスーパーフォーミュラ、そして初めての富士とシーズン途中から参戦するにはあまりに状況が厳しいが、オワードの最初の印象を中野監督はどう受け止めたのか。そして、ティクトゥムの件を受けて、なにかアプローチを変えることはあるのだろうか。

「僕が伝えることはダンの時と同じですし、オワードとも仕事の仕方は同じです。チームとしてもダンのときと同じく全力でサポートするのは変わりません。パトリシオはインディライツで結果も残していますし、インディ、FIA-F2と大きなマシンも乗っていますので、スーパーフォーミュラにもそれほど大きな戸惑いはないと思います。彼はとにかく、自分からチームに溶け込もうとしているのが大きいですよね。メキシコ人という国民性もあるのかもしれないけど、フレンドリーでみんなに近づこうとしているのが見て取れますし、僕はチームの空気というのを一番大事にしているので、彼がその空気を作ろうと努力しているのを感じています」

 F1において、現在求められるドライバー像は速さはもちろん、アスリート性や人間性も重視されていることは言うまでもない。自動車メーカー、スポンサーの広告塔としてだけでなく、SNSやイベント、メディアインタビューでの発言など、情報発信者としての役割がますますドライバーに求められている。今回のティクトゥムの解雇の件は、F1で成功するために必要なドライバーとして要素、そして世界のドライバー育成の決断の速さと合理性を、国内モータースポーツ界にまざまざと見せ付けることになった。

    ランキングスポーツ

    前日のランキングへ

    ニュース設定