リズムから考えるJ-POP史 第8回:動画の時代に音楽と“ミーム”をつなぐダンス

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2019年07月28日 08:11  リアルサウンド

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Soulja Boy Tell'em「Crank That」

 2000年代半ば、YouTubeをはじめとする動画共有サイトが相次いでローンチされた。2004年11月にはVimeo、2005年1月にはGoogle Video、同2月にはYouTube、そして同3月にはDailymotion。これらのサイト、とりわけYouTubeの躍進によって、インターネットにおけるコミュニケーションの中心的な媒体が、テキストやイメージから動画へと移り変わった。


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 2010年代に入ると、また状況が変わってくる。TwitterをはじめとするマイクロブログやLINEのようなメッセージアプリが、スマートフォンの普及と軌を一にして急速にコミュニケーションの景色を塗り替えていったのだ。2010年10月にはInstagram、2011年9月にはSnapchatがローンチされ、ビデオを中心としたコミュニケーションにも変化が訪れた(ただし、Instagramが動画投稿機能を実装したのは2013年)。


 とりわけ重要なのが、2012年にローンチされたVineだろう。6秒のショートムービーを撮影&編集&シェアできるサービスで、数々の人気投稿者とネットミームを生み出した。惜しまれつつも2017年にサービスを終了してしまったが、現在のTikTok(2016年ローンチ)にまで通じる、時代を代表する存在だった。


 こと2010年代のポップカルチャーを論じる際には、コンテンツをミーム化し拡散していくソーシャルメディアの役割と、n次創作(既存のコンテンツに基づいて主にアマチュアがコンテンツを制作すること)も含めた作り手側のコミュニティ形成が果たした役割を並行して語る必要がある。


■音楽とミームをつなぐもの=ダンス


 動画によるコミュニケーションの時代、音楽に欠かせない同伴者となったのはダンスだった。バイラルヒットを狙ってあらかじめ振り付けをつけて楽曲を発表したり、振付の有無に関わらずSNSのユーザーがこぞって音楽にあわせて踊る動画をシェアすることで話題に火がついたりと、ヒットの裏側にはしばしばダンスがあった。


 その先駆としては、アメリカ・シカゴのラッパー、Soulja Boy Tell’emがリリースした「Crank That」が挙げられる。この楽曲にはSoulja Boyによるオリジナルの振付が施されており、インターネットを介して振付のインストラクション動画も公開するDIYなプロモーションが行われた。


 音楽だけではない幅広いムーブメントを呼び起こした振付として、「ダブ(dab)」がある。顔を隠すように腕を斜めに掲げてポーズをキメるこのダンスは、2010年代にアトランタで行われるようになり、2014年から2015年にはアメリカ、さらには世界的な流行となった。同じくアトランタ発祥のトラップがヒップホップを中心にポピュラリティを獲得したことで、トラップ+ダブは2010年代後半を代表するダンスミームのひとつとなった。


 次いで、日本でも広く知られるようになったダンスが「シュート(shoot)」だ。BlocBoy JBが2017年にリリースした同名の楽曲「Shoot」のために作られた振付で、こちらもバイラルヒットとなった。とはいえ、日本では別の名前のほうがよく知られているだろう。DA PUMPが「U.S.A.」(2018年)の振付に取り入れた「いいねダンス」だ。グループの再ブレイクに至ったこの楽曲を通じて、アメリカで流行したダンスミームをローカライズしたDA PUMPは、まさに「歌って踊れる」パフォーマンスグループの矜持を果たしたと言える。


■お笑いとダンスの親和性
 ダンスを題材にしたミームといえば、「Harlem Shake(ハーレムシェイク)」を取り上げないわけにはいかないだろう。DJでプロデューサーのBaauerがリリースした同名の楽曲を使ったミームだ。具体的には、次のようなもの。数人から数十人が何気ない日常を送っている中、1人だけBGMに合わせて奇妙な踊りを踊っている。BGMが急展開して強烈な低音のダンスビートが挿入されると、一気にその場にいる全員が乱痴気騒ぎを繰り広げるのだ。そのギャップのナンセンスさが思わず笑いを招いてしまう、中毒性の極めて高いミームだ。


 「Harlem Shake」では、2010年代に一般化したいわゆるEDM特有の楽曲構成を笑いにうまく応用している。EDM(Electronic Dance Music)は、大規模な野外フェスなどを中心に発展し、従来のハウスやテクノといったダンスミュージックとは異なる独自のサウンドを確立した。Skrillexやマーティン・ギャリックス、Avicii、ZeddなどのDJ兼プロデューサーは、このジャンルの拡大と共に一躍スターとなった。


 その特有の楽曲構成とは、「ビルドアップードロップ」である。シンセサイザーの派手なメロディや声ネタ、高揚感を煽るリズムなどからなる「ビルドアップ」でじわじわとリスナーの期待を高め、強烈な重低音で一気にカタルシスを迎える「ドロップ」に至る。いわば緊張と緩和の繰り返しによる快楽を徹底的に強調する構造だ。「ビルドアップ」と「ドロップ」の間にどのようなギャップをつくり、意外な展開を持ち込むかがプロデューサーの腕の見せ所となる。こうした「ビルドアップードロップ」はThe Chainsmokersによる「Closer ft. Halsey」(2016年)のヒットで一躍ポップミュージックのスタンダードに躍り出た。トラップと並んで、2010年代を代表する音楽だ。


 「Harlem Shake」では、「ビルドアップ」のパートでネタふり(挙動不審な人物の動き)をして、「ドロップ」のパートをオチ(馬鹿馬鹿しい乱痴気騒ぎ)にあてることで、EDMが持つカタルシスと笑いとを同時に表現している。いわばEDMと笑いのマリアージュである。


 2010年代のJ-POPを振り返ってみると、お笑い芸人のサイドプロジェクトであるピコ太郎「PPAP」(2016年)、RADIOFISH「PERFECT HUMAN」(2016年)など、EDMのサウンドや楽曲構造と笑いの組み合わせが実際にヒットに結びついた例は数多い。お笑いコンビ、オリエンタルラジオが中心となったユニット・RADIOFISHがw-inds.とコラボレーションした「Stepping on the fire」は、w-inds.の橘慶太が自ら編曲を手がけたずば抜けたプロダクションの精度と、なぜか笑ってしまう滑稽さのバランスが素晴らしい一曲だ。


 EDMに限らず、ディスコクラシックに乗せてシュールな一言ネタを披露するふかわりょうや、あるいは80年代リバイバルの流れに乗ったオースティン・マホーンの洒脱なダンスポップ「Dirty Work」をBGMにしたブルゾンちえみのヒットネタなど、ダンサブルなサウンドと笑いの接点は枚挙にいとまがない。あくまでEDMは2010年代的な「笑い+ダンス」の一例だ。


■TikTokが加速させる断片的消費
 こうした音楽・ダンス・ミームが絡み合ったコンテンツの消費は、TikTokにまで至ると、ポップミュージックを楽曲単位ではなく、より細かな断片として扱う傾向が強まってくる。


 ただし、楽曲を断片的に扱うという点でいえば、15秒から30秒のテレビCMとのタイアップであったり、およそ90秒程度の長さに制限されるテレビドラマやアニメの主題歌も同じような指摘は可能だ。また、2002年にサービス開始した「着うた」は、当初データ容量の制限から40秒ほどの断片しか楽曲を収録できず、「サビのみ」の形式で配信されることも多々あった。2000年代、日本の音楽配信において着うたが占めていた位置の重要性を考えれば、(後に「着うたフル」として楽曲全体を配信可能になったとはいえ)こうした断片的消費の慣習が与えた影響は過小評価できない。


 しかし、ミームを通じたバイラルなコンテンツ消費においては、とりわけそうした傾向が強くなる。たとえば、Vineならば6秒、TikTokなら基本的に15秒(編集によって最大で60秒まで拡張可能)の間に収まる尺でなければならないし、かつこの尺の中でミームが成立してしまう。だからこそ「Harlem Shake」のように、EDMの「ビルドアップードロップ」構成が重用されたのだし、ヒップホップの短くキャッチーなフックとの相性が良かったのだ。


 TikTokを観察して興味深いのは、しばしばサビやコーラスといった楽曲としての聴かせどころとは異なる箇所がピックアップされて使われていることだ。たとえば、TikTokで人気の女王蜂「催眠術」、神山羊「YELLOW」、ヨルシカ「雲と幽霊」といった楽曲は、TikTok上ではサビではなくAメロが使われていることが多い。どれもほとんどイントロがなくいきなりAメロから始まる楽曲で、音数が少なくシンプルなバックトラックと興味をそそられる印象的な歌詞の組み合わせという点でも共通している。また、尺の制限のためか、意図的にスピードアップされたり、編集されたりすることも多い。


 以上のような特徴的な消費の様式を前提としてもなお、実際にヒットに繋がる例は多い。それゆえ、音楽業界からTikTokへの注目は衰えない。TikTokから生まれたヒットとして最大の例は、アメリカのLil Nas Xが放ったデビュー曲、「Old Town Road」だろう。まったく無名の新人ラッパーであるにも関わらずバイラルヒットとなり、なんとビルボードHot100の連続首位記録を塗り替える見込みだ。日本では倖田來未がカバーした「め組のひと」(2013年)のリバイバルヒットに繋がった。「め組のひと」の場合、TikTokでは大幅にピッチを上げた早回しバージョンが用いられているものの、結果的にこのカバーバージョンの再評価に繋がった。


 敷居の低い表現とコミュニケーションの場として、バイラルマーケティングの場として、ヒットを生み出すコミュニティとして、TikTokは重要なプラットフォームになっている。たとえTikTokというプラットフォーム自体の流行が過ぎたとしても、「一曲」という単位や「サビ」という構成上の概念といった従来のポップミュージックの枠組みから逸脱した基準で生み出されたヒットが、楽曲の形を変えていく可能性がある。(imdkm)


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