NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月28日放送のテーマは「天国のあなたへ… 〜「ラーメンの鬼」の背中を追って〜」。ラーメンの鬼と呼ばれた、今は亡き佐野実による、“幻のレシピ”再現に弟子が挑む。
あらすじ
イタリアンとラーメンを融合させたラーメン店「ドゥエ イタリアン」を営むラーメンシェフ・石塚和生。ラーメンの鬼と呼ばれた「志那そばや」創業者・佐野実の弟子でもある。石塚は佐野から亡くなる直前に託されたレシピを再現し、佐野の妻・しおりからお墨付きをもらうも、メニューとして提供は行わない決断をする。
アツい感情を優先するフィーリング経営
ラーメンに携わる人間は、よく言えば“アツく”、悪く言えば“演技っぽく”なりやすい。「ラーメンの鬼」こと佐野がラーメン指導を行っていたテレビ番組に『ガチンコ!』(TBS系)があるが、「鬼店主に弟子がビシビシしごかれる飲食ジャンル」というと、やはりラーメンが最も座りがいいように思う。
麺の湯切りを「天空落とし」と言ったり、ラーメン店主のスタイルが示し合わせたように「頭にタオル」「作務衣系の服」「腕組みで写真撮影」であるところなど、明確な世界観があるようだ。そんな“ポーズ”はいいから、ただ食わせてくれ、というラーメンファンもいるだろうが、一方でこういうラーメンの持つ世界に魅せられているファンも多いと思う。
今回は、主人公の石塚と、亡き佐野実の妻、しおりの二人が中心の内容だったが、両者ともアツく、かつ“演技性”を感じる人で、それがラーメンというテーマと絶妙にマッチしていた。石塚が、幻のレシピのラーメンを再現した際、二人はこんなやりとりをしている。
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石塚 「親父(佐野)の顔が見えたでしょ」
しおり「これを食べたら泣けてくるよ 会いたいを超えて」
(中略)
石塚「『子どもみたいな考え方でラーメン屋はいいんだよ』(と、佐野さんから)メッセージをもらいました」
臆面なく、こういうことを言い合える二人だ。当人たちには感動的でアツいやりとりなのだろうが、どうにも演技っぽさを感じてしまった。
石塚がラーメン屋をやるなら、持ち前の“演技っぽさ”を生かして、シャツのボタンはがっつり開けてイタリアンシェフのポーズを取りつつ、味にはとことん真面目なラーメンシェフ、が正解だと思うが、この人のダメなところは経営もやっているところだろう。
経営企画や売上管理などといったビジネス分野に関しては本人もまるでダメ、と言っており、過去には展開していた店を全店潰した苦い経験もある。にもかかわらず、今回も怒涛の出店計画を続けた結果、三軒茶屋店はわずか半年で閉めてしまうことになる。閉店日、石塚は店を見たくないのか閑散とした店を娘に任せ、他店の手伝いに終始していた。反省したのかと思ったら、番組の最後には、自分の青春の地である吉祥寺にまた出店しており、まったく懲りていない。この人の下では働きたくないと力強く思える“フィーリング経営者”だ。
佐野の幻のラーメンレシピを再現したというときも、しおりのお墨付きをもらったというのに、結局石塚はそれを、「お金を取ってしまうと、全部壊れちゃうような気がする」「あれ(幻のレシピ)は何かの時にしおりさんが食べて(佐野さんを)思い出してくれたら」 と本人的にはロマンティックなつもりなのだろうが、見ている側にしてみれば今一つよくわからないことを言って、メニューとして提供しなかった。放送されたら客も来るだろうに、フィーリングで動くのは経営者としてどうなのかと思う。
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しかし、佐野の幻レシピは利尻昆布やブランド鶏肉などの材料を、鍋にホントに入るのかと思うほどふんだんに使うものだったと放送されていたので、もしかして石塚は、店で出そうとすると採算に見合わないという、純粋な経営的判断を下したうえで、自分のキザなキャラを生かして「全部壊れちゃう」みたいな言い訳をしたのかもしれない。そうであれば、経営センスを感じるのだが。
ラーメンの世界なら演技性も魅力に
日本人は、世界においては比較的“演技性”の薄い民族だと思う。外国人の観光客が思い切りポーズを決めて撮影している姿を見て、引き気味になる人も多いだろう。他人の“演技性”に敏感なため、それが過剰な人は嘲笑やいじめの対象にもなりかねない。
石塚やしおりといった演技がかってしまう人は、日本において堅い業種の会社勤めなどは向かないだろうが、ラーメンの世界では、それが人を引き付ける「カリスマ性」に変化するのではないか。弱点と思われがちな気質が、武器に変わる瞬間だろう。
たいていの日本人が、そうした言動は恥ずかしくてできないのと同様に、彼らにとって「演技っぽくしない(冷めたように振る舞う)」ことは、苦痛のはずだ。そう思えば、石塚やしおりが、ラーメンの世界で生きていくのは己の持ち味を生かした道といえるだろう。
最後になるが、ラーメン丼が手元に置かれることを「着丼」としおりは表現していたので、通ぶって使ってみるのも一興かもしれない。
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石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂