『凪のお暇』はなんて悩ましいドラマなんだ! どこまでもすれ違う黒木華と高橋一生

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2019年08月09日 06:01  リアルサウンド

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(c)TBS

 『凪のお暇』(TBS系)から目が離せない。コナリミサトの原作コミックに、『あなたには帰る家がある』(TBS系)脚本の大島里美。『あな家』でも大人の恋物語の合間に数々の映画が登場していたが、今回もまた、『ローマの休日』『風と共に去りぬ』が、傷つき傷つけられても、それでも恋せずにはいられないやっかいな大人たちの心にうまく寄り添っている。いずれもTBS系ドラマの『中学聖日記』の坪井敏雄、『リバース』の山本剛義、そして『カルテット』の土井裕泰が手がける演出にも唸らされてばかりだ。


参考:『凪のお暇』号泣する高橋一生は愛おしい 一方で、自分の軸で幸せを選んだ凪に迫る“恐怖”も


 黒木華演じるヒロイン・凪と、高橋一生演じる元彼・慎二が囚われている「空気」を可視化するための水と風の演出。彼らの心情の歪みをも浄化しようとする空気清浄機と、凪の心に同調して時折動かなくなる向日葵色の扇風機。恋で心が躍った時は煌き、濁った時には歪んでいく音と風景。「心がポキッと折れる」予想が、ポッキーを折る軽快な音に変化する鮮やかさ。その巧みさに見とれていたら、気づけば凪と共に、とんでもなく不穏な場所に流されていたりする。


 悪役のいない、登場人物全員に優しさと愛が溢れているドラマが増える一方で(それで社会の窮屈さに疲れきった我々視聴者が癒されていることは確かである)、これほどまでに“歪んだ”一筋縄ではいかない登場人物たちで溢れたドラマは珍しい。


 『カルテット』以前からの高橋一生ファン、つまりはヒール役もこなす高橋一生を好きになった視聴者は、凪を見つめる高橋一生の凍りつくような目と、不気味な微笑みに嬉しい悲鳴を上げただろうし、凪と別れた後に号泣しながら散らばった「白い恋人」を拾う彼の可愛らしさに震えたことだろう。支配欲の塊のような一面を持ちつつ、凪を好きで仕方がない慎二を好演している。


 慎二とは逆に、裏もなけれれば葛藤もなさそうな、人間離れした完璧な穏やかさと優しさに、世のほとんどの女性が惑わされてしまいそうな中村倫也演じるゴンだが、3話終盤で明るみになった「メンヘラ製造機」という言葉にも打ちのめされずにはいられない。


 ヒロイン・凪を取り巻くクセモノの男たち、凪の人の良さにつけこんで勧誘をしたと思ったら近所に引っ越してきたりする予測不能な“友達”坂本(市川実日子)と、信頼していいとはどうにも思えないホラーのような登場人物が、凪の幸せで心地よい「しばしのお暇」を翻弄し、妨害する。


 そして、ヒロイン・大島凪である。彼女はピュアで繊細でありながら、意外にも、魔性の女である。彼女自身が、二面性を持つクセモノである。ヒロインがこれほど清純と妖艶の両方を持ち合わせていていいのだろうか。そこがこのドラマの新しく、かつ面白い理由なのである。


 空気を読みすぎて何も言えず、自己肯定感のない、ひどいクセ毛にTシャツ姿の、「群れからははずれたイワシ」。その一方で、料理上手で節約好き、扇風機しかない部屋でTシャツ姿の首筋にじっとりと汗が滲む色気、火照った顔、彼氏が喜ぶから飲めないフリをしてきた「小癪なオンナ」である彼女ほど、アンバランスな魅力を持った美女はいないだろう。男たちは、群れからはずれたイワシを食べたくて仕方がなくなるわけである。「浅ましい」と凪は、扇風機を抱えながら何もない部屋の中をジタバタする。


 そう、確かに彼女は浅ましく悩ましい、小癪なオンナ。そう思う一方で、彼女に共感し、応援せずにはいられないのは一体何なのか。


 誰しもその浅ましさを抱えて生きているからだろう。婚活に勤しむ元同僚を言葉で打ちのめした後、自分自身が婚活相手の肩書きを気にしていたことに気づき、その浅ましさに震える凪。空気を読んでひっそりと生きてきたところで、人間は空気清浄機のように綺麗な存在にはなれないのだ。実際はもっとドロドロして、自意識から離れることとなどできないし、何事にも淡白に生きてなどいられない。調子に乗って喋った後で、自分の浅ましさに自己嫌悪する。そんな日々の繰り返しである。無邪気に手作り一人流しそうめんを満喫する一方で、慎二やゴンのこと、間もなくやってきそうな母親のこと、過去に起こった出来事に囚われ、引き摺られ、葛藤している。28歳。生きていく上で、ピュアなだけではいられない、多少のふてぶてしさがないと世の中うまく渡っていけないことが痛いほどわかってくるお年頃。


 慎二もまた、空気を読みすぎる人物である。ただ、凪とは違って空気を読むことでその場を支配し、常に人々の先頭に立つ存在であるが、その一方で、「相手にとって心地のいい言葉を返すだけの透明人間」である自分のことを自覚している。彼も日々、凪の前で、あるいは会社で、精一杯格好つけながら、裏で毒を吐き、凪を好きすぎて悶え苦しんでいる。かつての凪と同じように「一匹だけ力強く逆方向に泳ぎ始めたイワシ」の姿に憧れるからこそ、会社から離れ、1人で生きようとする凪のことをなお一層好きにならずにはいられない。似たもの同士の2人は、似たもの同士だからこそ、どこまでもすれ違う。「噛み合わない歯車ってセクシー」だが、実際これほどもどかしいものはない。


 水の中で息もできずに苦しんでいた凪は、光のほうへ泳いでいき、風でカーテンが心地よく揺れ、誰もがありのままの自分を受け止めてくれる、今までとは違う地上の楽園で暮らす。そして、彼女が言うところの「人種の隔たりリバー」という、越えてはいけない川を勢いよく越えてしまった。


 凪は、ゴンに恋をすることでどう変わってしまうのか。恋という猛毒は、人をどこまでも狂わせる。どこまでもだらしなく、どこまでも浅ましく、どこまでも傲慢に。ああ、どうにも、悩ましいドラマである。(藤原奈緒)


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