BTSの世界展開もサポート デジタル・ディストリビューター「The Orchard」が目指すものは?

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2019年08月21日 15:02  リアルサウンド

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「The Orchard Japan」ヴァイス・プレジデントの金子雄樹氏

 ストリーミングが前提となり、デジタル時代の音楽ビジネスの環境が急速に変わりつつあるなかで「デジタル・ディストリビューター」の存在感が増している。


 インディペンデントな形態で活動するアーティストが増え、メジャーレーベルの力を借りずともレーベルやアーティスト個人が楽曲をSpotifyやApple Musicなどに自由に配信できるようになった現在。日本でも知名度の高いTuneCoreや、小袋成彬がロンドンで立ち上げたレーベル〈ASEVER〉がパートナーに選んだAWALなど、海外では多くのデジタル・ディストリビューターが、アーティストのサポート役をつとめるようになってきている。


 そんななか、1997年、アメリカにて創立されたインディペンデント・ディストリビューター「The Orchard(ジ・オーチャード)」が、日本へ向けたサービスを展開する「The Orchard Japan(ジ・オーチャードジャパン)」を開設した。近年ではBTSの世界展開にも寄与したという The Orchardは、何を目指しているのか。そして、この先のデジタル音楽市場はどう変化していくのか。日本オフィスのヴァイス・プレジデント、金子雄樹氏に話を聞いた。(柴 那典)


「売上よりも、いい音楽であるかどうかに力点がある」

――まず、The Orchardはどんな会社なんでしょうか。


金子:一言でいえば「CDとデジタルの両方を取り扱っているディストリビューター」です。


――CDのディストリビューターというのは、つまりレコード店に対する卸売業ということですよね。それに加えて、デジタル・ディストリビューターというものが、そもそも業態として成立するようになったのは、最近のことでしょうか。


金子:ここ10数年間だと思います。なぜかというと、デジタルのコンテンツに関してはDSP、つまりデジタルの小売りの方々が販売するために、iTunesはiTunes、SpotifyはSpotify、AmazonはAmazonと、それぞれに若干フォーマットが違うものを納品しなければいけない。結果、レーベルやアーティストは「安い単価に対して、フィジカル以上に労力がかかってしまう」と対応に苦しんでいるんです。


 その後、2006年に世界で統一のフォーマットを普及させる動きが始まったのですが、そうしているうちにダウンロードの時代からストリーミングの時代になって、取り扱う楽曲・アーティストの数は膨大に増え、一つ一つの単曲にかけられるコストがさらに低くなり、デジタルへの投資をできない人が増えたため、私たちのような存在がそれを請け負うようになっていきました。それが、いわゆるアグリゲーター、もしくはデジタル・ディストリビューターといわれるサービスの成り立ちだと思います。


――The OrchardはデジタルだけではなくCDの流通も行なっているということですが。


金子:もともと1997年に設立されたので、会社自体の歴史は20年以上あります。設立当初はまだデジタル音楽市場自体がないので、そこからデジタルのディストリビューターも始めていったという流れです。他にも日本にはTuneCoreさんのようにデジタル・ディストリビューターと言われている大手がいますが、基本的にはデジタルのみを扱っているところが多いんです。The Orchardはその成り立ちから、パッケージも両方やる、総合的なディストリビューターという立ち位置でして、そういう違いもあります。


――金子さんご自身のキャリアはどうでしょうか。The Orchardで働き始めたのは最近ということですが。


金子:はい。今年4月に入社しましたので、ついこの間です(笑)。


――それまでも、ずっと音楽業界で仕事をされてきたわけですよね。


金子:1995年から11年くらいタワーレコードにいました。その後、Amazon Japanに入社して、最初は音楽パッケージを担当していました。そこからダウンロードのビジネスを始めるタイミングでデジタルの部門に移って、さらに今のPrime Videoが始まる直前まで映像部門にいました。その後はPrime Musicでプレイリストなどのキュレーションのマネージャーをやっていました。なので、今の話で言うと、たまたまThe Orchardと似たような歴史を辿っているんです。パッケージ、ダウンロード、ストリーミングをやってきたという。


――CDからデジタルに徐々に変わっていく音楽業界を、売り場の視点からいろんな角度で見られてきた。


金子:そうですね。そのことは糧になっていると思います。


――金子さんは、ストリーミングの時代になって、音楽の届け方はどう変わってきたと思いますか?


金子:まず、お客さんがコンテンツにアクセスする頻度、気軽さ、カジュアルさが大きく変わったと思います。とりあえずストリーミングサービスの会員になっていれば、パッケージを買うほどの労力はなく、音楽を聴くことができる環境になった。でも、レーベルや商品を売る側の人たちは、ずっとCDの手法のまま売り続けていると思うんです。だから、このままだとヒットは生まれにくいですし、「ストリーミングのヒットの定義とは何ぞや?」という話になってくる。私としては、Amazonでストリーミングの担当を3年やって、各レーベルやDSPとの意見交換をしていく中で明確にわかったことがあるんですね。


――わかったこと、というと?


金子:お客さんのコンテンツに対するアクセスの方法にバリエーションが出てきたということです。「聴き放題」と言われるなかで、お客さんが沢山聴こうと思っているものは意外に新譜じゃなかったりする。ストリーミングが始まったことで売上が減るのではなくて、そもそも音楽コンテンツにお金を出さなかった人が音楽を聴きやすい環境ができたということも、大きなポイントだと思います。


――最初の「The Orchardとはなんぞや?」という質問に戻るんですが、The Orchardは、ソニー、ワーナー、ユニバーサルという世界の3大メジャーレーベルとは違いますよね。一方で、SoundCloudやBandcampのようにアマチュアが個人で登録してアップロードできるような配信サービスもある。その中でThe Orchardはどういう位置づけなんでしょうか。


金子:どちらでもないですが、どちらにもなると思います。まず、コンテンツのクオリティに関しては、我々が実際にコンテンツを見極めて契約をさせていただくので、誰でも使えるサービスではない。ただし、個人であってもクオリティが高ければThe Orchard経由で販売することができます。著作権処理などもきちんと行います。一方で、海外ではメジャーに所属しつつBandcampやSoundCloudをうまく使い分けているアーティストもたくさんいます。自分が作ったコンテンツに合わせて販売するフォーマットを選ぶことも簡単にできるようになった。なので、メジャーに所属しているアーティストもThe Orchardを使うことができるんですね。


――なるほど。メジャーだけではフォローされなかったようなコンテンツが、他のフォーマットで出てくると。


金子:そうですね。例えばアーティストは、自分のInstagramでライブやリハの風景を配信することができますよね。自分のサブプロジェクトや、友達とやったジャムセッションをYouTubeに上げることもできる。かつて言われていた自主制作的な動きも、より高品質にできるようになりましたし、パッケージを作るコストもかからなくなったことで、予算のかかるプロモーションや興行を除けば、自分でほとんどのことをできるようになった。その一方で、メジャーからリリースするというのは、契約書を交わして契約をし、契約金をもらい、バジェット以上の売上をあげなければいけないわけです。


 なので、昔だったらCDをプレスするにはメジャーと契約しないといけなかった。でも今は個人でも発信できる時代になって、SNSでそれを広めることもできるようになった。もちろんそんな中でもメジャーでやる意味はあるのですが、レーベル契約というステップを踏まず、よりフットワークを軽くして動ける場面も増えてきている。そのあたりをサポートする、環境的に整えるのがディストリビューターの役割になってきたんじゃないかと思います。


――そういった今の時代において、ディストリビューターとしてのThe Orchardの強みはどういうところにあるんでしょうか。


金子:我々が他の競合と違うのは、商品を流通させるだけでなく、その後にどこでどう動いているかというデータをわかりやすく提供しているということでしょうか。たとえばCDだと、出荷ベースで物事が考えられるので、100枚出荷して100枚売れれば、消化率100%なんですよね。でも、デジタルでは出荷がないんです。常に全ての作品が陳列されている中で、いつどこで誰が聴いているかを、どうやって捉えるかが大きなポイントになってくる。それを細かく捉えて可視化して分析できるような環境があるかどうかが大事なんです。そこに対して多角的な見方を提供できる、簡単なグラフやマップにできているのがThe Orchardです。無駄な情報がなく、膨大なストリーミングのデータをきちんとハンドリングできる。そこに関しては、圧倒的に他社を凌駕できるようになっていると思います。


 あともうひとつは、すごく感覚的な話ですが、The Orchard全体が、スタッフも含めて基本的にコンテンツ主義なんです。売上よりも、いい音楽であるかどうかに力点がある。だからなるべく還元率も多く、なるべく我々が把握しているデータもアーティストに見せたいと思っています。それによって利益が生まれて、アーティストが育っていくことが、最終的に音楽業界にとってプラスなので。


――The Orchardを利用して、アーティストが自分の音楽を広げた事例にはどんなものがありますか?


金子:BTSの躍進は大きいと思います。彼らだけでなく、K-POPのプロダクションはマーケットの思惑をコンテンツに盛り込むことで、より大きな成功を生んでいますよね。そういう意味で我々のデータを効果的に活用していると思います。アメリカやイギリスでも彼らの音楽が最先端のものとして受け入れられている。それは最先端のマーケットに非常に近しい楽曲を作っているからだと思うんです。そのこともデータとして手に取るようにわかるので。たとえば、仮にアメリカとイギリスでは聴かれている音楽の傾向が全く違うとなった時には、アメリカ向けとイギリス向けのバージョンを変えることもできる。そういうことを考えるための情報が簡単に得られるというのが我々の強みで、BTSを始めとする多くのアーティストが共鳴してくれたポイントでもあるのかもしれません。


――BTSは日本ではユニバーサルミュージックに所属しているわけですが、グローバルな視点で見れば、メジャーレーベルに所属しているわけではない。


金子:そうですね。ビッグヒット・エンターテインメントが自社で生産をして、The Orchardに流通を委託している形になっています。言ってみれば、インディペンデントなパッケージも作っているアーティスト事務所に所属している、という位置づけですね。


――BTSのグローバルな成功を、The Orchardはどういったところでサポートしたのでしょうか?


金子:普通のことですね。世界各地で綿密な計画のもとプロモーションするという、通常作品を売るためにやっていることとそれほど変わりないです。



「アーティストがいろんな環境を選べて使い分けれるほうがいい」

――The Orchardに関して、海外での浸透度と日本での存在感についてはどんな感触がありますか。


金子:海外ではそれなりに知名度はあると思いますが、日本はほとんど知られていないと思いますね。実際に使っている人や各DSPの方以外は知ることはなかったでしょうから。ようやく日本にオフィスが立ち上がった状況で、これまでは、なにかしらの情報で「海外にThe Orchardという大手ディストリビューターがある」とは知っていても、TuneCoreさんと違って日本のオフィスがなかったので、壁があったんです。日本に拠点がないから英語でやり取りをする必要があった。先陣をきってその壁を解いたのが、日本だとTuneCoreさんだと思います。


――このタイミングで日本オフィスが立ち上がった理由は?


金子:ずっとトライアルはしていたみたいなんですが、要は人が必要だったそうです。音楽業界が長くて、英語も喋れて、デジタル/フィジカルのパッケージ状況を知っている人。そういう条件を満たす人材がいなかった。彼らからすると、日本は世界で二番目に大きい音楽マーケットを持っている国なので、拠点を作りたいとずっと思っていたみたいなんです。でも、言語のバリアの中で難航したというのが正直なところだと思います。


――The OrchardやTuneCoreだけではなく、世界にはいろんなデジタルディストリビューターが点在している状況なんでしょうか。


金子:そうですね。いろんなディストリビューターがいます。


――たとえば最近では小袋成彬さんが、ソニーミュージックに所属したまま単身ロンドンにわたって自らのレーベル〈ASEVER〉を立ち上げたという話もありました。彼がパートナーに選んだAWALもThe Orchardと同じようなデジタルディストリビューターですよね。たくさんのサービスがあって、インディのアーティストやレーベルがそれらを選んで使っているという状況だということでしょうか。


金子:そうですね。ただ、僕はいわゆるメジャー/インディという言葉をできるだけ避けるようにしているんです。もともとの「独立した」という意味で「インディペンデントなアーティストを支援します」という言い方にしているんです。メジャーのアーティストであっても、自分で何かをしたいという人であれば使うことができる。「自分で何かをしたい」という人に対しての環境を用意するという意味で、インディペンデントなアーティストやレーベルさん向けのサービスをやりますという言い方をしています。僕の中での定義としては、お金を出してくれるところがメジャーで、自分で何かしなきゃいけないけど、自分でアクションを起こせばなんとかなるのがインディペンデントという違いですね。そういう中で、アーティストにもうまく使い分けてもらえればと思います。


――先ほども「コンテンツによってフォーマットを使い分ける」という話がありましたが、小袋成彬さんのように、メジャーに所属しながらThe Orchardを使うこともできる。


金子:たとえばメジャーで所属していても、サブプロジェクトに関してはメジャーじゃないところでThe Orchardを使って配信するというような動きがあってもいいと思います。もっと言うと、スタジオアルバムはメジャーで出すけど、ライブアルバムはインディで出すといった、コンテンツベースで考えることもありだと思います。それぞれ契約や事情があると思いますが、アーティストがいろんな環境を選べて使い分けることができるほうがいい。そういう意味で、新しいことに敏感なアーティストさんやレーベルさんからは、すでに声がかかっています。


――現状では、日本でもより多くのアーティストに対して存在感を高めていきたいというのが、これからの課題ということですね。


金子:そうですね。ただ、The Orchardの強みを実感してくれるアーティストが一組でもいれば、きっとそこから広まっていくと思うんです。YouTubeにフルでMVを公開することも当然できるし、それを収益化することもできる。メジャーのアーティストでも契約できる。もちろん、我々のシステムを使っていただいたがゆえの成功があれば、それが実例を伴ったブランド力になっていくと思います。


(取材・文=柴 那典/撮影=はぎひさこ)


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