『あなたの番です』『セミオトコ』『凪のお暇』アパート・マンションドラマから読む現代社会

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2019年08月25日 08:01  リアルサウンド

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リアルサウンド

(c)日本テレビ

 仕事終わりの金曜日。2本のドラマを観て大体泣いている。『凪のお暇』(TBS系)と『セミオトコ』(テレビ朝日系)である。なぜなら、アパート暮らしのヒロインと自分を重ねてしまうから。しかし、複数のアパートを転々としながら実に平凡に生きてきた筆者の人生には、幸か不幸か、中村倫也演じるゴンのような隣人に出会うこともなければ、山田涼介演じるイケメンゼミの恩返しもなく、小さな四角形のベランダの中心に、命が尽きたセミが転がっていたことぐらいしかないのである。


 そんなこんなの共感と恐怖と、湧き上がる若干の憧れを抑えながら見ているドラマが3本。現代人の心を癒す、理想郷のようなアパート暮らしを描くほっこり系(?)ドラマ『凪のお暇』と『セミオトコ』。そして、殺人者と死者と、怪しい人だらけの「殺人マンション」を描くミステリードラマ『あなたの番です』(日本テレビ系)だ。


 生活を描く上で不可欠なのが「食」であり、住民たちが心を通わせるきっかけになる料理の数々も楽しみの一つなのであるが、それ以上に気になるのは、ドラマにおいて描かれる、孤独で息苦しい現代社会との向き合い方である。


●『あなたの番です』
 『あなたの番です』のマンション・キウンクエ蔵前は、隣人の部屋の扉を開けるのも一苦労だ。呼び鈴かノック1つで扉が開く他ドラマのアパートと違い、ドアホンで会話し、次に警戒する人のドアチェーンを開けさせて、さらにはその奥の隠し部屋まで見つけなければ、隣人の本当の姿はわからない。


 しかし実際の現代のマンション・アパートとして共感せずにいられないのは、こちらのほうなのである。セキュリティに守られすぎて、隣人の顔が見えない。隣人がいつ引っ越してきていついなくなったのかさえ気づかないこともある。ドアホンに残った不審な残像に怯えていたら、宅配の人が動いて画像が乱れただけだったという、木下(山田真歩)の「首を振る」エピソードのようなことも多々ある。


 そういった日常に潜む何気ない恐怖をとっかかりに、物語はどんどん飛躍していく。第2章になってAIが物語の中に加わり、癒しの菜奈ちゃん(原田知世)の声までAIと化してしまった今、このドラマは起こりうる現代とその先を見据えているのかもしれない。


 これが現代のマンションの本来の姿だとすると、時代に逆行しているという意味で対照的なのが、意外にも『凪のお暇』のアパートだ。


●『凪のお暇』
 『凪のお暇』で黒木華演じる凪が失意の果てに行き着いたクーラーなしの格安アパート・エレガンスパレスが示すのは、小津安二郎の映画に登場する隣家との醤油の貸し借りのような、古き良き時代への懐古である。壁は薄く、内緒話は筒抜けで、取り繕わずありのままの自分を認めてもらえる解放感はあるけれど、一方で、堕落した自分も曝け出さずにいられない。実際限りなく近い状態のアパートに住んだことがあるが、現実はこんなに優しくないわけで、隣の部屋の激しい生活音にうろたえた経験のある人の方が多いだろう。


 このドラマにおいて描かれるのは、SNSに振り回され、承認欲求の塊と化した現代人の疲弊だ。だからこそ、凪や慎二(高橋一生)の心のオアシスは、長屋暮らしのようなエレガンスパレスであり、華やかだった時代の雰囲気を懐かしむ「スナックバブル」なのである。だが、古き良き時代に逃避したところで、そこでも結局「空気を読まなければならない地獄」に陥らずにはいられないところがこのドラマの底なし沼たる所以だ。


 扉をどんなに開けても相手の本当の姿はわからない、不信感に溢れた現代そのものを描写した『あなたの番です』のマンション、自ら扉を開けなくてもありのままの自分を見守ってもらえる現代人の夢が『凪のお暇』のアパートだとしたら、『セミオトコ』は、孤独な現代を認めた上で、閉じこもらずに自ら扉を開けてみることの大切さを教えてくれるアパートである。


●『セミオトコ』
 『セミオトコ』のアパート・うつせみ荘は、脚本の岡田惠和がこれまで描いてきた『ちゅらさん』の一風館、『ひよっこ』のあかね荘(共にNHK総合)の系譜に連なるものであり、個性的な大家と住民たちで構成され、共有スペースに集まり談笑する場面が物語の軸になっている。一見すれば、セミの王子様(山田涼介)に沸き立つ住民たちが、おかゆにメイプルシロップをかけて喜んでいる、浮世離れした優しい世界に見えるこのドラマだが、ベースにあるのは現代人の孤独である。


 4話において、いつも明るい春(山崎静代)が部屋で倒れた時、ティータイム中の他の住民たちは気づくことができない。セミ仲間に知らされたセミオが駆けつけることによって、彼女は一命を取り留める。夫・マサ(やついちろう)は春のことを常に気遣い労わっているが、彼女の目の奥の孤独を拭い去ることはできない。「余命短い」男・小川(北村有起哉)もまた、一人孤独な繭の中に篭もっていた。由香(木南晴香)がセミオに最初に願ったのは、「生きててていいんだよと言ってそっと抱きしめてください」だった。つまり、セミオに会わなければ、彼女もまた、人との関わり方も知らないまま、ひりつくような孤独の中で生きるしかなかった。


 うつせみ荘は、住民たちの孤独を見渡せるのは外にいるセミのみで、各部屋の中で起こっていることには基本的に干渉し合わないことが暗黙のルールだ。自分から扉を開けなければ、社会とは繋がれない厳しさがある。


 でも、少し扉を開け外に出ることで、この上なく優しい、愛に満ちた世界が広がっていることを教えてくれる。これもまた、世知辛い現代に立ち向かうための一つの方法である。「なんて素晴らしい世界なんだ!」。この息苦しい世界を愛で包むには、そんな優しすぎる言葉が必要なのかもしれない。(藤原奈緒)


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