吉沢亮の演技経験が活かされた『なつぞら』天陽くん 朝ドラでの大人気を経た、今後への期待

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2019年09月07日 06:11  リアルサウンド

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吉沢亮『なつぞら』(写真提供=NHK)

 天陽くん! 吉沢亮じゃなくて天陽くんなのだ。吉沢亮は吉沢亮ですばらしい俳優だが、朝ドラ『なつぞら』(NHK総合)で吉沢亮は“山田天陽”以外の何者でもなかった。


 念のため説明しておく。天陽くんこと山田天陽は、『なつぞら』の主人公なつ(広瀬すず)の心の友であり、おりにつけ、なつに影響や刺激を与えてきた重要人物だ。絵を通して仲良くなって、いつも一緒に絵を描いていた青春時代は麗しい。互いに密かに恋心的なものも感じながら、なつはアニメーターになる夢をかなえるために東京に出て、天陽は北海道で農業をしながら絵を描く生き方を通した。やがてそれぞれ、伴侶を得たが、ふたりの間にある不可侵なものは変わることがない。離れていても共通の絵を描く目的(人生そのもの)でつながっている関係性だったが、天陽は働き過ぎがたたって亡くなってしまう。大切な心の友の死を前に、なつはもう一度、自分の目指す道に向き合い、歩みはじめる。


 主人公の人生における大きな転換点という重要な役割を、吉沢亮はみごとに果たした。天陽くんが魅力的で、なつに対しての影響力に説得力があって、その死が胸を打つ、この3つが大きい。


 主人公の相手役(結婚相手は別の人になったが途中まで結ばれるかも? という展開だった)としてビジュアルは申し分ない。見た目だけでなく、絵がうまく、クールで、ちょっと哲学的なことを言う。東京に行くなつとの対比として北海道にずっといる設定だから、ドラマの舞台が北海道から東京に移ると出番が少なくなってしまったとはいえ、それでもたまに出るたび印象に残る。極めつけは、亡くなる場面。青々したじゃがいも畑で亡くなる姿は神々しいほどで、自分のもうひとつの肉体のような畑をみつめる横顔が美しく、SNSは早すぎる死を悼む言葉で溢れた。


 そう、吉沢亮は美しい。とくに目を伏せたときのまつげの長さが作り出す憂いはそれだけで詩のようだ。そんな顔をしているものだから、ともすれば、“美しい顔の吉沢亮”というイメージがつきまとう。役名より吉沢亮が先に来てしまってもおかしくないのだが、なぜか不思議と吉沢亮はそうではない。こんなにも似顔絵が描きやすそうな、一度見たら忘れなそうなくっきりした顔にもかかわらず、いい意味でその顔が印象に残らない、特異な俳優だ。例えるなら、カボションカットの宝石。カクカクといくつもの面をつくるのではなくつるりと丸く仕上げ、石の色味や柄そのものの美しさが魅力になる。


 カボションカットのようになめらかな楕円形で、人間の多面性を表現する能面のような在り様をどこで身につけたのか、どんな役にも変化する吉沢亮は、昨今の若手俳優のデビューからブレイクまでのひとつのパターンである特撮ヒーローものや漫画原作もの、青春恋愛ものなどに出演してきた。代表作となった映画『リバーズ・エッジ』、『ママレード・ボーイ』、『銀魂』、『キングダム』などは漫画原作もの。原作漫画のイメージを損ねない技能を研ぎ澄ませてきたことも功を奏したのだろう。


 『なつぞら』はオリジナルドラマ。天陽くんには神田日勝という実在の画家(十勝で農業をしながら絵を描いていた)がモデルだとされているが、外観はそこに似せていない。吉沢亮の芝居で勝負するドラマであった。十代の頃の天陽くんは、吉沢のピュアな美しさをそのまんま出して、生活、夢、恋……いろいろなことに葛藤を抱えた等身大の少年の心をビビッドに出していた。いわゆる青春恋愛ものの経験が生きた。


 そして、年齢を経て、夫となり父となり、画家としても進化していくにつれて、どうなったか。みごとに、ちょっとおじさんになっていた。いい意味で。農業しながら絵を描いているたくましさ、都会で生きるのとは違う素朴さみたいなもの、家族を背負っている責任感みたいなものが口調や表情に出ていた。これこそが、生活と絵が共にある山田天陽に必要な部分で、それをしっかり吉沢亮は演じていた。『なつぞら』に出ている安田顕がやっぱり端正な顔立ちながら生活者の滋味を深めていて、吉沢亮もその方向性に行けそうな気がする。


 天陽が入院してからの地元の幼馴染・雪次郎(山田裕貴)との会話など、ちゃらついたところが微塵もない、生きるために働いているという地に足のついた雰囲気を吉沢は漂わせている。もらった役をいかに作家や演出家のビジョンにそって体現するか、そこにすべてを賭けている実直さ。ものすごく客観的に状況を見ている、ある意味醒めた視点。それが山田天陽にはぴったりだった。天陽が絵を無心で描いているときの、吉沢亮の表情のように、芝居に取り組んでいる印象がする。昨今、ドラマで人気が出ると、イケメンだからみたいなことでまとめられがちなのだが、イケメンといったって清潔感とか実直さ、素朴さ、クレバーさみたいなものを醸していないと愛されない。朝ドラに出て一気に伸びる俳優はたいてい、この、清潔感とか実直さ、素朴さ、クレバーさが思う存分出せた俳優だ。吉沢亮は申し分なかった。


 『あさイチ』(NHK総合)にゲストで出たとき、山田裕貴の撮った映像のなかでキレイな顔を思いきり崩して剽軽な顔をしているのもご愛嬌。賞味期限の短い若い美しさでなく、いい感じにおじさんになっていきそうな逸材だと思う。(文=木俣冬)


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