“詐欺”題材のドラマはなぜ増えている? 『サギデカ』が目指した、加害者・被害者の丁寧な心理描写

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2019年09月07日 14:01  リアルサウンド

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リアルサウンド

『サギデカ』写真提供=NHK

 NHK土曜ドラマ『サギデカ』が8月31日よりスタートした。本作は、「振り込み詐欺」「還付金詐欺」などあの手この手で市民を騙し、大金を奪い取る「特殊詐欺」犯罪者たちの摘発に心血を注ぐ警視庁の女性刑事・今宮夏蓮(木村文乃)を主人公とした人間ドラマだ。


 『透明なゆりかご』(NHK総合)、『きのう何食べた?』(テレビ東京系)、『劇場版コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』など、秀逸な人間ドラマを描き続けている安達奈緒子が脚本を務め、入念な取材のもと、現代の“リアル”を見事に捉えている。第1話では、振り込め詐欺グループの実行犯である掛け子(老人宅に電話をして騙す役割)を担っていた加地(高杉真宙)が今宮に捕まり、取り調べられる場面などが描かれた。


 リアルサウンド映画部では、『透明なゆりかご』に続き、安達とタッグを組んだ制作総括の須崎岳氏にインタビュー。「特殊詐欺」をテーマにした経緯から制作の裏側までじっくりと話を聞いた。(編集部)


●詐欺を題材とした作品が同時期に重なったのは必然


――『サギデカ』の企画を考え始めたのはいつ頃ですか?


須崎岳(以下、須崎):おおまかにいうと2016年頃です。前々から知っている同年代のNHK社会部の記者と話していたとき、「反社会勢力というのは弱体化していて、代わりに膨張をつづけているのが詐欺集団」という話題になりました。それなのに当時、詐欺の話題というのは目新しさがないので報じられることは少なくなっていました。でも実は巧妙化・複雑化している。このままではまずいことになりますよということを聞いて、そこからゆるゆると取材を始めて企画書を書いたのが始まりです。


――そこから実際に企画が通るまでというのは……。


須崎:企画書を出したのですが、しばらくは通らなかったんです。やはり当時は詐欺という題材に目新しさがなかったのと、その頃は社会派の題材を扱う枠が少なかったのではないかと思います。


――その頃からすると今のほうが社会派の題材が受け入れられるようになっている気もしますね。


須崎:なんとなくですが、視聴者の皆さんが見たいと思ってくださっている感じはありますね。それは『透明なゆりかご』のときにも感じました。僕自身はあの作品を社会派とは思っていなかったんですが、世の中に知られていなかったシリアスな題材を扱った作品だったと思います。


――『透明なゆりかご』の脚本を手掛けた安達奈緒子さんと今回の企画をすすめようと思ったきっかけは。


須崎:安達さんと『透明なゆりかご』でご一緒して、自分で言うのはなんですけど、ある程度信頼関係はできていたのではと思います。でも、だからといって次も即OKですというわけではなくて、安達さんが企画書を読んで、現代社会にある出来事をえぐりながらヒューマンドラマを描いていくことに共感してくれたことと、なによりオリジナル作品であるということが大きかったみたいです。


――企画を立ててからの3年間には、特殊詐欺を扱った作品が徐々に増えてきましたね。


須崎:結局、『サギデカ』の企画が通ったのは2018年の春でした。そこからなるべく早く世に出せればとは思っていたら、どんどん別のドラマが先に放送されて(笑)。企画が通ってからは、安達さんやチーフ演出の西谷(真一)とともに警察関係者や、詐欺犯をたくさん知ってるジャーナリストなどにどんどん会って取材をしていきましたが、これはまさに現代的な事象だなと思いました。その間にもアポ電強盗とか、タイの振り込め詐欺アジトのニュースが飛び込んだりして、3年前に記者の彼が言っていたことが本当になっていると痛感しました。詐欺を扱った作品が同時期に重なったのは、ある意味必然かも知れませんね。


●なぜ若者たちが振り込め詐欺に手を染めるのか


――さまざまな特殊詐欺の作品を見てきましたが、『サギデカ』は第1話の詐欺被害者である泉ピン子さん演じる主婦の描き方が特に丁寧だと感じました。


須崎:世の中の人は、これだけ振込詐欺に気をつけろと言われてるのに、「なんで騙されるんだ、不注意じゃないか?」と思ってるかもしれません。僕自身もそうでした。でも調べていくと、詐欺犯罪者の側は本当に巧妙に被害者を心理的にコントロールしているんです。それにお年寄りからしたら、自分の子供が窮地に陥ったら、身を投げうってでも助けてやりたいと思うのが心情です。そういう心理を利用され、だまされた高齢者は、守ろうと思った子供からも責められるし、自分自身も責めてしまう。自殺までいかなくとも、うつ病になってしまったり、家族との間に亀裂が入ったりすることがあるんです。詐欺はお金をだまし取るだけでは終わらず、被害者に様々なダメージを与えるということ、そこを描く必要性は強く感じていました。


――第1話では加地が掛け子として成功し興奮する姿も描かれていました。一般企業が実現できないようなある種の働く上での達成感が、詐欺集団では実現できているのが実に巧妙だと感じました。


須崎:どうして若者が振り込め詐欺に手を染めるのかというと、苦労せずにお金を手にすることができるからというのは勿論あると思います。でもどうやらそれだけではない。詐欺犯には詐欺犯なりの工夫とか苦労とかもある。電話をして実際に高齢者にお金を振り込んでもらうまでには、緊迫感もあるし、人を騙せるようになるためには、彼らもその役になりきらないといけない。それこそ被害者からお金が手に入ったときには、本当に息子の気持ちになって「ありがとう」と言わないといけない。そういうことが詐欺のマニュアルには書いてあるんです。


――掛け子の演技が訓練でうまくなる過程については、『スカム』(MBS・TBS系)でも描かれていましたし、『土曜スタジオパーク』(NHK総合)に木村文乃さんと眞島秀和さんが出演した際にも、そういう過程について、演劇のワークショップみたいな面もあるという感想をもらしていました。


須崎:詳しいジャーナリストに聞いたところでは、掛け子が過酷なトレーニングをしたり、部屋に一日缶詰状態でやっている中で、やっと振り込んでもらうことに成功すると、すごい達成感があるらしいんです。ドラマの中でも、詐欺犯たちの達成感を描いたシーンがありましたが、それを観た視聴者の方が「この雄叫びのシーンだけを見ると、企業もののドラマで何かをやりとげたシーンみたいだ」とTwitterに書かれていたのが言い得て妙だなと。今の若い人たちは、ああいう達成感とか連帯感を得ることが難しくなっているような気がします。それはかつてのように多くの人が正社員で雇用されて企業自体も右肩上がりで安定していてということがなくなってきたこともあるかもしれません。詐欺グループもピンからキリまでありますから、適当にやってるところもあるでしょう。しかし、第1話で描いたように、言葉巧みに教育、マインドコントロールされた結果、善悪の物差しがおかしくなってしまう若者もいるんだろうなと思います。


――モチベーションを巧みにコントロールしている感じがありますね。逆に警察のほうが経費がちゃんと落ちなかったりというある種“ブラック”な労働状況の中でも犯人逮捕のモチベ―ションを保たないといけないという。


須崎:警察の人たちが、いかに信念を持って捜査しているかをどうやって描くかはすごく考えました。主人公の今宮は、両親もおらず過酷な状況で育ってきた詐欺犯の加地に、どう説得力を持って「それでも詐欺は間違っている」と反撃していくか。第1話の取り調べ室のシーンでは、今宮が加地の心をどうやって開かせていくのかが重要で。もちろん彼女は正義感が強いんですが、それだけでは加地を落とせない。だから、やっぱり懐に飛び込んでいくことが重要なんですね。ある刑事さんから聞いたんですが、被疑者を取り調べる時には「そいつの故郷を必ず見に行きます」と言うんです。昔から刑事ドラマで描かれるベタなパターンのように思えるかもしれないけど、やっぱりそうなんだなぁと感じ入りました。だから、ドラマの中でも、今宮は加地の故郷に行くんですね。


――加地は非常に用心深い性格で、自分の身元がわかるものを一切自宅にもおいてなかったわけで、名前も知られたくない。でも、今宮が故郷にまで行って、彼の名前を見つけ出してきたときには、加地は不思議と名前を取り戻したような気持ちになってほっとしてるようにも見える。あそこに、加地の複雑な気持ちが表れていて、何度見てもぐっときました。


須崎:加地は、自分のことは突き止められないだろうと思っていたけれど、今宮は彼の魂のよりどころでもあった一曲の歌をとっかかりに突き止めた。捜査とはいえ、そこまでしてくれるんだということは、彼の中では不思議なうれしさがあったってことなんでしょうね。


●“人間”を描く安達奈緒子脚本


――安達さんの脚本は説明的になりかねないところを、すごく自然に盛り込んでいるなと感じます。


須崎:安達さんの脚本というのは巧さも勿論あるんですけど、なにより気持ちがこもってるんですよね。キャラクターの描き方にリスペクトがあるというか、刑事に対してもそうだし、犯人に対しても人間として描こうとしていますし、被害者を描くときにも突き放すようなことは決してしない。その人が何を大切に生きてきたかを描いているので、そこが本当に素晴らしいと思います。


――特殊詐欺事件というものが現在進行系で発生している中、このようなドラマを描く意義をどう捉えていますか?


須崎:振り込め詐欺の捜査を描くことによって、犯人に手の内を教えることになるのではという懸念もゼロではないとは思います。でも、刑事たちは被害者のため、これだけ本気で犯人逮捕に執念を燃やしている。そこから逃れるのは大変なんだという事実を、振り込め詐欺に手を染めている若者、あるいは手を染めようかなと悩んでいる若者に伝えたいと思いましたし、振り込め詐欺は決して正当化できるものではなく、人を深く傷つけるのだということを描きたいと思いました。


――最終話に向けて加地のその後も気になります。


須崎:振り込め詐欺に関わった若者は逮捕され出所して足を洗った後も、一般の若者と感覚がずれてしまって、元に戻れないことが多いそうです。金銭感覚も違うし、あの達成感はなかなか普通の仕事では得られず、物足りないなと思ってしまうと。そんな彼らがどうやって社会復帰していくかも考えないといけない。最終話ではその点も少し描いています。


――最後に、これから第2回の放送ですが、第5回の最終話までの見どころを改めて教えてください。


須崎:第2話では振り込め詐欺だけではなく、投資詐欺や地面師詐欺などが描かれます。伊東四朗さん演じる老人を通して、人はなぜ騙されてしまうのか、そして誰しもが老いるけれど、それはどういうことなのかを描きたいなと思って作りました。第3話は、主人公の今宮の過去に何があったのかが明らかになり、それが今の今宮の刑事としての在り方にどう関わってくるかが描かれます。そして第4話と第5話は、捜査二課チームが振り込め詐欺組織の上層部にどこまで迫っていけるかを描きます。加地は、突き上げ捜査のために泳がされていますが、その影響がいろんな意味で出てきます。今宮と加地の駆け引きがひりひりする感じで描かれているのでその点も楽しんでいただければうれしいですね。どの回も、見逃せないものになっていると思います。


(取材・文=西森路代)


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