『だから私は推しました』ダブルミーニングの作品名が意図したもの 森下佳子が仕掛けた“真実と嘘”

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2019年09月17日 06:11  リアルサウンド

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『だから私は推しました』写真提供=NHK

 暗い世界をアイドルという光が照らし、その光に手を伸ばし続ける人々もまた、彼女たちを照らすサイリウムの光で輝いている。淡く暗く煌く海のような物語は、暗さに慣れてしまった側にとっては明るすぎるぐらい明るい空間を生きることができるようになった、それぞれの人生を示すことで清々しい終わりを迎えた。


 NHKよるドラ『だから私は推しました』が終わった。『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』『腐女子、うっかりゲイに告る。』に続く、若手スタッフ・出演陣による挑戦的なドラマ枠第3弾である。保坂慶太ら若手演出陣の鋭く、遊び心のある演出やカメラワークの面白さに目を奪われながらも、『おんな 城主直虎』(NHK総合)や『義母と娘のブルース』(TBS系)を手がけたベテランであり、深夜ドラマの脚本を初めて担当した森下佳子の手腕が光った。


 このドラマは、地下アイドルとオタクの、危うささえある深い関係性を示すことによって、誰かを「推す」ということ、誰かを心から大切に思うことの素晴らしさを描いた。それは、桜井ユキ演じる地下アイドルにハマるヒロイン・愛と、白石聖演じる、愛が夢中になる地下アイドル・ハナという2人の女性の出会いを通した成長だった。


 それと同時に、SNSの普及により自己表現の可能性が増えていく一方で、承認欲求に飢え、疲れきった現代人を描くと共に、やりがい搾取問題やストーカー問題など地下アイドルを取り巻くシビアな現状も描く社会派ドラマの一面もある。そして何より面白かったのは、タイトルのダブルミーニングにもなっている、最終的に「だから私が押しました」となってしまった本当の理由を巡るサスペンスの要素である。その際たる魅力は、「入れ替わる」ことにあった。


 ハナは嘘をつく時、瞬きをする癖がある。この事が明らかになるのは、愛がハナにそのことを指摘する終盤の6話であるが、2話、5話でハナが嘘をつく場面において、彼女の瞬きが示されると共に、過去を示すショットが挿入される。特に5話の「いじめられていた」エピソードを彼女が語る場面における過去の映像は、「ハナが松田杏子(優希美青)を無視する/松田杏子がハナを無視する」という2パターンが交互に示されることで、彼女が頭の中で都合よくすり替えてしまった真実と嘘を、視聴者に前もって呈示しているのである。


 この「瞬き一つでいとも簡単に転換してしまう真実」という構造は、そもそもの前提を崩す終盤の大どんでん返しに繋がった。7話終盤で、「あなた嘘ついてますよね」という刑事(澤部佑)の言葉を契機に、それまでの瓜田(笠原秀幸)が突き落とされるまでの映像が逆回転して戻っていく。そして、「だから私が押した」のは、愛ではなくハナのほうだったということが最終話で明るみになるのである。


 最後の最後で愛とハナが入れ替わる。タイトルのダブルミーニングは「推した」愛と「押した」ハナを示していることがわかる。つまりこの物語は愛とハナ2人の物語。これは、事件の真相に関わることだけでなく、「推す人/推される人」、「コールする人/レスポンスする人」という彼女たちの関係性も簡単に変換可能であり、一方的に与える/与えられる関係なのではなく、相互補完的な関係なのだということを示しているのである。


 1話において愛はハナを「もう1人の自分」と言った。「私自身が誰かに推されたい人間だった。それを変えてくれた」と取調室で語る1話の愛と、「私は愛さんと会って生まれ変われた」「推すって愛だって、今度は私が誰かにそう感じさせることができる生き方ができたら」と語る8話のハナ。時間と空間、そしてドラマの時間軸を大きく隔てたところで、彼女たちはコール/レスポンスする。そして2人はほとんど同じことを話しているのである。この関係性は、花鈴(松田るか)と小豆沢(細田善彦)をはじめとする「サニーサイドアップ」のアイドルとそれぞれを応援するオタクの組み合わせにおいても言える。


 しかし、ただ「誰かを推すって素晴らしい」で終わらないのがこのドラマの凄さであり、森下佳子の凄さである。女友達ならではの嫉妬やマウンティング、同情といった生々しい感情も垣間見せつつ、ハナを応援することにのめりこむあまり、風俗まがいのアルバイトに手を出したりする愛のことを心から心配し忠告する同僚・真衣(篠原真衣)が言い放つ「共依存」という言葉が、愛とハナの関係の危うい一面であることは否定できない。


 8話における事件の詳細を伝えるニュース番組で「よくわからない」と一緒くたに片付けられた瓜田と愛のハナを巡る行動は、ハナのための洗濯機と加湿器の購入、CM出演商品の広告効果を高めたいがための卵パック大量購入と共通している。ただ卵をハナのため、ハナとタイプの異なる動画配信のために使った愛と、卵パックを、ハナを監禁するための部屋に使った瓜田という違いがあるだけだ。この関係性も、瞬き一つでいとも簡単に転換してしまいかねない怖さがある。だからこそ、愛とハナは距離を置く必要があった。


 愛もハナも無力だ。推しのためにできることは限られているし、社会の仕組みを変えることができるわけでもない。「やっと辿りついた天国」のような居場所は、あっけなく誰かの新しい夢にかき消されてしまうし、彼女たちはいつも何かを間違える。それでも、かつていじめてしまった松田に会いにいくという「絶対にやらなきゃいけないこと」をハナはやり、それを間接的に知って喜ぶ愛もまた、ハナを推す事以外に自分らしくいられる場所を見つけた。彼女の周りには小豆沢や、彼女を慕う人々がいて、ハナとも心の中で繋がっている。それだけでいい。きっと、間違っていない。このドラマは、そう言い聞かせる私たちのドラマなのだ。(藤原奈緒)


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