役所広司演じる嘉納治五郎の最期 『いだてん』が描くオリンピックを開催することへの覚悟

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2019年09月30日 11:51  リアルサウンド

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『いだてん』写真提供=NHK

 9月29日に放送された『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(NHK総合)第37回「最後の晩餐」。1940年の東京オリンピック開催が決まるが、日中戦争が始まった日本では、オリンピック反対論が沸き起こっていた。


参考:『いだてん』制作の裏側は“もうひとつのオリンピック”だったーーチーフ演出・井上剛の挑戦


 戦争により世界から孤立していく日本。それでも日本での開催を進めようとする治五郎(役所広司)と、今の日本と“平和の祭典”へのズレに苦悩する政治(阿部サダヲ)。オリンピック開催に葛藤する2人の姿、そして、日本のオリンピックに貢献し続けた治五郎の最期を描く回でもあった。


「オリンピックはやるんだよ! 何がなんでも!」


 世界から見た日本の現状を省みて「名誉ある撤退を」と訴えた副島(塚本晋也)に、治五郎は語気を荒げてこう言った。


 「撤退」を訴えた副島のように、政治も戦時色が濃くなる今の日本で開催することに疑問を抱いていた。政治記者として日本の情勢を、水泳総監督として日本のスポーツを見続けてきた政治。そんな彼だからこそ感じる「矛盾」だ。


 戦争と“平和の祭典”という「矛盾」に頭を悩ませる政治の心情を、阿部は丁寧に演じる。出征した人々へ後ろめたさを感じている選手たち。政治はその心情を察している。だが彼は総監督として、彼らを奮い立たせるように、そして自分に言い聞かせるように「来るよ、オリンピックは!」と強く訴えた。その後、練習に励む選手を見守る政治が映し出されるが、その表情は硬い。選手たちを励ましながらも、頭の片隅に「矛盾」がこびりついているようだった。


 エジプトのIOC総会に出席する治五郎に、政治は「返上するならご同行します。断固開催するとおっしゃるなら、行きません」と言った。政治の否定的な発言に驚きを隠せない治五郎だが、政治は土下座をしてまで返上を求めた。


「ダメだ。こんな国でオリンピックやっちゃ、オリンピックに失礼です!」


 阿部の鬼気迫る表情から、政治の決死な思いが伝わってくる。政治はオリンピック開催そのものに反対しているわけではない。「軍国主義となった日本での」オリンピック開催に反対しているだけだ。政治とスポーツ、両方の視点からオリンピックを見てきた政治の訴えを、阿部は涙を浮かべながら演じていた。公式Twitterによると、阿部は「田畑が治五郎にオリンピックを返上するよう迫るシーンは本当につらく、役所広司さんの表情がまた哀しくて、思わず涙がでてきました」とコメントしている。


 一方、治五郎はオリンピック開催を望む姿勢を変えない。政治に返上を迫られた治五郎は哀しげな表情を浮かべるが、断固として意志を曲げなかった。


「オリンピックは、やる」


 政治は「いまの日本は、あなたが世界に見せたい日本ですか⁉︎」と声を荒げるが、治五郎はその言葉を受け止めるだけで何も言わなかった。治五郎は政治を「東京オリンピック開催の重要人物」として見込んでいる。そんな政治からの言葉を黙って受け止める治五郎の姿が切ない。治五郎演じる役所の目には涙が滲んでいた。


 エジプトで開催されたIOC総会で、治五郎は世界各国から厳しい声を浴びせられた。しかしここでも治五郎の思いは一貫している。治五郎はまっすぐな目でIOC委員に訴えかけた。


「30年間IOC委員である私を信じて頂きたい」


 「ジゴローカノーを信じてください」という言葉は、人々の心を動かした。「嘉納治五郎」という存在の大きさを証明した瞬間だった。


 1938年春、改めて東京オリンピックの開催は承認された。けれど「最後の大舞台だ」と言い日本を旅立った治五郎は、船で帰国する途中に帰らぬ人となる。


 政治は平沢和重(星野源)からストップウォッチを受け取った。治五郎から手渡されたそのストップウォッチは動き続けている。治五郎はスポーツを愛し、オリンピックを求め続けた。治五郎が、その頑なにも、一途にも見える姿勢を貫いたからこそ、その意志は政治へと受け継がれた。


 次週は太平洋戦争が勃発するようだ。だがストップウォッチが動き続ける限り、治五郎の思いが断ち切られることはない。1964年に向けて物語は進み続けるのだ。(片山香帆)


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