斎藤工が放つ眼光の鋭さ 『火村英生の推理 2019』は名作ミステリーを現代版にアップデート

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2019年09月30日 12:51  リアルサウンド

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『臨床犯罪学者 火村英生の推理 2019』(c)日本テレビ

 9月29日に放送された『臨床犯罪学者 火村英生の推理 2019』(日本テレビ系)は、推理作家・有栖川有栖(窪田正孝)が火村英生(斎藤工)の下宿を訪ねていく場面からはじまる。過激派テロ集団「シャングリラ十字軍」のリーダー・諸星沙奈江(長谷川京子)との対決以来、どこか生気のない火村だったが、“ABCキラー”を名乗る連続殺人犯からの挑戦状に重い腰を上げる。


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 ファンにはよく知られているように、『ABC殺人事件』はアガサ・クリスティの古典ミステリーである。兵庫、大阪で起きたイニシャルがAとBの被害者に対する殺人に続いて、火村が暮らす京都でCの事件が発生。ここまでは小説と同じ展開だ。また、被害者にはシャングリラ十字軍の関係者という共通項があった。そしてDの殺人が起きる。


 『火村英生の推理 2019』で事件のカギを握るのは、メディアとミステリーファンである。偶然にも、犯罪事件ブロガーとなった火村の教え子の学生・貴島朱美(山本美月)が一連の犯罪と『ABC殺人事件』の関係を調べていたが、警察の裏をかくトリックと愉快犯の組み合わせが劇場型犯罪を生む構図には、名作を単純になぞるだけでなく現代に更新する意図がうかがわれた。


 「有栖川先生の作品の主人公ならどうしますか?」という犯人の言葉に象徴されるように、『ABCキラー』には、王道ミステリーに対するメタ視点が貫かれている。また、登場人物の1人から朱美に向けた「安全な場所で事件の整理整頓をしている君こそ、単なる無責任な外野だ」というセリフは、犯罪報道を無批判に受け入れる受け手への批判と解釈することもできるが、最後に残されたピースが埋まり、意外な黒幕が明らかになる一連の描写からは、くだんのセリフに込められた別の意味が浮かび上がる。こういったダブルミーニングが各所に配置され、第三の存在が犯行に関わる図式には、犯罪をひとつの社会的な事象としてとらえる本作の立ち位置が表れているようだった。


 また、自らのうちに殺人衝動を抱えた火村をはじめ、犯罪を起こす側と被害者の視点が交錯しているのが『火村英生の推理』であり、『ABCキラー』というタイトルは視点の転換を含意している。しかし、「あんたは小説の中の主人公ちゃう」とアリスが犯人に叫んだように、犯罪者は小説の主人公になることはできても、現実世界で主人公になることはない。火村の諸星に対する半ばシンパシー、半ば同族嫌悪にも近い感情は、自身の闇を見つめ、犯罪衝動を持ちながらも、犯罪者側には身を置かないという主人公の意志でもあるのだ。


 放送では、Huluオリジナルストーリー『狩人の悪夢』の劇中で登場するホラー小説『ナイトメアライジング』について言及する場面があり、連続ドラマの最終話『ロジカル・デスゲーム』で火村が諸星に囁いたセリフが明かされるなど、意識的に各エピソード間の連結が図られているのもファンにはうれしいところだ。


 事件の黒幕に向かって「オレは卑怯な狩りはしない」と言い放つ火村。その眼には強い光が宿る。今回の放送は本格的な復活への序章となるのか。セカンドシーズンへの期待を抱かせるラストシーンだった。


■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。


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