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デビュー30周年の高野寛が「まな板の上の鯉」となったアルバム「City Folklore」

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2019年10月16日 11:30  AERA dot.

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写真高野寛 2019 by SUNBURST Inc
高野寛 2019 by SUNBURST Inc
 ポップ・ミュージックをポップ・ミュージックとして常に進化させつつも、歴史に刻んでいくことは、おそらくどんな作り手にとっても大きな命題だろう。しかも、それはある程度時間をかけないと、得られるものではない。

【画像】忌野清志郎の娘、百世による消しゴム版画を使ったジャケットはこちら

 もちろん、ただ時間をかければいいというものでもない。デビュー50周年記念展「細野観光 1969−2019」が六本木ヒルズで開かれている細野晴臣を見ても、そのことはよくわかる。彼がキャリア史上最高に、世代や指向を超えて多くのリスナーやミュージシャンから愛されているように、経験にあぐらをかくことなく、なおもトライし続ける姿があればこそ、手応えのある成果として広く届いていく。

 逆に言えば、ポップ・ミュージックは時代をヴィヴィッドに映し出す鏡であり、ある種、消費されてしまっても仕方ないという徒花的な側面さえあるわけだ。そんなアンビバレントな宿命を考えると、一人の作り手が大衆音楽のフロントラインに立ち続けていくこと自体が過酷な大仕事と言っていいだろう。

 今年30周年を迎えた高野寛は、あるいはその領域にあと少しで辿りつく……いや、もうとうに辿りついているソングライター、クリエイターだ。1964年生まれ。高橋幸宏のプロデュース曲でデビューし、トッド・ラングレンのプロデュースによる「虹の都へ」がオリコン・チャートの2位を獲得した時代から四半世紀以上が経過したが、ポップ・ミュージックの真ん中にいるという強い自覚を持った上での彼の挑戦が止まったことは一度もない。

 そんな高野の最新作「City Folklore」。歌とギターを自ら担当した以外、サウンド・プロデューサーの冨田恵一に委ねた挑戦作だ。冨田恵一は冨田ラボとして作品も発表するプロデューサーで、これまでにキリンジ、MISIA、松任谷由実、平井堅ら数多くのアーティストを手がけてきた敏腕。作曲や演奏はもとより、アレンジ、録音、ミックスダウンまでレコーディングのほぼすべてのプロセスを自らのスタジオで行ってしまう、まさに彼自身が工房そのものと言ってもいいクリエイターだ。高野の今回の新作のレコーディングはそんな冨田のスタジオでしっかり顔を合わせて行われた。

「だいたい2〜3時間くらいの滞在時間の半分は、機材や音楽の情報交換や世間話で終わってしまうのですが(笑)、短時間に集中して歌うモチベーションが保てたのは大きかったと思います。もちろん基本、歌入れ以外はその前にメールのやりとりで少しずつ進めていきました。まず自分で録音したギターと歌とリズムだけのシンプルなデータを送って、それを元にアレンジの肉付けをしてもらいました。僕が録ったギターがそのままOKテイクに使われている曲もあれば(「もう、いいかい」「ピエールとマリの光」「Altogether Alone」「停留所まで」)、逆にメロディ以外はコードもすべてリハーモナイズされたリミックス的手法で作られた曲もあります(「Wanna be」「TOKYO SKY BLUE」「ベステンダンク」)。「はれるや」も軽いリミックス、「魔法のメロディ」は、僕のコード進行を元に少し冨田さんの味付けが加わったハイブリッドです」

 今回、高野自身がニュー・アルバムに寄せて筆者にこう語ってくれたように、プロデュースと言ってもあくまで共同作業。とはいえ、アレンジ自体はほぼ冨田に任せた、いわば「まな板の上の鯉」状態だったと話す。冨田はアレンジャー気質の強いプロデューサーなので、高野が書いた骨格のしっかりしたメロディの楽曲に豊かな膨らみを与える結果となったのだろう。

「実は当初、アルバムの候補曲が他にもあったのですが、仕上がってきたサウンドを聞きながら『あの曲のほうが面白そうだ』と、全体のバランスを考えながら合いそうな曲を選んで、録音しながらアルバムのピースを埋めていきました。ライブで歌いなれていた曲も冨田さんのアレンジで歌うと新鮮で、今までとは違う歌の表現もできたと思っています。歌とギターに専念できたことで、歌詞の細部を吟味する時間が長くとれたのもよかったです」

 新作は9曲入りながら、ボーナス・トラック(CD)としてアルバムの曲のデモ音源やライヴ音源も収録。そのデモの中には20年前のものもあり、高野が丁寧に時間をかけて1曲を熟成させてきたことがわかる。

 だが、時間をかけたからと言って必ずしも渋味、滋味が増しているのではなく、むしろ音に攻めの姿勢を見せているのが高野がいつまでもやんちゃなところ。彼のフェイヴァリット・アーティストの一人、ハース・マルティネスのカヴァー「Altogether Alone」もシャープで現代的な音の質感を与えているし、大ヒット曲「ベステンダンク」(1990年)の2019年ヴァージョンも聴けるが、テンポの速いエレクトロ・ダンス・ポップの仕上がりになっている。

 どの曲も生楽器の温もりを残しつつも、シンセや電子音によるモダンな音作りを、デビュー当時とほとんど変わることなく若々しい自身のヴォーカルに見事合流させている高野。このあたりはYMOの弟世代であり、実際にYMOの3人のステージのサポートをつとめたこともある彼の真骨頂だろう。ちなみに、アルバムのジャケットは忌野清志郎の娘、百世(momoyo)による消しゴム版画だという。

 去年まで京都精華大学で毎週ソングライティングの授業を受け持ってもいた高野自身、若い世代のミュージシャンを相手にプロデューサーとしても活躍している。それだけに、3歳上とはいえほぼ同世代の冨田とは「宅録職人同士通じる部分もありながら、お互いの違う手法や発想が刺激的な録音だった」という。

 54歳。それでもこの新作であえて音作りは先輩格の冨田に任せ、素材になってみることで自身のポップ哲学の道筋をしっかり刻んでいく勇気。そして、そんなニュー・アルバムのタイトルに“都市の風習、伝承”という意味を与える粋。ポップ・ミュージックだけど伝統的なフォークロア音楽なんだという彼の強い意志が、ここにみなぎっている。(文/岡村詩野)

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