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森村泰昌がバーテンダーの女性になりきって体感したマネの魅力

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2019年10月19日 17:00  AERA dot.

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写真「フォリー=ベルジェールのバー」 エドゥアール・マネ 1882年/フォリー=ベルジェールは、パリに実在するミュージックホールで、当時は歌や踊りのほか、サーカスや珍獣の公開など、多彩な催し物で人気を呼んだ[コートールド美術館蔵 (c)Courtauld Gallery (The Samuel Courtauld Trust)]
「フォリー=ベルジェールのバー」 エドゥアール・マネ 1882年/フォリー=ベルジェールは、パリに実在するミュージックホールで、当時は歌や踊りのほか、サーカスや珍獣の公開など、多彩な催し物で人気を呼んだ[コートールド美術館蔵 (c)Courtauld Gallery (The Samuel Courtauld Trust)]
 東京・上野で開かれている「コートールド美術館展」の目玉、「フォリー=ベルジェールのバー」。アーティストの森村泰昌さんは、この作品の登場人物に扮して初めてわかったことがあると言う。

【写真】コートールド美術館展に飾られている作品はこちら

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 教科書に必ずや載っている“ザ・名画”、お行儀のいい“応接室アート”……印象派の絵画に、そんな優等生のイメージを持っている人は少なくないだろう。

 とはいえ実際の印象派は、当時の美術界からドロップアウトした異端児の集団。その作品も、近代の美術史のなかでは最大級にぶっ飛んでいたと言っていい。落書き呼ばわりされながら革命を起こし、自由な表現というバトンを現代アートに手渡している。

 そんな印象派の熱く激しい一面を、今に伝えてくれる展覧会がやってきた。ロンドンにあるコートールド美術館のコレクションから、印象派やポスト印象派の作品などを紹介する「コートールド美術館展 魅惑の印象派」だ。

 印象派は19世紀半ばにフランスで起きた美術のムーブメントで、1874年にパリで開かれた彼らの第1回のグループ展に、モネの「印象、日の出」という作品が出品されたことを批評家がからかって、この名前が付いたことは有名だ。

 遠近法や写実主義など、それまでの西洋絵画のお約束をことごとくぶち壊し、自分たちの感覚で絵を描いたことでも知られる。モネやマネのほか、広くはセザンヌ、ファン・ゴッホ、ルノワールまで、今では押しも押されもせぬ巨匠となった画家たちが、この一派にくくられる。

 今回の展覧会も教科書級の名画が満載だが、なかでも目玉のひとつとされているのが、マネの「フォリー=ベルジェールのバー」という作品だ。

「最初に見たときは気がつかなかったんですが、鏡に映っている後ろ姿も描かれていると知って、がぜん興味を持つようになりました」

 名画の中に入り込み、登場人物になりきる作品で知られるアーティストの森村泰昌さん(68)はそう話す。ちなみにこの作品をじっくり見ると、こんな構造になっていることがわかる。

 ここはサーカスを上演中の劇場。そして真ん中にはカウンターに手をつく女性バーテンダー。その背後にはかなり大きな鏡があって、客席の様子、バーテンダーの後ろ姿、また彼女を口説いているかのような、男性の顔が映っている。

 森村さんは、この作品の不思議な鏡の存在にひかれ、1990年に「美術史の娘(劇場A)」「美術史の娘(劇場B)」と題して、この「フォリー=ベルジェールのバー」の登場人物になりきった2点の作品を発表している。

「鏡の中の世界と、現実の世界を融合させるトリックは、今の時代の写真作品などでも見る手法。それを100年以上昔にマネがすでにやっていたというのが、まず驚きでした。そして鏡を使うことで、単純な遠近法だけで表せない複雑な世界を見せていることに引きつけられた」

 実際女性バーテンダーに扮してみると、多くの発見があった。まずは彼女の不自然な腕の大きさだ。自身の腕をカウンターの上についてみても、手の太さや長さが足らない。このバーテンダーの強さの象徴とも言われる、顔と腕とカウンターが織りなすドーンと力強い三角形は、生身の人間ではどうやっても作れなかった。

 もうひとつわかったのは、鏡に映っているものの不自然さ。実際の鏡を置いて写真を撮ろうとしたものの、どういう角度で鏡を置いても、マネ作品と同じ風景は作れなかったという。

 そこで、“腕対策”には、中学3年生の男子の腕を借り、石膏型を取って「つけ腕」を作製。“鏡対策”として、マネの「フォリー=ベルジェールのバー」の背景を巨大なプリントにして貼り込み、さらにその上から手描きで加工した。カウンターの上の果物や酒瓶は、実際の果物や瓶に「絵画っぽい」ペイントを施して置くことにした。

「デッサンをルール通りに正確に描いた作品とは、大分違う世界だとわかりました。もうひとつ新しさを感じたのは、画面のなかのいくつかのシーンが、鏡の効果で、映画を見るように飛び込んでくるということですね」

 1枚の絵でありながら、その前に立った鑑賞者の目に、サーカスのステージ、観客たち、バーテンダー、彼女を誘惑する男性などが、映画のカメラをパンするように流れていく。耳をすますと、サーカスの観客の歓声や、グラスが触れる音、そしてナンパおじさんのささやきまでもが聞こえてきそうだ。

 実は森村さんには、この「フォリー=ベルジェールのバー」の背景を使った、「美術史の娘」2点を含めた6点もの作品がある。そのひとつが、私服に着替えて「半分お遊びで撮った」(森村さん)というセルフポートレート作品(写真上)。

 90年に米国のアート雑誌の表紙を飾ったほか、2018年に開館した森村さんの個人美術館「モリムラ@ミュージアム」(大阪市)では、80年代の森村さんの活動を紹介する開館記念の展覧会のポスターにも使われた。

 今回の「コートールド展」では、その森村さんの「美術史の娘」が帰ってくる。10月25日、展覧会場となっている東京都美術館の講堂で、29年ぶりに「美術史の娘」が再現されるのだ。

 募集は残念ながら終了したが、公募で選ばれた数人の一般人も、「フォリー=ベルジェールのバー」のなかの女性バーテンダーに扮する森村方式で、作品を深く知ることができるという趣向となっている。実は、2点の「美術史の娘」で使われたビール瓶やつけ腕などの小道具や背景は、森村さんが作品として保管。森村さんが制作した森村版マネの世界が、29年の眠りから覚める。

「どうして僕が『美術史の娘』の撮影セットを保管していたことがわかったのか……(笑)。90年に作品を制作して、たまたま撮ったセルフポートレートが28年後の展覧会のポスターになり、今年は、マネの作品『フォリー=ベルジェールのバー』が来日して、僕の『美術史の娘』も再現されることになった。とても不思議な“縁”を感じています」

 そう話す森村さんだが、意外にも「フォリー=ベルジェールのバー」の実物を見るのは、今回の展覧会が初めてだという。

「斬新な手法を使って、もっとさらっと描かれている作品だと思っていました。ところが実物を見ると、かなり描き込まれていることがわかる。とにかく密度がすごいんです。あらためて、おもしろい作品と感じました」

 この展覧会では、マネのほかにもモネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ファン・ゴッホ、ゴーガン、ロートレック、ロダンなど、美術史を塗り替えた作家たちの手になる、コートールド美術館のお宝約60点が来日している。

「彼らは美術史上に燦然と輝くキラキラの巨匠と思われていますが、実際はヘンな人ばかりです。世の中の常識からズレたところにいたからこそ、絵を描いていたというのもあるでしょう。そのへんを意識して見れば、いろいろなおもしろさが伝わってくる。逆にすばらしいだけの泰西名画として見てしまうと、おもしろさは半減してしまうのではないかな」

 左は美術史の専門家でもある森村さんおすすめの見どころの一部。視点を変えて、未知の印象派に会いに行こう。(ライター・福光恵)

※AERA 2019年10月21日号

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