松下由樹の不満がついに爆発! 『G線上のあなたと私』波瑠が分析した“女子力”の正体

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2019年12月11日 12:52  リアルサウンド

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『G線上のあなたと私』(c)TBS

「めんどくさいよね。1人になりたいって言ってるときは誰かに来てほしいし、大丈夫って言ってるときは、全然大丈夫じゃなかったりするんだよ」


 火曜ドラマ『G線上のあなたと私』(TBS系)第9話。紆余曲折を経て、ようやく也映子(波瑠)と理人(中川大志)が想いを通わせ、2人を見守ってきた幸恵(松下由樹)も視聴者も「キャーー!」な展開に。


参考:まだ今週もくっつかない? 中川大志、『G線上のあなたと私』の恋の進展に「散々僕もツッコミました」


 お互いに「好き」と自覚するまでに、そして伝え合うまでに、なんと長い道のりだったか。確実に気持ちがあるとわかり、眠れない夜を過ごす2人から次々と届くメールに「ああああ、もうこの2人!」とくすぐったいやら、嬉しいやら。ムフフと湧き上がる感情をこらえきれない、そんな松下のコミカルな演技の見事なこと。だからこそ、後半に従って彼女を襲う孤独にも胸が詰まった。


 家族のために――。それが主婦のミッションだと腹をくくり、今まで自分の時間を犠牲にしてでも尽くしてきたつもりだった。夫が浮気をしても、義母に介護が必要になっても、子どもが反抗期を迎えても、笑顔で乗り越えようと努力してきた。そんなとき夫から投げかけられたのは、「完璧にやろうとしなくていい」と一瞬ねぎらっているように見えて、「見ていてキツイよ」というナイフのような言葉だった。


 「いいことがあったから」と1人で晩酌をしていても、どんなことがあったのかと興味を示さない夫。夫の言動に傷ついているのがわかっているのに、素知らぬふりをきめこむ義母。まだまだ自分のことで精一杯な娘に、気持ちを吐露するわけにもいかない。


 それでも、バイオリン教室に行けば、也映子や理人という気分を軽くしてくれる友人と会えた。だが、そんな唯一の息抜きの場所であるバイオリン教室も移転が決まり、通い続けるのが難しくなったとなれば、絶望してしまう気持ちもわかる。


 斜陽に立つ幸恵のシルエットは、人生の夕暮れを連想させた。“私の人生、こんな感じで終わっていくのかな……“と、年齢を重ねると寂しさに襲われることは少なくない。ひょんなことで知り合った若い2人の友人も、どんなふうになっていくかわからない“これから“の人。年齢も立場もバラバラだからこそ親しくなった間柄なのに、今はそのバラバラな感じが遠く感じてしまう。


 本来、一番心が休まる存在である家族といるはずなのに、襲ってくる孤独と絶望。眞於(桜井ユキ)のように仕事も全て手放して部屋に閉じこもることもできない。也映子のようにビールを飲んで憂さ晴らしすることもできない。なぜなら、幸恵は大人と呼ぶには十分な年齢、人の母という立場があるから。誰かに迷惑をかけるような充電の仕方はできないと、1人向かったのは駅前のネットカフェ。


 「大丈夫?」と尋ねられたら「大丈夫」と答えるしかない。泣いたり、怒ったり……人目をはばかることなく自分の考えを主張するのは、若さの勢いがあってこそ。也映子や理人のまっすぐな姿勢を愛しく、眩しく思って見ていたのは、もう自分の中からは通り過ぎてしまったものだから。


 「でも誰でもそういう、自分でもどうしようもないものと戦ってるから、それは年齢とか関係ないから」その“大丈夫じゃない“幸恵を思って、女ゴコロを代弁する也映子。そして「頑張ろうとかキレイになろうとかって努力するパワーもあるよ……けど、それと同じくらい、ああ私ダメだぁって自分のことバンバンぶん殴るマイナスパワーも発動するの」と、“女子力“と呼ばれる、自分の中に湧き上がる何かについても。


 「ありがとう」って誰かに必要とされたい、「一緒にいると楽しいね」って笑い合いたい、「バカだね」って弱い自分を抱きしめてほしい、「かわいいよ」って微笑んでほしい……也映子がプラスにもマイナスにも働くと分析した“女子力“の正体は、そんなふうに“愛されたい“という欲求そのものではないだろうか。


 誰もが、少女のころのように無条件で愛されたい。だが、その時期に持っていた若さも、無垢さも、まっすぐさも……大人になるほどに手からこぼれ落ちていく。女ゴコロや女子力と、「女」とはついているものの、きっと性別も関係ない。也映子が歌った「女々しくて」の歌詞にも〈愛されたいね〉というフレーズが印象的に響く。誰もが、幸恵のように愛されたいけれど、素直に泣くこともできない辛い想いを胸に抱えて生きている。何歳になっても、どんな立場になっても。


 きっと也映子に理人が歩み寄ったように「わかるように言って」が大切なのだ。私たちは同じ言語を話しているようで、その意味は1人ひとり違う。とくに“愛されたい“と弱っているときには、「そういう意味?」と首をかしげる使い方をしていることも少なくない。


 大事なのは「“大丈夫“って言ってるときには“全然大丈夫じゃない“」と日頃から用例を伝えること。“この人がこういうことを言うときには、通常の意味とは逆“など、ひとつずつインプットしていくこと。そして、共通の脳内辞書を作っていくことが、きっと表面的な愛情表現の言葉よりもずっと愛を感じるはず。


 その作業は、めんどくさいし、すごく根気がいる。例えるなら、バイオリンの弦に触れるようだ。明確な目印があるわけではないし、感覚を掴んでいくしかない。へんなところを押さえればとんでもない音が出るし、力を込めすぎれば切れてしまう。だが、そんなバイオリンのように厄介ないきものが、私たち人間なのだ。ハーモニーを楽しんだり、悲しいな音色が誰かに寄り添ったり。そんな人間愛に溢れたドラマが、次回いよいよ最終回だなんて今から寂しすぎる。


(文=佐藤結衣)


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