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「不寛容社会」と「寅さん」…再びの「男はつらいよ」に寄せて

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2019年12月15日 11:30  AERA dot.

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写真完成した山田洋次監督の胸像の前でツーショットにおさまる小泉信一記者=東京・柴又、2014年11月撮影
完成した山田洋次監督の胸像の前でツーショットにおさまる小泉信一記者=東京・柴又、2014年11月撮影
 12月27日、「男はつらいよ お帰り 寅さん」が公開される。1969(昭和44)年のシリーズ誕生から50年、50作目の新作だ。週刊朝日ムック「わたしの寅さん 男はつらいよ50周年」(朝日新聞出版)を監修した新聞記者・小泉信一氏が、山田洋次監督らとの対話を振り返りながら、この大作を語る。

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 記者は運命論者ではないが、この映画が誕生したのはどこか必然のようなものを感じる。主人公の車寅次郎を演じた故・渥美清さんも「本当に寅さんっていたんですよ」とファンに教えられたという。

 実際、柴又には戦時中、酒好きで「兵隊トラさん」と呼ばれた男がいた。乱暴者とか、脱走兵とかうわさされたが、帝釈天の門前で悪さをすることはなく、冠婚葬祭の世話役をいつも買って出たという。兵隊が出征するときは参道でこんな演説をしたそうだ。

「世の中、窮屈になって、大きくなるのはちくわの穴だけヨ」

 たしかにそんな人物がいてもおかしくない。ときにけんかをしながらも、楽しく過ごせる家族や仲間。そんなリアリティーがあるからこそ、寅さんがいまも多くの人に受け入れられるのではないか。

「スカブラ」という言葉がある。「仕事が好かんでブラブラしている」「スカッとしていてブラブラしている」が語源。九州の炭鉱労働者の間で使われていた符牒である。仕事をサボりながらも面白い冗談を言っては周囲を笑わせたという。だがひとたび事故が起きると、先頭に立って大声で指揮をとり大活躍した。

 寅さんはまさに「スカブラ」なのである。スカブラのような存在がいなくなると、世の中ますます窮屈になるのではないか。

 以前、分子生物学者の福岡伸一さんと対談したことがあるが、魚は波の揺れに身を任せ、できるだけ泳がないようにしているのだという。

「アリも2割ぐらいは働いているフリをしている。その2割を排除しても残りの2割は働かなくなります。『自由であれ』と遺伝子が命じているのです」

 福岡さんはそう言っていた。渥美さんも「ゆっくりゴロ寝が最高」とある対談で話し、旅行先では昼過ぎまで寝るのを理想としていた。

 それにしても、あの映画には「人間って素晴らしい」と実感させる言葉が数々出てくる。

 寅さんのテキヤ仲間の遺児が登場する「寅次郎物語」(第39作、87年)にはこんなセリフがあった。

<あー、生まれてきてよかったな、って思うことがなんべんかあるじゃない。そのために人間生きてるんじゃねえのか>

 初期のころの寅さんは怖い一面もあった。理屈を振りかざす相手に対しては、舌鋒鋭かった。

<ザマ見ろぃ、人間はね、理屈なんかじゃ動かねえんだよ>
<おう? てめえ、さしずめインテリだな>

 第1作が公開された69年は東大安田講堂攻防戦があった学生運動の年。山田監督も新宿駅で学生の演説を聞いたという。

「でも体から出てきた言葉じゃないのね。頭の中だけで構築された理論で世の中が変わるだろうか、人間を変えていけるんだろうか?」

 そんな思いを寅さんのセリフにこめたそうである。

 名優・志村喬さんがさくらの夫・博の父親を演じ、しみじみとつぶやいた言葉も忘れられない。71年の第8作「寅次郎恋歌」だ。

<庭一面に咲いたリンドウの花、あかあかと灯りのついた茶の間、にぎやかに食事をする家族たち、それが本当の人間の生活ってもんじゃないか>

 この年、マクドナルド1号店が銀座に登場し、カップヌードルも発売された。食卓の風景が変わりはじめる。このまま走り続けていっていいのかという不安が日本人の胸の中に頭をもたげつつあった時代である。そういう心の隙間に、寅さんは座を占めていったのではないか。

 今回、「男はつらいよ」が50周年を迎えるにあたり、記者は全国のロケ地を訪ね、朝日新聞で連載記事を書いている。

 北海道が舞台となった第38作「知床慕情」(87年)。三船敏郎さんが演じる獣医師は、牛や馬を人間の仲間として扱ってきた「農民の心」について語っていた。それが「経済動物」になってしまい、乳量が落ちたらすぐ処分されてしまう現状に怒りをぶつけていた。

「役に立たん人間は切って捨てろということだぞ」と獣医。寅さんも「生産性がないから」と見捨てられるのだろうか。

 松坂慶子さんがマドンナとなった第27作「浪花の恋の寅次郎」(81年)の舞台、大阪の下町も寅さんが「元気かい?」と言ってひょっこり顔を出しそうな街である。

 いまも大衆演劇専門の劇場や成人映画専門の映画館、「生ビールまたはチューハイ、ゆで卵と塩昆布付きで350円」と看板を掲げた立ち飲み屋がある。朝6時から営業している銭湯、1杯170円の立ち食いうどん屋もある。

 前段で挙げた「スカブラ」で思い出したのだが、何かあれば苦情が寄せられ、ネット上でバッシングされる世の中。異質な存在や寅さんのようなある種の「はみ出し者」を排除する「不寛容社会」の空気は、露天商の世界にも広がっている。

 蛇女やタコ娘などおどろおどろしい絵看板を掲げた見世物(みせもの)小屋も姿を消した。「怪しさや怖さが少なくなり、見世物の魅力が薄れた」と興行関係者は不満をぶつける。

 お好み焼き、クレープ、フランクフルト……。露店も飲食物を扱う店が大半。昔はお祭りに行くとちょっと怖いお兄さんがいた。口八丁手八丁でインチキ臭そうな品物を売りさばく人もいて楽しかった。

 そんな時代が懐かしい。

 それにしても96年8月4日、渥美さんが転移性肺がんのため68歳でこの世を去ったとき、映画「男はつらいよ」シリーズは幕を閉じた、とファンの多くは思っていた。

 御前様を演じた笠智衆さん、印刷工場のタコ社長役の太宰久雄さん、おいちゃん役の森川信さん、松村達雄さん、下條正巳さん、おばちゃん役の三崎千恵子さんも鬼籍に入った。

 御前様の娘役で初代マドンナを務めた光本幸子さん、寅さんのテキヤ仲間・ポンシュウ役で、渥美さんの無二の親友だった関敬六さんも他界している。

 関係者によると、「『男はつらいよ』をよみがえらせることはできないか」と山田監督がぽつりとつぶやいたのは、映画「母と暮せば」公開直後の2015年暮れである。だが、その後の経緯についてこの場で詳しく書くことはよそう。何より紙幅が足りない。ただ、四半世紀以上にわたって築き上げてきた監督とスタッフ、キャストとの厚い信頼関係がなければ実現しない企画だったことは申し上げておきたい。

 昨年9月6日、東京都内で開かれた記者会見。監督は言った。

「(映画がシリーズ化された)1960年代後半から70年代前半にかけては日本人が一番元気だった時代ではなかったか。あの時代に生まれた寅さんにもう一度巡り合い、新しい次の時代へのギアチェンジにしたい」

 同席した倍賞千恵子さんもこんなことを言っていた。

「50年の間、寅さんがずっと皆さんの心の中に生きていて、その心が山田さんを動かして映画が作れるようになったんじゃないかな」

 そう。その言葉通り、寅さんは映画の世界を離れ、不思議なリアリティーを持つ存在になっていた。精神科医・名越康文さんが言っていたのだが、寅さんは「お天道様が見てるぜ」と慰め、苦悩する者のために骨を折る。まさに「現代の菩薩」というのである。

 高齢化社会、無縁社会、貧困と格差……。深刻な問題に直面している現代ニッポン。「幸せかい?」と寅さんが投げかけるメッセージが映画の底流を貫くテーマだ。寅さんが思いを寄せてきた歴代マドンナも今回登場。地方の美しい風景も描かれている。

 そして、オープニング主題歌を歌うのはサザンオールスターズの桑田佳祐さん(63)。ハスキーで魅力ある歌声。仁義を切って口上を述べる場面もある。

「人生はつらいことばかりではない」

 ということを何よりもまず気づかせてくれる映画である。あの愛嬌(あいきょう)あふれる四角い顔が再び私たちの前に現れる。

※週刊朝日  2019年12月20日号

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