GT300マシンフォーカス:プリウス史上最悪だった2019年。名門aprのFR型プリウスが大苦戦した理由

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2019年12月25日 17:41  AUTOSPORT web

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2019年からフロントにエンジンを積むTOYOTA GR SPORTS PRIUS PHV apr GT
14車種29チームがしのぎを削った2019年のスーパーGT300クラス。そのなかから1台をピックアップし、マシンのキャラクターや魅力をドライバー、関係者に聞いていく連載企画。その2019年シーズン最終回は独自のJAF規定GT車両で数々の名車を送り出してきた名門aprから、同チーム初のFR(フロントエンジン・リヤドライブ)車両としてデビューした『TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT』の31号車を取り上げる。

 GT300クラス唯一のハイブリッド搭載マシンでもある新生FRプリウスの開発を託された嵯峨宏紀と、その設計者でもある金曽裕人監督に、デビューシーズンに味わった産みの苦しみを聞いた。

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「実際のところは、まだ生まれてもいない(笑)。年間を通してノーポイントはまさかね……。1点2点は獲れるかと思っていました。思いのほか、苦労してしまいました」

 2019年シーズンを苦々しい表情でそう振り返ったのは、2012年からハイブリッド・ミッドシップ車両としてのトヨタ・プリウスを育て上げ、近年はZVW50型で毎年のようにタイトル戦線に絡んできたaprのエース、嵯峨宏紀だ。

「思っていた以上に成績が伴わなくて、僕たちも忸怩たる思いではありますが、産みの苦しみというよりもレギュレーションが変わったことによって、今までのMRからFRに変わってしまったというのが大きかったです。完全な新造シャシーでデータもないですし、そのあたりの苦しみが大きいのかな」

 嵯峨にとっても、スーパーGTでFRレイアウトのマシンをドライブしたのは「デビューした年のセリカ以来」約13年ぶり。その当時はエースドライバー兼代表を務めた竹内浩典のもと、GT300クラスの流儀を学ぶ日々を過ごした。

「当時のセリカはタイヤがクムホだったというのもありますが、エンジンが3S-Gの2リッター直4ターボだったのもあって、FRと言いながらもコーナリング性能が優秀なマシンでしたね」

 2019年に登場したapr初挑戦のFRマシンは、搭載するエンジンについても、嵯峨がこれまで慣れ親しんできたレース専用開発の3.4リッターV8自然吸気のRV8Kから、レクサスRC F GT3などに搭載される5.4リッターの2UR-GSEをベースとする汎用型V型8気筒にスイッチ。これがフロントエンジンベイに搭載された。

 aprが戦闘力あるミッドシップ・プリウスをあきらめ、FRの新型マシン開発に舵を切ったのは、規定変更への対応という外的な変化が要因だった。2019年からスーパーGTのレギュレーションで「ベース車両からのエンジン搭載位置変更不可」という条文が実効となったのだ(4WDからFR、FFからFRのようにエンジン搭載位置変更を伴わない駆動方式の変更は可)。

 これにより、aprはFRの新造シャシーを製作し、新たな技術的課題に挑むことを求められた。チーム代表であり、数々の名機を送り出してきたマシンデザイナーでもある金曽裕人監督は言う。

「その(規定変更による新車設計の)タイミングで、これまで搭載してきたレーシングエンジンのRV8Kも、将来的な供給が不確実だったことから新エンジンへのスイッチを決断したんです」

 ただし、このエンジンもただちにJAF-GT規定に適合させた状態で走り出すことは時間的制約から難しく、開幕から数戦は特認車両扱いでの参戦となり、晴れてエンジンへの縛りが解けたのは第6戦のオートポリスになってからだった。

「エンジンが規定に合ったいい状態になって、やっと戦える土俵に立った。そこでようやくシャシーのセットアップができるようになったというのが本当のところ。でも、そこに時間を取られすぎたから、天下のBS(ブリヂストンタイヤ)を履いているのにノーポイントという苦しい時間を過ごすことになりました」と、生みの親としての苦労を語る金曽監督。

 これも自らの手でマシンを設計し走らせるJAF-GT規定の強みではあるが「クルマをゼロから作っているので、どこで何がどう動いてるのかは全部わかっていて、どこがウイークポイントになっているのかも、ほぼほぼ把握できて」(金曽監督)おり、まったくブランニューのシャシーながら、マシンバランス自体はレースウイークごとにある程度、セットアップで見つけ出すことは可能だった。しかし……。

「今年の全セッションで『このクルマ、同じセットでこのまま固定ね』という状況は1回もなかった。もし予選で下位に沈んでいたら、それはセッションを捨ててでも何かしらのテストをしているときでした」

「宏紀としても『予選でもうちょっと前に行きたいから、そんなことやめてよ』とは言わず、どうせやっても今の順位なら『じゃあダメな方、見に行きましょうよ』と、覚悟の上で走ってくれた」

 金曽監督がこう苦しい内情を語ると、その言葉に応じるようにエースの嵯峨も「下手すれば、レース前にジオ(メトリー)変えたりしますから」と、試行錯誤のシーズンが続いたことを明かした。

■「壊れない」美点を持つプリウス。「時間を掛けてゆっくり勝てるところまで」と嵯峨

 そもそも現行JAF-GT300規定の武器は、少ないパワーと引き換えに軽量な車重を利したコーナリング性能で勝負すること、総排気量やリストリクター径の違うFIA-GT3車両に対して、最高出力と引き換えに燃料消費量を抑え、レース戦略で幅を持たせられることにあった。

 2リッター水平対向4気筒ターボながら、軽さを武器にポールポジションを獲りにいくSUBARU BRZ R&D SPORTや、重量配分や車重からくるタイヤ攻撃性の低さなどで、ピット戦略でタイヤ無交換など“奇襲攻撃”を仕掛けるJAF-GT300マザーシャシーなどがその好例と言える。

 しかし、現状の31号車TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GTは、まだその領域で戦うことを封じられた状況でもある。

 外から見える数字だけでも、開幕時から通年の最低重量は1250kgと、SUBARU BRZの1150kgやマザーシャシー勢の1100kgに遠くおよばず、GT3車両との比較でもアウディR8 LMS Evoやポルシェ911 GT3 Rの1225kgより重く、ホンダNSX GT3 Evoの1260kgに迫る数値に。

 そして31号車には、さらにハイブリッド重量として+51kgが加わっている。これにより、BoP重量を加えた1300kg台のGT3勢と肩を並べる車両重量で戦うことを強いられた。

 また、エンジンでも同じ形式由来のユニットを搭載するレクサスRC F GT3との比較では、特認車両扱いの開幕戦時で、プリウスのリストリクター径が34.5mm×2なのに対し、RC Fは同38.0mm×2。

 第6戦オートポリス以降での比較でも、プリウスの30.56mm×2(車重1301kg)に対し、RC Fは同38.0mm×2(1315kg)と、JAF-GTとしての武器を持つことは許されない環境で勝負を続けていたのだ。

「車重は重いし、コーナーは速くないし、パワーは絞られてしまっている。今はコーナーを速くしようと頑張っていますけど、限界値はあります。これが空力面でもね、RC Fの方が良かったりするんです。彼ら“ウイングカー”ですからね。グランドエフェクトを使えて、ディフューザーもほぼ車体中央、前から引っ張ってきている。我々はフラットボトムですし、そういう差もあったりとか。意外とレギュレーションを読み解いていくと、勝てる要素が一切ない」と、さすがに嵯峨も苦笑いするしかない現状なのだ。

 それだけに、ハイブリッド機構の使用方法も「エンジンが落ち着いてくれないことには追い込めない(金曽監督)」と、もうひとつの飛び道具も満足に機能させられない状態での戦いを強いられた。

 前段でも触れたとおり、初のFRながら車体自体の設計は規定で50mm延長が可能となったホイールベースなどにも対応し、ひとつひとつのディテールで精巧に設計、組み立てが行われハイクオリティな仕上がりを見せている。

 リヤセクションも強固なサブフレームにバルクヘッド直付けのダンパーユニットなど剛性面やダイナミクス面でも大きな進化が達成され、これまでのミッドシッププリウスのようにトランスミッションがリヤに張り出し、その後方にモーター機構が装着されていた“超リヤヘビー”のような独特のクセもなく、素直な操縦特性に仕上がっているという。

「壊れない、という美点もあります。一個一個、使っているパーツの質が高いのは知っていますし、開発段階から全部見てきているので、どれだけいいものを使ってるかは理解している」と嵯峨。

「正直、今のパッケージでは結果が出ないのはしょうがない部分がありますけど、さすがに7戦連続(取材は最終戦もてぎレース前に実施)やると、若干モチベーションが……(笑)」と、シリーズ一番の盛り上げ役も、苦しい胸の内を明かす。

 しかし、全日本F3の名伯楽で、今季限りでその活動に幕を降ろした坪松唯夫率いるルボーセ・モータースポーツでの日々を引き合いに、このままでは終われない決意も示した。

「僕個人としては、F3で優勝するまでに6年掛かった男なので(笑)、そんな簡単にはヘコたれないぞという思いはあります。時間を掛けてゆっくり勝てるところまで仕上げていかないとなというのが僕の使命だとも思います」

「その点で、同じドライバーの中山(友貴)選手にはちょっと申し訳ないというか、悪いタイミングでチームに来てもらっちゃったなという思いはあります。でも今は一緒に、切磋琢磨しながら開発に取り組んでいますし、今や“ファミリー”という感覚もあります。大変ですが、時間がかかっても必ず(優勝戦線に)戻りたいですね」

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