第92回アカデミー賞ノミネーションを予想 インクルージョン政策と配信映画の現状はいかに?

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2019年12月27日 12:02  リアルサウンド

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Matt Petit / (c)A.M.P.A.S.

 気がつけば2010年代もあと5日足らず。ハリウッドでは年が明けるとすぐにゴールデングローブ賞授賞式、そしてアカデミー賞のノミネーション発表が控えている。2020年の第92回アカデミー賞は例年よりも早く、2月9日(日本時間10日早朝)に開催されるが、それに伴いノミネーションも前倒しの1月13日(月)に発表となる。既に国際長編映画賞や長編ドキュメンタリー賞などは第一次予選とも言えるショートリストが発表になっていて、各団体の賞も決まりだしている。


参考:『天気の子』はアカデミー賞を受賞できるのか? これまでの傾向とほか候補作品から可能性を探る


 現在の賞レース結果や評判をもとに、2020年代最初のアカデミー賞にノミネートされる作品を予想してみよう。ちなみに、12月22日現在授賞式司会者は発表されていない。昨年は紆余曲折の末に司会者なし・プレゼンターのみで行われた授賞式がシンプルながらも映画の祭典に立ち返ったと好評だったので、今年も司会者なしになるのではないかという予想もある。下手に司会者を事前発表してしまうと、過去発言を取り上げて炎上させるツイッターポリスが手ぐすねを引いて待っているので、その方が賢明かもしれない。


■助演女優賞
ローラ・ダーン 『マリッジ・ストーリー』
スカーレット・ヨハンソン 『ジョジョ・ラビット』
ジェニファー・ロペス 『ハスラーズ』
マーゴット・ロビー 『スキャンダル』
アネット・ベニング 『ザ・リポート』


次点:チャオ・シューチェン 『フェアウェル』


 ローラ・ダーン、スカーレット・ヨハンソン、マーゴット・ロビーの3人は今年特に目覚ましい活躍を遂げた女優たちで、他の作品でノミネートされてもおかしくない。ローラ・ダーンは『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のミセス・マーチ役も好評だが、『マリッジ・ストーリー』の西海岸風イケイケ離婚弁護士は誰の記憶にも残るはまり役だ。という意味では、『ハスラーズ』のジェニファー・ロペスは一世一代のはまり役で、映画の特大ヒットにも寄与している。アネット・ベニングが演じたダイアン・ファインスタイン上院議員は、彼女に20年間仕えた補佐官が中国の諜報員に情報を流していた疑惑が糾弾されている。この映画は彼女が指揮する上院調査委員会がCIAの拷問捜査の事実を暴いていく政治サスペンスだが、現職大統領がウクライナ疑惑で弾劾されてしまった今、注目度が下がってしまっている。1月のサンダンス映画祭から走り続けている『フェアウェル』のナイナイことおばあちゃん役のチャオ・シューチェンは、インクルージョン枠として入ってくるかもしれない。


■助演男優賞
ブラッド・ピット 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
ジョー・ペシ&アル・パチーノ 『アイリッシュマン』
トム・ハンクス 『A Beautiful Day in the Neighborhood(原題)』
アンソニー・ホプキンス 『二人のローマ教皇』


次点:ソン・ガンホ 『パラサイト 半地下の家族』


 先ごろ発表になったゴールデングローブ賞の助演男優賞(ドラマ部門、コメディ/ミュージカル部門共通)は上記5名が候補入りしている。おそらくこの5名で決まりだと思われるが、『アイリッシュマン』と『二人のローマ教皇』のNetflix映画から過半数が選出されることに難色を示すアカデミー会員が、ちょっと意地悪をするかもしれない。その場合に浮かび上がってくるのが、今年の台風の目と言われる『パラサイト 半地下の家族』。国際長編映画賞のショートリスト、さらには歌曲賞のショートリストに韓国語の曲(作詞はポン・ジュノ監督)が入るという快挙を遂げ、ノリに乗っている。ソン・ガンホはポン・ジュノ映画の顔とも言える俳優なので、助演男優賞候補入りもありえなくはない。


■主演女優賞
スカーレット・ヨハンソン 『マリッジ・ストーリー』
シアーシャ・ローナン 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
シャーリーズ・セロン 『スキャンダル』
レネー・ゼルウィガー 『ジュディ 虹の彼方に』
オークワフィナ 『フェアウェル』


次点:ルピタ・ニョンゴ 『アス』


 ここでも、白人女優4名に有色女優1名というインクルージョン指定席ができてしまう。ルピタ・ニョンゴとオークワフィナのどちらかが入り丸くおさまったことにされてしまいそう。夏の公開からずっと愛され続けている『フェアウェル』の人気、そして『ジュマンジ/ネクスト・レベル』でも活躍するオークワフィナが一歩リードしている。スカーレット・ヨハンソンは『マリッジ・ストーリー』での演技も素晴らしかったが、『ジョジョ・ラビット』の母親役は彼女のフィルモグラフィ上でも特筆すべき役なので、助演のほうでノミネートされる可能性もある。日本人ヘアメイク・アーティスト辻一弘による特殊メイクでFOXのキャスター、メーガン・ケリーになり切ったシャーリーズ・セロン(『スキャンダル』)も強い。


■主演男優賞
クリスチャン・ベール 『フォードvsフェラーリ』
アダム・ドライバー 『マリッジ・ストーリー』
ホアキン・フェニックス 『ジョーカー』
レオナルド・ディカプリオ 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
タロン・エジャトン 『ロケットマン』


次点:
アントニオ・バンデラス 『Pain and Glory(英題)』
ジョナサン・プライス 『2人のローマ教皇』
ロバート・デ・ニーロ 『アイリッシュマン』


 主演男優賞が最も混戦、もしくは予想通りとなる賞だろう。次点に3人も挙がっているのは、どの役者も素晴らしくノミネートに値する演技を示しているから。Netflix陣営の『2人のローマ教皇』と『アイリッシュマン』は助演男優賞に力を入れ、こちらは『マリッジ・ストーリー』に譲るのでは? 本戦ではアダム・ドライバーとホアキン・フェニックスの一騎打ちになるだろうが、現段階では批評家筋の評判が良いアダム・ドライバーが頭一つ抜き出ている。先日も、ラジオ番組の収録中に自分の歌声の映像を流されたことに気分を害し、番組を途中退出してしまうという失態を演じたが、多くのメディアは「アダムが自分の演技を見ない(見たくない)のは有名な話。無理強いした司会者に非がある」とドライバーの肩を持った。


■監督賞
ポン・ジュノ 『パラサイト 半地下の家族』
サム・メンデス 『1917 命をかけた伝令』
マーティン・スコセッシ 『アイリッシュマン』
クエンティン・タランティーノ 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
ノア・バームバック 『マリッジ・ストーリー』


次点:
グレタ・ガーウィグ 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
ルル・ワン 『フェアウェル』
ローリーン・スカファリア 『ハスラーズ』
マリエル・ヘラー 『A Beautiful Day in the Neighborhood(原題)』


 この予想でいくと、男性監督で5枠を占めてしまう。今年は女性監督作品のヒットが続いた年で、次点に挙げた4人のうち誰が入ってもおかしくない。ちなみに豆知識でいうと、グレタ・ガーウィグとノア・バームバックは夫婦、ルル・ワンのボーイフレンドは『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督、ローリーン・スカファリアのボーイフレンドはボー・バーナム(『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』監督)である。賞レース前半で勢いのあったトッド・フィリップス(『ジョーカー』)やタイカ・ワイティティ(『ジョジョ・ラビット』)も例年なら監督賞圏内なのだが、今年のラインナップでは残念ながら敗退になってしまうかも。


■作品賞
『マリッジ・ストーリー』
『パラサイト 半地下の家族』
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
『アイリッシュマン』
『1917 命をかけた伝令』
『スキャンダル』
『ジョジョ・ラビット』
『ジョーカー』
『フォードvsフェラーリ』
『フェアウェル』


次点:
『2人のローマ教皇』
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
『A Beautiful Day in the Neighborhood(原題)』


 数年前に作品賞候補が5本から10本になった際に、枠を倍増させたところで候補作はあるのだろうかと思ったが、今年に関しては全くの杞憂である。10本に収まらないほど良作が作られ、次点のどの作品も作品賞やその他の賞に入っていてもおかしくない。ここ数年、映画はまさに黄金期を迎えているのではないだろうか? その引き金となったのが配信業者と映画スタジオ(劇場)との確執で、結果的に双方から多くの良作が出てきている。


 Netflixは昨年の『ROMA/ローマ』1本で突き進むストラテジーから、アカデミー会員好みのいぶし銀『アイリッシュマン』(スコセッシ×デ・ニーロ×ジョー・ペシ&アル・パチーノ)、二人の教皇の対話をフェルナンド・メイレレスが人間味溢れる演出で描いた『2人のローマ教皇』、小さなドラマを最高の演出・脚本・演技・撮影で飾る『マリッジ・ストーリー』というバラエティに富んだ作品群を賞レースに投入してきた。1つのスタジオでこんなに趣向の違う作品たちを同年度の賞にぶつけてきたこともないだろう。


 NetflixやAmazonのような多国籍企業が世界各国の映画を同時に配信してきた結果、『パラサイト』のような作品が台風の目となっている。いまだに不条理な議論が繰り広げられているが、格差社会の根源が既得権益にあることを考えると、このような流れも含め“映画は現代を映す鏡”なのかもしれない。第92回アカデミー賞のノミネーションは2020年1月13日(日本時間14日)に発表される。(平井伊都子)


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