『パラサイト 半地下の家族』はポン・ジュノ監督の過去作と何が違う? 「異物=人間」が煽る不安

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2020年01月15日 10:01  リアルサウンド

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『パラサイト 半地下の家族』(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

 「半地下」の文字通り、半分が地下に埋まった家に住むキム一家(父:ソン・ガンホ、母:チャン・ヘジン、息子:チェ・ウシク、娘:パク・ソダム)。一家には金も職もなく、内職をしてギリギリの生活を送っている。そんな一家のもとへ、ひょんなことからIT企業の社長一家での家庭教師の仕事が舞い込む。この話をキッカケに、まずは息子が、続けて娘に、さらには父に母にと、キム一家は身分を偽って次々とパク一家の懐に忍び込み、「寄生」を始めるのだが……。


参考:ポン・ジュノ監督が『パラサイト 半地下の家族』に込めたリアリティ 社会との繋がりは必然に


 物語への言及はここで止めておこう。公式にネタバレ禁止が強くアナウンスされているし、あらすじを知らない方が確実に楽しめるからだ。ゆえに今回の記事では、ポン・ジュノという稀代のストーリーテラーの作風と、本作が過去作品に比べてどう違うのか、どう面白いのかを書いていきたい。


 ポンさんと言えば、恐怖、暴力、哀愁、孤独といったダークなテーマをユーモラスに調理する天才である。多くの作品で監督・脚本を兼任し、まさに韓国映画を背負う大人物だ。本作『パラサイト 半地下の家族』(2019年)は貧富の差を題材にしているが、同時に非常にポンさんらしい物語であり、安心安定のポン印(じるし)映画である。では、ポンさんらしい物語とは何か? それは日常に「異物」が入り込んできて、問題が積み重なっていき(あるいは露呈していき)、人々の人生がまるでジェンガのように足元から壊れていく物語だ。ポンさんはこうしたドラマを描くのが抜群に巧く、今回も彼の手腕は存分に発揮されている。


 しかし本作は、今までのポンさんの映画とも少し違う印象にもなっている。これは、「異物」が地に足のついた人間になっているからだろう。ポンさんの過去作では、「異物」にファンタジックな要素があった。『グエムル 漢江の怪物』(2006年)ならば人々を襲う怪物であり、『母なる証明』(2009年)なら記憶を消す針。出世作となった『殺人の追憶』(2003年)も、実録モノでありながら、未解決事件という幻想を含んだ題材だった(最近になって犯人が見つかった)。対して本作『パラサイト』では、人間が「異物」として描かれる。主人公であるキム一家は貧しく、金持ちのパク一家に「寄生」する存在だ。パク一家から見れば、キム一家は社会階層の異なる「異物」そのものである。そしてキム一家から見たパク一家も同様だ。本作は2つの家族が「異物」として影響し合っていく物語であり、ここでポンさんは強烈な事実を突きつけてくる。誰もが誰かの「異物」なのだと。


 本作は、観終わった後に不気味な余韻を残す。もちろん、それこそポン印なのだが、今までの作品よりもさらに強く(ほとんど説明過剰と言っていいほど)不安を煽り、誰だって誰かの「異物」になり得ることを訴える。明日の被害者はあなたかもしれないし、加害者があなたかもしれない。自分だけが気づいていないだけで、何かとんでもないことが裏で動いているかもしれない――こうした強烈な不安が襲ってくる。そんな物語を紡ぐポンさんだが、実は国際的な評価を受ける韓国を代表する映画監督でありながら、とんでもない事件に巻き込まれた過去があるのだ。韓国政府が自国に批判的な、いわば都合の悪い映画を作る映画人をリスト化して、誰もが使えるはずの公的支援を打ち切る弾圧を行っていたのである。いわばブラックリストであり、そこにポンさんの名前も載っていたという。この騒動が起きたのは最近のことだ。


 誰かは誰かの「異物」になるし、「異物」と「異物」の間では何が起きるか分からない。そして知らないうちに取り返しのつかない事態を引き起こす。『パラサイト』はこうした現象への普遍的な不安の塊だ。人間と付き合う全ての人、社会に生きている全ての人にとって、本作は不気味な味わいを残す忘れ難い映画となるだろう……と、こうして書くと地獄みたいに辛い映画だと思うかもしれないが、もちろんポンさんらしいユーモアも健在だ。


 役者たちの熱演も見どころで、特に印象に残るのはキム一家の娘を演じたパク・ソダム。あの名優ソン・ガンホ以上の存在感を発揮して、映画を力強く牽引していく(実際、キム一家を引っ張るのは彼女だ)。堂々とウソをつき、不敵な表情でタバコを吹かし、酒瓶をラッパ飲みしながら、今にも壊れそうな繊細な表情を垣間見せる。彼女の完璧な演技には思わずため息が漏れる。もちろんガンホも得意のダメ親父役で魅せてくれるし、チャン・ヘジン演じる砲丸投げの選手だったというパワフルな母や、チェ・ウシクの明らかに間違った方向に真面目な息子など、こうしたキャラクターたちの掛け合いは魅力的で、非常に危うい状況にも関わらず思わず吹き出してしまう。これこそまさにポン印だ。ポンさんの描く地獄は、いつだって傍から見ると笑えて、少し幸せなのだから。(加藤よしき)


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