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ドキュメンタリー映画『わたしは分断を許さない』予告編公開 書籍の発売も決定

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2020年01月21日 12:01  リアルサウンド

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リアルサウンド

写真『わたしは分断を許さない』(c)8bitNews
『わたしは分断を許さない』(c)8bitNews

 3月7日よりポレポレ東中野で公開されるドキュメンタリー映画『わたしは分断を許さない』の予告編が公開された。


参考:予告編はこちら


 本作は、ジャーナリストの堀潤が、5年の歳月をかけて追ったドキュメンタリー映画。前作『変身−Metamorphosis』から5年、東京電力福島第一原子力発電所事故の取材を開始してから約10年の間に行った膨大な取材記録。それらが浮き彫りにした数々の“分断”の姿を映し出す。


 公開された予告編では、香港、ガザ、シリア、福島、沖縄、朝鮮半島と、ジャーナリストの堀が5年の歳月をかけて追った“分断”された世界が映し出されいている。


 また、本作の公開を記念して、書籍版『わたしは分断を許さない』(実業之日本社)の発売も決定。著名人からのコメントも公開された。


■著名人コメント
●別所哲也(俳優)
無知と先入観が、分断の裂け目をつくりだす。
人間はモノガタル動物。
そして、人間は一人一人がモノガタリの結晶だ!
この映画は、分断された一人一人が、主人公。
彼らのモノガタリに向き合って下さい。
あなた自身が、分断されたモノガタリの主人公に、ならないためにも。


●玄理(俳優)
難民も、福島原発の被災者も、香港で中国政府と戦う若者も遠くのニュースの中の誰かではなく、私の大切な友人や家族と変わりない一つの命であり人生なんだ、ということをその命に重さの大小も優劣もない、ということを考えさせてくれたのは堀潤さんでした。
新聞記者の役を演じる時参考にお話を聞かせて頂いたのですが、「より良い世界があるなら見てみたい、そう思って活動をしている」と仰っていた言葉が忘れられません。


●安田純平(ジャーナリスト)
「遠い国のことなんてどうでもいい」という言葉の本質は、物理的な距離ではなく「自分とは違う」ものへの心の隔たりである。その隔絶を乗り越えるための第一歩を踏み出させてくれる映画です。


●大友啓史(映画監督)
客観性という鎧を脱ぎ捨てる。どこに寄り添い身を置くかで、世界の見え方が変わってくる。当事者意識を欠落させた、デジタル時代のメディア状況に対峙する勇気ある冒険。堀潤が目指す新しいジャーナリズムの輪郭が明確に見えてきた。


●舩橋淳(映画作家)
ガザから福島、ピョンヤンから沖縄、ロスからヨルダンなど、国境を超越し、無関係に思える地域と地域を結びつけ、僕たちの持つステレオタイプを瓦解させ、現場に生きる人々の体温を伝えてくれる……堀潤は貴重な、貴重なジャーナリストだ!


●乙武洋匡(作家)
視点はひとつだけじゃない。正義もひとつだけじゃない。分断を防ぐには、そのことを深く理解するしかない。


●浅生鴨(作家)
わかりやすく切り取られた映像は世界の分断を加速する。だが、堀はそれを許さない。対立する群の中間に立ち、その両側へレンズを向ける。ここに映し出されているのは、離れていく世界を繋ぎとめようとする堀の覚悟そのものなのだ。


●山田ルイ53世(漫才師・作家)
妻の故郷は、福島の相馬。
生まれ育った海辺の一軒家は、今はもうない。
我が家にも、「小さな主語」の物語が幾つかあった。


●村本大輔(お笑い芸人 ウーマンラッシュアワー)
分断がガラスでいうヒビだとしたらここには沢山の誰かの心がバキバキとヒビ割れている音する。
メディアが小さすぎて拾わない音。その音は仕方のない犠牲だというやつがいる。おれはそれを許さない。


●フィフィ(タレント)
ジャーナリズムとは何か……東日本大震災後、大きな決断とともに堀潤が探し続けた答えが、ここにある。ニュースが伝えない現場の声をリアルタイムに発信し続けること、それこそが彼が追い求めてきた「メディアとしての使命」なのだ。


●パックン(お笑い芸人)
社会の病みを癒す第一歩は情報収集。理解も解決も知識から始まるから。
この映画で、ずば抜けた取材力を持つ堀潤が分断の現場に私たちを誘う。
体を張る上、心まで張ってしまう名ジャーナリスト堀潤についていこう。


●マシュー(タレント・ライター)
マジックショーだ、これは! ウサギではなく、新聞記事をマジックハットに入れて出てきたのは、ニュースの裏側。世界共通のローカルな物語や政治問題、紛争の背景といったリアルな現場だった。マジシャン堀潤さんの命がけの取材も。発見がたくさん! ぜひ〜


●松永晴子(NGO 国境なき子どもたち ヨルダン現地事業総括)
人を思う優しさを持って生きて欲しいと、不条理のただ中の、難民の子どもたちに、思う。あらゆる分断を埋める果てしない作業が、その優しさに支えられていることを、映画の視点が苦しくも温かく、語りかけてくるから。


●やついいちろう(芸人・DJ・俳優)
正しい事は安全な事ではないって言葉にふるえる。怖い。
安全でいたい。でも正しくもありたい。
どちらかしか取れないんだろうか。本当にそうなんだろうか。
何故安全で正しいができないんだろうか。
正しくないは安全で、正しいは危険。
なんでそうなるんだろうか。
面倒くささに揚げ足を取られる毎日が少し変わった。


●佐藤慧(フォトジャーナリスト・ライター)
現場に足を運び、その大気の震えに全身を晒す。心が揺れるように、レンズが揺れる。
何度も再会を重ねることで、だんだんと、大きな主語の仮面は剥がれ落ち、尊厳を持ったひとりの人間が浮かび上がる。分断を生む、想像力の空白を埋めるドキュメント。


●安田菜津紀(フォトジャーナリスト)
海の向こう、私たちのすぐ隣、ばらばらのピースのような出来事が、見進めるごとにつながっていく。この映画を通して私たちが「出会う」人々それぞれが問いかける。遠くの痛みが他人事ならば、近くの悲しみにも気づけないのだ、と。


●古田大輔(ジャーナリスト・メディアコラボ代表)
カメラは分断の現場に生きる人たちを映し、その声を伝える。修復への特効薬は示されない。それでも「分断を許さない」と誓い、諦めない。ストレートな題名と映像で、視聴者にもそう訴える。


●澤田智洋(コピーライター)
「わたしは人間を諦めない」
それでも人間を信じ抜くんだという
堀さんの決意が伝わった。


●長野智子(キャスター)
見ているのに見えていない現実、できることなら見たくない残酷。
テレビとネットのハイブリッド・堀潤が実現した究極のジャーナリズム映画は、
私たちが生きる時代の真実を容赦なく突きつけ、優しく問いかける。


●豊田直巳(フォトジャーナリスト)
 私も歩き回ってきた世界の「紛争地」の映像。でも既視感はない。それは現場に立った堀潤の、「わたし」を主語にしての、分断を迫る力に対する「許さない」決意のなせるもの。敬服。


●ワタナベアニ(写真家)
世界のあらゆる出来事を身近に感じられるかは、ひとりひとりの「私」の感受性にかかっている。
世界で一番ちいさな主語、「私」。平壌の学生が「戦争は人に酷いです」と言う。
そうだ。基地でも原発でも香港の問題でもなんでも同じだ。
人に酷いことをしてはならない。それを私の尊敬する友人、堀潤は伝えているのだろう。


●中島孝(「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟原告団長)
原発事故の後、避難という行動をめぐり人々は3つに割れた。「賠償がいっぱいもらえて、あんたらはいいね」――強制避難区域の被害者が避難先での住民の言葉に怯える。子どもを守ろうと沖縄に「自主的」母子避難をし、夫婦が離婚する。他方、お金がなくてそのふがいなさのせいで、子や孫を一時避難もさせられなかったと自分を責める人すらも。
放射能を恐れる思いにも、避難できないのならここで生きるしかないと覚悟する心細さや生活苦に背を向け、再稼働の邪魔だとばかりに幕を引き被害救済を打ち切る政府と東電。
分断を仕掛ける側の不純な動機が強まればそれだけ、それに立ち向かう私たちの力も鍛えられ強くなる。


●古谷経衡(文筆家)
この作品は世界の分断を憂いたものではない。個との無対話を憂いたものである。
「私達は」「我々は」メディアは主語を大きくして、本来そこに居るはずの個人をぼかす。
だが本質は常に個との対話にある、という当たり前の事実をこの作品は問う。珠玉の傑作。


河合薫(健康社会学者)
真実は一つ。どんな時も人は生きようとする。そこに国籍、人種、性別の境界線はない。


●伊勢崎賢治(ジャズトランペッター・東京外国語大学教授)
わたしたちは「わたしたち」をつくる。その「わたしたち」は”違う”ひつようがある。
じゃないとわたしたちは「わたしたち」になれないからだ。
だから「かれら」をつくる。
「かれら」は「わたしたち」と”違う”のだ。
”違う”のだからわたしたちは「わたしたち」だけをかんがえていればいい。
「かれら」が”違う”ことをもっとさがそう。
そうすれば「わたしたち」はもっとつよくなれる。
そうして「かれら」が「やつら」になる。
「やつら」なんてじゃまだ。
「やつら」なんていないほうがいい。
根絶やしにしてもいいかも。
「かれら」も「わたしたち」をつくりはじめる。


●若新雄純(株式会社NEWYOUTH代表・慶應大学特任准教授)
堀さんが何と戦っているのか、やっとわかった。僕たちはすぐ、知らずに決めつけたり、安易な結論に逃げたりしてしまう。
「分断」は、問題の現場じゃなくて、そんな僕たちの弱さの中で起きていたんだ。


●高橋賢次(恵比寿新聞編集長)
『わたしは分断を許さない』見終わった! 涙してみました。
誰かの「幸せ」の反対側には「不幸」が存在している。
人の不幸の上に成り立つ幸せを癒すには、幸せを少し手放し、
みんなの物にする「優しさ」って本当に重要だなと改めてこの映画をみて
再認識しました。
最後の桜のシーンを見た時に「自然は分け隔てなく人を感動させる凄い物だな」と。
そんな分断の間に咲く花のような物を我々は作っていかないといけないなと。
本当に素晴らしい作品でした。


(リアルサウンド編集部)


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