【今週はこれを読め! SF編】一面に凍てついた世界を、ふたりで南へ。

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2020年04月28日 11:12  BOOK STAND

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『人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)』柞刈 湯葉,あらゐけいいち 早川書房
投稿サイト発の『横浜駅SF』で日本SF大賞の候補になった著者の第一短篇集。六篇を収録している。
 冒頭に掲げられた「冬の時代」が抜群に面白い。
 凍てついた世界。それまでの歴史も文明もあやふやになってしまい、共同体的なつながりも解けつつある時代に、ふたりの青年、エンジュとヤチダモが日本列島を南へと歩きつづけている。いま通りかかっているのは浜松だ。

「まだ静岡か。長えな」 「静岡は長いよねー」

 などと言いあって。
 これまで半年ほど旅をしているが、あるのはひたすら視界の果てまでつづく氷原、たまにゲノムデザインで寒冷化適応された人工生物、そして都市の遺物だけだ。その遺物のビルで、ふたりが出会ったのは......。
 物語のなか、ちょっとした謎と冒険はあるが、状況を変えるような大きなドラマはない。むしろ世界のたたずまいがこの作品の主役だ。ただ、設定の細かなところ、ガジェット的なアイデアに妙味がある。
 たとえば、除雪車兼用の人工冬眠器。エンジンと生命維持装置が連結されており、これを移動用に用いようとする者がいて燃料を供給するかぎり、冬眠器に入った人間は眠りつづけられる。この発想が面白い。
「あとがき」によれば、「冬の時代」は椎名誠SFの影響で書かれたとのこと。たしかに、異様な領域と化した世界、エンジュとヤチダモのやりとりの飄然とした感じはそれらしい。『アド・バード』や『武装島田倉庫』は剣呑な生命に満ちていたが、「冬の時代」はそれと対照的に静かな氷原が広がっている。
「冬の時代」につづいて収録されている「たのしい超監視社会」は、小川哲『ユートロニカのこちら側』と同様のテーマを諧謔的に扱ったディストピア小説だ。筒井康隆的意地悪さとウェブ文化的冷笑が混じった語り口が独特。ひょっとすると、ここに描かれた社会をマジで喜ぶネトウヨがいるんじゃないかと思い、げんなりした。
 表題作「人間たちの物語」は、風変わりなファーストコンタクトを扱った作品。「宇宙ラーメン重油味」は、あらゆる異星人に向けて営業するラーメン店を描くスラップスティック。「記念日」は、ルネ・マグリットの同題の絵画(部屋の大半を占める岩塊)にインスパイアされたライトな感覚の不条理小説。「No Reaction」は透明人間SF。
(牧眞司)


『人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)』
著者:柞刈 湯葉,あらゐけいいち
出版社:早川書房
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