コロナ禍のなかで生まれた新たな音楽体験ーートラヴィス・スコット『Astronomical』を機に考えるライブの可能性

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2020年05月07日 12:01  リアルサウンド

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Travis Scott『ASTROWORLD』

●コロナ禍が続く中で実現した、久しぶりの光景
 著名アーティストのライブパフォーマンスが決定してからというもの、ライブが行われる会場の周辺にはアーティストのアートワークを模したオブジェが配置され、イベントへの期待感を煽るようになった。そのアーティストが着用しているシューズ(Air Jordan!)やグッズ等の販売も始まり、ファンや、ファッションに目が無い人々がこぞってそれを購入し、友人に見せて自慢するという光景も多く見る事が出来た。そしていざパフォーマンスが始まると、一緒に参加した友人同士とその内容に大いに興奮し、目の前の光景を撮影してSNSにどんどんアップし、タイムラインがその内容で埋め尽くされていく。


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 コロナ禍が続くなかでは、もはや懐かしさすら感じるこれらの光景だが、実はその全てがつい最近の出来事である。実はこれは現実世界ではなく、オンラインゲーム『フォートナイト』上で実現した内容なのだ。


 4月23日(日本時間では4月24日)、オンラインゲーム『フォートナイト』上で、人気ヒップホップアクトのトラヴィス・スコットがおよそ10分間に及ぶパフォーマンス『Astronomical』を実施した。同パフォーマンスは約1200万人以上のプレイヤーが目撃したとされており、その画期的な内容に国内外のメディアが様々な感想や評価を寄せている。何より興奮したファンやプレイヤーの投稿でSNSは埋め尽くされ、トレンドはトラヴィス・スコット一色になってしまった。間違いなく2020年において最も注目されたライブパフォーマンスと言えるだろう。


●急激に加速するゲーム×音楽のクロスオーヴァー
 近年、ゲームカルチャーは技術の進化に伴う表現力の拡大、あるいはeスポーツの普及やTwitchなどの配信サービスの進化によって、映画や音楽と並ぶ程に巨大な存在となっている。影響を受けているミュージシャンも非常に多く、Chvrchesや星野源といった国内外の豪華アーティストが楽曲を提供した、小島秀夫による最新作『DEATH STRANDING』(2019年)はそういったクロスオーバーの一つの象徴でもあった。


 そのなかでもここ数年で急速に拡大したのが実際の友達とネットで繋がりながら遊ぶことが出来るオンラインゲーム。特に『PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS』や『Apex Legends』に代表されるバトルロイヤル形式のゲームは勢いが強く、その中でも『フォートナイト』はCGアニメのようなポップなビジュアルと基本無料というハードルの低さ、ファッション性の高いキャラクター衣装(スキン)を武器に世界中で爆発的なヒットを記録した。日本でも小中学生を中心に凄まじい人気を誇っており、友達同士で、それぞれの自宅でボイスチャット等をしながら『フォートナイト』を楽しむという光景も今では特に珍しいものではない。特に最近はコロナ禍の影響で学校に通えないことから、もはや『フォートナイト』がコミュニケーションの中心になっているという人々も少なくないであろう。今ではそのプレイヤー人口は2億5千万人以上に及ぶと言われている。昨年公開された映画『アベンジャーズ エンドゲーム』にも登場するほど、その影響力は圧倒的である。


 『フォートナイト』にはアーティストのファンも多く、アーティスト同士でこのゲームを楽しんだりプレイ動画をネットにアップしたりする例も多い。この流れを受けて、元々お祭り的なイベントが多いゲームということもあり、昨年からはアーティストとコラボレーションしたゲーム内音楽イベントを実施するようになっている。その始まりは、2019年2月に行われた人気DJのMarshmelloによるライブパフォーマンスだ。『Astromical』とは異なり、あくまで既存のゲームフィールド上に巨大なDJブースを用意し、その上でパフォーマンスを行うという内容だったが、この時点ですでに1,000万人近くという驚異的な人数が参加している。


●バーチャルでの体験が現実での体験を凌駕する
 『Astronomical』が真に画期的なのは、これまでに実施されてきたバーチャル空間上でのライブとは異なり、”もはや現実世界のライブの代替ではない”という点にある。バーチャル空間でのライブやインタラクティブな音楽体験というのは、YouTube等の配信サービスやVR/AR技術を中心に、これまでも数多く行われてきていた試みだ。しかし、それらの多くは、バーチャル空間上でライブ会場を再現する、あるいは中継するといった内容に留まっている。前述のMarshmelloのパフォーマンスについても同様で、あくまで前提は現実世界にあり、それをいかに再現するか、あるいはどのように演出を行うかが主な目的となっていた。


 しかし、『Astronomical』では開始早々に数百メートルはあるであろう超巨大なトラヴィス・スコットがゲームフィールドに降臨し、楽曲に合わせて動き出す。さらに、彼がジャンプするとプレイヤーも合わせて空中へ放り投げられ、スカイダイビングやスイミングなど様々なシチュエーションのなかで自ら操作して探索することになる。いつものゲームフィールドも楽曲展開に合わせて原型を留めないレベルで見た目を変え続け、最後には宇宙空間へ放たれてしまう。『フォートナイト』全体がトラヴィス・スコットの世界観一色に塗り替えられたのだ。


 これらは、現実世界ではできないことも可能にしてしまう、ゲームだからこそ実現できるパフォーマンスであり、ついにバーチャルでの音楽体験が現実を凌駕する日が来てしまったわけである。今後、トラヴィス・スコットの実際のコンサートに足を運んだ人々が、”ゲームの時と比べて物足りない”という感想を抱くという可能性も決して否定することはできない。あるいは今回のパフォーマンスで自身のクリエイティビティを限界まで炸裂させたトラヴィス・スコット本人ですらそう感じてしまうかもしれない。それは『Astronomical』を体験した他のアーティストやファンにも言えることであり、今後全てのライブパフォーマンスはゲームと比較されることになったというわけだ。


●新たなパーティの現場としての音楽×ゲームの未来
 今回の『Astronomical』は大きな結果を残しており、今後もさらに『フォートナイト』上での音楽イベントは続いていくことであろう。また、この試みに刺激を受けたアーティスト側からのコラボレーション依頼もすでに数多く届いているのではないかと予想される。そして、実は『フォートナイト』ではその土台のようなものがすでに誕生している。


 先日『フォートナイト』に実装された「Party Royale」というモードは、本来のゲームの目的であるバトルを行わず、フレンド同士でゲームフィールド上でのアクティビティを楽しむという内容となっている。フィールドにはDJブースが用意されているのだが、おそらく今後はこのDJブースを活用して、様々な著名DJが『フォートナイト』上でDJプレイを行い、パーティを盛り上げるであろう。実はすでにディプロ率いるMajor Lazerが5月1日にサプライズ出演しており、ゲーム内のスクリーンに本人が登場しながら、ゲームフィールドを大いに盛り上げている。


 「Party Royale」は明らかに今後様々なDJやアーティストが出演することを想定した上で作られたモードであり、この場所を中心に様々なパーティが行われていくであろう。もちろん『Astronomical』のように莫大なコストを費やしてゲームをフル活用してクリエイティビティを発揮するアーティストも今後はどんどん登場するはずだ。


 現実を超えた体験を、ゲームが抱える驚異的な人数へ届けることができるという環境は今のところ『フォートナイト』以外では有り得ない。2000年代に入ってからは音楽フェスがパーティの中心となり、ベテランのアーティストがファン層の刷新を図ったり、Daft Punk等の先鋭的なアーティストが新たな技術を取り入れた今までに見たことのないステージを作り上げるといった光景が見られたが、今後はそれが『フォートナイト』などのゲーム上で実現されるという可能性も大いに考えられるだろう。


 また、『DEATH STRANDING』のように他のゲームと音楽のクロスオーバーについても、さらに加速していくことが予想される。大きなトピックとしては、今年リリース予定の大作『サイバーパンク2077』が挙げられるだろう。同作にはすでにRun the Jewelsやニーナ・クラヴィッツといった多くの著名アーティストが参加を予定している。それもただ既存の楽曲を提供するのではなく、ゲームの世界観に共振したアーティストたちがそのサウンドトラックを手掛けるという深いコラボレーションとなっており、人気ポップアクトのグライムスに至っては楽曲提供のみならずゲーム内キャラクターの声優としても参加が決定している。もしかしたら同作を中心としたライブイベントといった、リアルへの拡張も行われるのではないだろうか。


 『フォートナイト』や『DEATH STRANDING』に共通するのは、ゲームが提示する世界観やそこにあるコミュニティに対してアーティストが共振し、お互いのクリエイティビティが交わることで新たなエンターテインメントが誕生しているという点である。これは今までも映画やフェスティバル等で見られてきた光景ではあるが、特に進化が著しいゲームだからこそ、今はここで特に興味深い動きが起きているというわけだ。2020年はPS5やXbox Series Xなど次世代のゲーム機が登場する年でもある。今後は現実だけではなくバーチャルの世界も含めた上で、これまで見たこともないようなライブパフォーマンスが続々と生まれていくのではないかと期待している。(ノイ村)


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