話題沸騰の“ゲテモノドキュメンタリー” 『タイガーキング』を生んだアメリカ発ゴシップ文化とは?

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2020年05月13日 16:02  リアルサウンド

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写真『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者?!』Netflixにて独占配信中
『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者?!』Netflixにて独占配信中

 アメリカおよび世界中がコロナ禍に突入したばかりの3月20日、Netflixは1本のドキュメンタリー・シリーズの配信を開始した。多くの人たちが外出禁止令を受けて自宅にとどまる中、オクラホマ州の動物園経営者ジョー・エキゾチックを追った『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者?!』は配信開始から10日間で3430万人が視聴し、Netflixの膨大な作品群の中で最も成功したシリーズになった。


参考:コロナ禍の今、『タイガーテール』などアジア系米国人クリエイター作品を観る理由


 今作の人気沸騰に伴って、いくつもの二次プロジェクトが進行している。配信から2週間後の4月にはNetflixがドラマシリーズ化を発表。『glee/グリー』やNetflixで配信中の『ハリウッド』を手がけたライアン・マーフィーが製作し、ロブ・ロウが参加する。一方、CBSは月刊誌に掲載されたルポルタージュを原作に、8話のドラマシリーズをニコラス・ケイジ製作総指揮・主演(ジョー・エキゾチック役)で制作する。また、テレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』、『スキャンダル』(2019年)などに出演しているケイト・マッキノンがジョーの宿敵キャロル・バスキンを演じるポッドキャスト・ドラマも企画中だ。


 『タイガーキング』は、オクラホマ州でネコ科大型動物を集めた施設を経営するジョー・エキゾチックことジョゼフ・マルドナド=パッセージ(通称タイガーキング)と、彼を取り巻く一筋縄ではいかない人たちの言動を記録したドキュメンタリー。ブリーダーとして虎などの繁殖ビジネスで儲けたジョーは、動物愛護団体を主催するキャロル・バスキンと火花が飛び散るガチバトルを繰り広げることになる。このキャロルもまた恐ろしくキャラ立ちした女性で、元夫の殺人及び死体遺棄疑惑がかけられている。そのほか、ジョーの夫たちや動物園の従業員、リアリティTVのプロデューサーなど登場人物たちの常軌を逸した言動は、自宅検疫中の善良な市民の意識をコロナ禍から遠ざけることに成功した。その名の通り虎の威を借りて名(迷)声を得たジョーはオクラホマ知事選に出馬するまでになったが、2018年に野生動物保護法など19の法令違反で22年の求刑を受け、現在も服役中である。7話のシリーズでジョー逮捕までの軌跡を追い、4月12日に配信された8話目のボーナスエピソード「タイガーキングと私」は爆発的人気を受けた後日談を、ジョー以外の主な出演者とのリモートインタビューで構成されている。そこで司会を務めた俳優でコメディアンのジョエル・マクヘイルの終始半笑いの態度こそ、視聴者が『タイガーキング』を観る視線だった。


 もう説明はいらないだろうが、Netflixはアカデミー賞にノミネートされるような映画作品から世界各国のオリジナルドラマ、アニメ、そしてTOP10リストの上位を賑わす韓流作品まで幅広いエンターテインメントを提供している。2013年に配信開始したオリジナルドラマシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』でコンテンツ業界に激震を起こしたNetflixが最初にアカデミー賞を受賞したのはドキュメンタリー部門だった。2016年の『ホワイト・ヘルメット −シリアの民間防衛隊−』が第89回アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門、ロシアにおける国家主導ドーピング疑惑を追った『イカロス』は、第90回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞している。以降、『ROMA/ローマ』(2018年)や『マリッジ・ストーリー』(2019年)といったフィクション部門での受賞につなげている。


 Netflixのカテゴリー分けでドキュメンタリーはUnscripted(脚本なし作品)に属する。そこにはいくつかのジャンルがある。まず、前述の『イカロス』やオバマ前大統領夫妻の制作会社と組み配信した『アメリカン・ファクトリー』(第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞)、2016年の大統領選におけるケンブリッジ・アナリティカ社の情報操作を追った『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル』(2019年)など、社会で起きている事象を映像化していくアカデミー賞好みの知能文化指数高めの作品群。食文化や生活様式、生き方などを描き気軽に見られるのに少しだけ気分が高揚するリアリティTV作品群には、日本から配信中の『テラスハウス』や近藤麻理恵氏のお片づけ手法をアメリカ人家庭に浸透させた『KonMari〜人生がときめく片づけの魔法〜』、各方面のスペシャリストであるゲイ5人衆が人生を肯定する『クィア・アイ』など人気シリーズが多い。テイラー・スウィフト、ビヨンセ、宇多田ヒカル、星野源、嵐といった人気アーティストのドキュメンタリーでは、スターパワーをより多くの視聴者に向けて顕在化させる。そしてNetflixが映像業界の革命児たる所以でもあるのが、『タイガーキング』に代表されるゲテモノドキュメンタリーの発掘だ。周囲にいたらかなり迷惑だが、一歩ひいたところから見てる分にはおもしろい登場人物たちの言動は視聴者の思考をフリーズさせ、下世話な興味を掻き立てる。


 米CBSテレビが30年間放送している長寿番組に、『インサイド・エディション』というニュースドキュメンタリー番組がある。日本でも一時期放送されていたので覚えている人もいるかもしれない。タブロイド紙的なゴシップニュースを多く扱い、アメリカ各地に生息するお騒がせ一般人の事件・事故をリポートする。古くはジョンベネちゃん殺害事件や、映画にもなったトーニャ・ハーディングのライバル選手襲撃事件、体外受精で8つ子を同時出産した“オクトマム”など、ゴシップ誌の表紙級スターを排出している。ちなみに80年代〜90年代に司会を務めたビル・オライリーは、2017年にセクハラ疑惑で自らが『インサイド・エディション』のネタになってしまった。『タイガーキング』はまさにその『インサイド・エディション』的ゴシップ興味を凌駕した作品で、ジョー・エキゾチックもキャロル・バスキンも、彼らを取り巻くユニークな仲間たちも、高視聴率を叩き出す人気ゴシップスターの風格を持つ。驚くべきか必然なのか、ドキュメンタリー内に登場するジョーのリアリティTVのプロデューサーは、元『インサイド・エディション』のリポーターだったという(参考:https://www.insideedition.com/joe-exotics-ex-producer-rick-kirkham-says-tiger-king-was-wrong-for-making-viewers-feel-sorry-for)。


 中高年向けの『インサイド・エディション』をNetflixの視聴者層に向けてブラッシュアップしたのが『タイガーキング』であり、『タイガーキング』と同じプロデューサーによる『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』、そして『猫イジメに断固NO!:虐待動画の犯人を追え!』、『ビクラムの正体:ヨガ、教祖、プレデター』など、このジャンルにはホームラン級のヒット作が多い。これらのタブロイド紙的興味がリアリティTVの世界では、『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!』や『ラブ・イズ・ブラインド〜外見なんて関係ない?!〜』『5ファースト・デート』『バック・ウィズ・エックス:元サヤに戻ってみる?』などの人気作品と繋がれていく。これらのアメリカンなタブロイド紙的ドキュメンタリーが世界中でも人気を博すのはNetflixの功罪か、それとも映像エンターテインメントに満ちた世界で人々がさらなる刺激を求めるようになったからなのか……。


 Netflixのドキュメンタリー黄金時代を築いたのは、現在インディペンデント作品&ドキュメンタリー部門の副社長を務める日系2世のリサ・ニシムラ。サンフランシスコ出身で音楽業界出身のニシムラは2007年にNetflixに入社し、それまでのDVDレンタル事業から配信事業へ移行、さらには自社で世界配給網を持つ映画スタジオへと舵を切った日々を最高コンテンツ責任者のテッド・サランドスの右腕として活躍してきた。『タイガーキング』の大ヒットについて、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューでこう答えている。


「(ヒットの理由を)完全に解明することはできないでしょうね。直感と本能を働かせたというか……最初に『タイガーキング』についてのプレゼンを聞いた時、『殺人者への道』を彷彿とさせる要素を感じました。作り手たちは長い時間をかけて被写体を追っていて、シネマ・ヴェリテ(撮影者の存在を感じさせる映像手法)のような一人称の視点を持った映像フッテージをたくさん撮っていました。(中略)私たちは、特別センセーショナルな作品を求めているわけではないんです。それが司法制度の問題を告発するものだろうが、自分が何者であるかを世界に誇示しようとしている者についてであろうが、作り手が題材を選び追い求める作品は、とても個人的でセンシティブな作品であると言えます」(引用:https://www.wsj.com/articles/meet-the-woman-who-made-netflixs-tiger-king-must-see-quarantine-tv-11589115600?mod=searchresults&page=1&pos=1)


 一方、『タイガーキング』の監督であるエリック・グッドとレベッカ・チャイクリンは、「このプロジェクトが恵まれていたのは、自分自身の姿を撮影することに取り憑かれた人間が被写体だったこと。登場する人たち全てに共通していたのは“ナルシズム”で、全員がいつでもカメラに映りたがっていた。ドキュメンタリー作家にとって、夢のような状況だよ」と語っている(引用:https://www.indiewire.com/2020/03/tiger-king-directors-netflix-interview-1202220039/)。そして、監督たちに寄せられたシリーズの評価について最も好意的だったのは、ほかでもない獄中のジョー・エキゾチックからの電話だったそうだ。「刑務所の看守たちがジョーのことをロックスターのように扱い、彼の名前と顔がサンセット大通りのビルボード広告になっている事実に、死ぬほど興奮していた。誰が注目を浴びるようになるかは予想外のことがある。今、ジョーは波に乗っていると言えるね」。コロナ禍まで味方につけ自己顕示欲を爆発させるジョー・エキゾチックの出現は、ある意味必然だったのかもしれない。(平井伊都子)


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