坂元裕二がコロナ禍に見せた“作家の矜持” 『リモートドラマ Living』には『最高の離婚』要素も

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2020年06月09日 18:31  リアルサウンド

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『リモートドラマ Living』(写真提供=NHK)

 『リモートドラマ Living』(NHK総合)は、打ち合わせから撮影まで全てリモートで作られた1話15分の短編ドラマだ。5月30日に放送された第1話が広瀬アリス&すず、第2話が永山瑛太&絢斗という実際の姉妹、兄弟が主演を務める作品だったが、6月6日の第2週に放送された第3話は中尾明慶&仲里依紗、最終話となる第4話は青木崇高&優香(声のみ)という実際の夫婦が共演。


 新型コロナウイルス感染に対する配慮から生まれたリモートドラマだったが、結果的に脚本を担当する坂元裕二がコロナ禍の現実に対してファンタジーという虚構で対峙する姿を作家の矜持として見せる作品となっていたと言えるだろう。


【写真】催眠術をかけられた仲里依紗


 第3話「おでんとビール」の、シゲ(中尾明慶)とアキ(仲里依紗)という二人の夫婦の小さなすれ違いが大きくなり、最後に妻が離婚を切りだすという展開は、『最高の離婚』(フジテレビ系)などの作品で書いてきた坂元裕二が、もっとも得意とする物語である。


「夫がね、妻に言う『ごめん』って、もうその話やめろって意味なのよ」


「『ごめんね』って言葉でごまかされる度にさ、シゲくんが遠くに見えて、どんどん私、一人になってくんだよね」


といった台詞は、聞く度に胃が痛くなるもので、4話の中では一番生々しいエピソードである。


 と同時に面白いのは、時間SF的なファンタジーとして描いていること。シゲの妻には催眠術がかかっており、ある言葉を言うと記憶がリセットされる。だからシゲはアキが「別れよう」と言う度にその言葉を口にして、ゼロからやり直そうとする。


 恋愛シミュレーションゲームやその影響下にあるドラマやアニメでよく見られる時間巻き戻し&ルート分岐系の物語だが、同時に壊れた夫婦の関係をやり直そうとする物語をコロナ禍のぶつけることで「一度壊れたものはやり直すことができるのか?」とこちらに問いかけているようにも見えた。


 先週の姉妹・兄弟の会話がイチャイチャ感に溢れていたのに対し、夫婦だとギスギス感(外から見ているとそれが面白いのだが)が強く、実際の夫婦が演じているだけに、こんなやりとりを演じて二人は大丈夫だろうか? と心配になるくらいだ。もちろん、それくらい迫真の二人芝居だったということではあるのだが……。


 そして、最終話となる第4話「敬遠」は、微熱を出して赤ん坊に(風邪)をうつさないように別室で自宅隔離されている東山(青木崇高)の物語。


 テレビ局のベテラン社員(おそらくプロデューサー)らしき東山は、若手社員が放送しようとしたスクープにストップをかける。「メディアのえりもちが」と矜持(きょうじ)もまともに読めない若い社員をバカにし、テレビで放送されているバラエティやドラマ(さっきまで放送されていた第3話)に文句を言いながら、SNSに書かれたテレビ批判にも「テレビはクソですよ〜」と悪態をつく。


 そこで突然テレビが付くのだが、放送されているのは過去の高校野球の映像。ピッチャーは玉白高校の東山、つまり過去の東山。そしてバッターは朝倉学園の4番で超高校級スラッガーと言われた坂口だ。


 当時、東山は監督の命令で、5打席連続敬遠をした。試合は朝倉学園の勝利で見事甲子園に出場。逆に坂口は選手生命をここで終えた。


 批判されたがこっちは勝ち組、相手は負け組と言い訳をする東山。スクープをもみ消そうとする今の姿と重なる。だが、第五打席、敬遠をするかと思われた過去の自分はストレートを投げる。監督の指示を無視して勝負する自分を東山は応援する。結果的にホームランを打たれて試合には負けるのだが(ありえたかもしれない)過去の自分の姿を見て奮起した東山は、後輩に「責任は俺が取る」と言ってスクープを放送させようとする。


 テレビマンを主人公にしているため、作り手による自己言及的な作品とも言えるが、テレビの側から東山を映しているため、鏡越しに自分の姿を見ているような気まずさがある。その意味で東山は、テレビを観ている私たち視聴者の分身なのだと思った。


 作家(阿部サダヲ)とどんぐり(声・壇蜜)の対話によって紡がれる4つの短編を見終えて、筆者は村上春樹の連作短編集『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫)を思い出した。1995年に起きた阪神淡路大震災をモチーフにした本作は、東京で起きる地震を防ぐためにかえるくんがミミズくんと戦う「かえるくん、東京を救う」のようなファンタジーテイストの作品と被災した男女の恋愛を描いたリアルな作品が入り混じっており、最後の「蜂蜜パイ」では、作者を思わせる小説家が「これまでとは違う小説を書こう」と決意して終わる。


 コロナ禍に『Living』を書いたことが、坂元裕二の作風にどのような影響を与えるかは、今後を見ないことにはわからないが、あれだけ作家の悩む姿を見た後だと、どれだけ人間に絶望してもいいので書き続けてほしいと願う。多分それくらいしか、作家にはできないのだから。


(成馬零一)


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