海蔵亮太が語る、自粛期間で向き合った音楽と慰問ライブへの思い「医学的根拠がないからこそ信じられて価値を見いだせる」

0

2020年06月14日 12:01  リアルサウンド

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

海蔵亮太(写真=林直幸)

 認知症をテーマにした『愛のカタチ』でデビュー、昨年末『第61回輝く!日本レコード大賞』で新人賞を受賞。カラオケ世界大会グランプリ受賞経験を持つシンガー=海蔵亮太が、待望の2ndシングル『素敵な人よ』をリリース。


参考:海蔵亮太、「愛のカタチ」の慰問コンサートに反響 “歌い手”を越えた“伝え手”としての魅力


 1人の男が結末を迎えた恋と向き合いながら乗り越えていく姿を切なく歌った表題曲のほか、海蔵いわく「J-POPの王道」と話す「紫陽花」、さらにbutaji、コブクロのカバーを収録。インタビューでは楽曲制作の話と、自粛期間中に感じたこと、計画中のリモート慰問ライブに寄せる想いなどについて語ってもらった。そこから浮かび上がってきたのは、歌に対する真摯な姿勢とチャレンジ精神、年月を経ても色褪せることのない歌に対する衝動。そして、信じてやまない“歌のチカラ”だった。(榑林史章)


■失恋ソングだけどポジティブに受け止めてくれたらうれしい


ーーオリジナル曲でシングルは初めてですね。


海蔵:僕のなかでは、カバー曲でもオリジナル曲でも違いはないんですけど、応援してくださるみなさんから「オリジナル曲を聴きたい」という声をたくさんいただいていたので、少し時間がかかりましたけど、こういう形でお届けできたのは良かったと思います。


ーー「素敵な人よ」は、どういう風に作っていったのですか?


海蔵:何曲か候補をいただいて、そのなかから選ばせていただきました。僕がこの曲を選んだ理由としては、良い意味で違和感がある楽曲だと思ったからです。作曲家が韓国のクリエイターチームで、「彼らにはJ-POPってこういう風に聴こえるんだ」という発見があって、それを逆輸入ではないけど感じることができて。ちょっと歌ってみたいなという気持ちで決まりました。


ーーその違和感というのは具体的に言うと?


海蔵:ここがこうだからと上手く説明できないんですけど、J-POPの王道の流れを汲みつつ、サウンドとしては少し違う世界観があると思いました。なおかつ曲の後半になるに従って段々盛り上がっていく構成だったので、最初のほうは気持ちを抑えて、後半のサビが連続するところに向けて高めていくような感じで歌いました。


ーー失恋の歌ですが、歌詞には海蔵さんの実体験も入っているそうで。


海蔵:最初に上がった第一案の歌詞は、男らしい言葉のチョイスだったんです。でも実際に歌う僕自身は、そんなに男らしさ溢れるタイプではないから、もう少し女々しいところや後悔している感じも入れて欲しいと、作詞家の方にお話をさせていただいて。それで僕が使いそうな言葉を提案して入れていただきました。


ーー歌詞の〈ねぇどこへ 行くの?〉には、海蔵さんが提案した女々しさが感じられますね。


海蔵:そこは、歌であって歌ではないような印象で、自分の心の葛藤だと思って。それをどう歌として表現すればいいのか少し悩みました。感情を100%そのまま口に出すだけでは、歌でなくなってしまうので、気持ちも出しつつ、聴いてくださるみなさんにどう伝えるかというところでバランスを悩みました。


ーー歌詞のほかに歌の表現でも、女々しさを意識されたということで。でも男って、得てして女々しいものですよ。


海蔵:ですよね。僕はそんなにすぐ切り替えられるほうじゃないし、時間が経てばその記憶が完全になくなるというわけでもなくて、薄れはするけど確実に心には残り続けるから。それを女々しいと言われても仕方のないことですけど、そういう自分らしい面を表現できるのもオリジナル曲ならではの良さだなと思います。


ーー聴いた人には、最終的にはどんな気持ちになってほしいですか?


海蔵:失恋の歌で、暗くて女々しいみたいな話をしましたけど、最終的にはそういう経験を通して新しい一歩を踏み出したときに、そんな自分を肯定できる曲になったと思っていて。聴いてくださるみなさんには、もちろん大切な人を思ったり自分にとって素敵な人に対しての感謝を伝えつつ、自分自身が前を向いていけるような、そういうポジティブなものとして、受け止めてくれたらうれしいです。


ーーちなみに海蔵さんが素敵だなと思う人は?


海蔵:楽しいときに感情を共有できる人はたくさんいても、自分が辛いとか悲しいとかマイナスの感情を抱いているときに、一緒にその感情を共有できる人はあまりいないと思うので、それが自然にできる人はすごく素敵だなって思います。今のところ周りにはいないんですけど(笑)。だって今の時代、なかなか出会いがないじゃないですか。


ーー飲み会はおろか外出も躊躇する時代ですから。


海蔵:コロナ離婚なんていうのも聞きますけど、そういう人たちの離婚理由が、一緒にいる時間が増えたことで相手の嫌なところが見えてしまったからというものだそうです。僕の考える素敵な人は、たとえ相手の嫌なところが見えたとしても、それを一緒に分かち合えるような人なんじゃないかと思います。コロナ離婚危機を迎えている方には、思いとどまるきっかけになるかもしれないので、そういう方にもぜひ聴いてほしいですね。でも当事者にしてみれば、「何も知らないくせに勝手なことを言うなよ」と思われるんでしょうけど、理想を言うだけならタダなので(笑)。


■海蔵亮太VSトオミヨウみたいな感覚で


ーーカップリングには「紫陽花」という曲を収録しています。


海蔵:「素敵な人よ」は、自分の歌が先導してメロディを引っ張っていくようなイメージでレコーディングしたのですが、「紫陽花」は自分が一歩引いてメロディに寄り添うような気持ちで歌わせていただきました。それに僕はJ-POPを多く聴いて育った人間なので、そのJ-POPの王道というか、「こういうのがJ-POPだよな」というものを感じていただける曲にしたいと思って、この曲を選ばせていただきました。


ーー「紫陽花」をモチーフにしたのは?


海蔵:今の時期にきれいに咲く花ですし、タイトルになっているのでついつい花に意識がいってしまいますけど……。紫陽花という花を擬人化してもいいし、それぞれのいろんな捉え方で、この曲を愛していただけたらいいなと思っています。


ーーAメロの〈まだ〉という言葉が、サビの〈ほら〉にかかっていたり、言葉と歌が一体になった楽しさもあると思いました。


海蔵:おしゃべりをしている延長上に歌があるような感覚かもしれませんね。会話の流れのなかで歌が成立していくというか。


ーーファルセットがたくさん出てくるのもポイントですね。


海蔵:大変でした。出そうと思えば地声でも行けてしまう音域なんですけど、地声だとこの曲の良さが出ないと思って。地声とファルセットの良い塩梅を見つけるのが、この曲は難しかったです。でも個人的には、めっちゃ声を張りたかったです。「裏声なんていらないぜ」みたいな感じで行きたいんですけど、そこには行かずファルセットを使うところに、日本のわびさびというか、つつましやかな美を感じる部分もあって。あえてファルセットを使ったことで、凛とした仕上がりになったんじゃないかなって思います。


ーーあと今作はType-Aにbutajiさんの「抱きしめて」、Type-Bにコブクロさんの「風」のカバーを収録。どういう経緯でこの2曲を選んだのですか?


海蔵:「抱きしめて」は知らなかったのですが、今回の制作で楽曲サポートをしてくださった方に薦めていただきました。初めて聴いたときは自分に合わないんじゃないかと思ったんですけど、何十回と聴きながら練習していくうちに、段々とこの曲を歌うのが楽しくなって、最終的にレコーディングすることになりました。思えば今までは表現してこなかったけど、深層心理で表現したいと思っていたことが、この曲にはあったんじゃないかと思います。つまり自分の知らない自分と出会えた感覚です。


ーーソウルっぽい雰囲気があって、コーラスもたくさん入っているアレンジですね。


海蔵:アレンジはだいぶポップス寄りですけど、根底にはソウルミュージックがあるのかなって思いますね。コーラスは、鼻にかけて歌ったり、こもらせて歌ったり、ハイラリ、ローラリ、声帯の位置を変えて声の響きを変えたり、いろんな声質を使い分けながら録りました。それによってこの曲が持つ独特の不思議な浮遊感を、上手く表現できたんじゃないかと思います。


ーー海蔵さんの声っぽくなくて、コーラスの方が何人も参加されているのかと思いました。


海蔵:図太くて「誰の声だ?」みたいな声も入ってて、蓋を開けたら僕なんですけどね(笑)。コーラスひとつとっても、声色を変えるだけで曲の雰囲気にこんなにも影響を与えるんだとか、こういう歌い方をすると自分の声はこういう風に聴こえるんだとか、この曲で勉強させてもらえて楽しかったです。


ーーボーカリストの方はみなさんコーラス入れが楽しいと言いますね。


海蔵:だいたい主旋律を録り終えた後にコーラスを録るので、とりあえず一仕事終えた開放感も手伝って、より楽しくなるのかもしれません。そういう意味ではボーナスみたいな(笑)。


ーー歌詞は女性視点なんですか?


海蔵:一人称が「私」だからそうかもしれないですけど、butajiさんからは、あえて聞いてなくて。そもそも歌詞で歌われているのは、男女のこととも限らないし、僕としては単純にパートナーのことを歌っていると捉えて歌いました。


ーーそういう性別を固定しないときは、歌声もどちらにも聴こえるようなものを意識したりするんですか?


海蔵:普段は特に考えませんけど、この曲は主人公の性別をあえて設定しなかったので、中間的なイメージを心がけました。それが結果として歌声に反映されたときに、男性が歌っているんだけどどこか女性っぽく捉えてくださる方もいるんじゃないかなと思います。「素敵な人よ」は僕の経験も踏まえているので完全に男視点で歌ったんですけど、「抱きしめて」の歌詞を読んだときに、性別という概念を取り払って歌ったほうが、この曲の良さである独特の浮遊感がより伝わるなと思ったので。


ーーそして、コブクロさんの「風」。コブクロさんは大好きなんですよね?


海蔵:大好きですね〜。「風」という曲に出会ったのは中学1年生くらいで、最初のワンフレーズに耳を持っていかれ、どうやったらこんなワードが出てくるんだろうと。それ以来カラオケで歌うのはもちろん、お風呂で口ずさんだり、長年ふっとしたときに出てくる馴染みのある曲です。それで今回カバーを選曲するときに、最初に思い浮かんだのがこの曲でした。


ーートオミヨウさんのピアノと歌だけというスタイルで、原曲とは違った魅力を放っていますね。


海蔵:同録なんですけど、ものすごく緊張感しました。でも同録はやったことがなかったので、結果的にすごく良い経験になりました。音源を聴くと、そういう緊張感も伝わってくるんじゃないかと思います。


ーー後半、歌だけになるところもあって、そのが引き込まれます。


海蔵:実際はガクブルでしたよ。ここで失敗したら、また頭から録り直しになって、編曲とピアノを演奏してくださったトオミヨウさんにご迷惑をおかけすると思って。失敗=死くらいの気持ちでした(笑)。


ーートオミさんとは事前に綿密な打ち合わせを?


海蔵:打ち合わせはしましたけど、「こういう風に弾くからこういう感じで歌ってはどうですか」といった簡単なやりとりがあったくらいで。だから海蔵VSトオミみたいな感覚で、セッションに近いというか。たまたま使っている楽器が喉と鍵盤だっただけの本当に対等な関係で、ピアノは決して単なる伴奏ではなく、お互いの伝えたいものを伝え合うみたいなイメージです。でもトオミさんピアノは、あくまでも伴奏なんですよね。トオミさんのプロとしてのすごさを間近で感じられて、とても貴重な経験になりました。


ーー中学1年生で初めて聴いて衝撃を受けた「風」という曲をずっと歌ってきて、今はこの曲にどんな魅力を感じていますか?


海蔵:切なさがあって、自問自答をしながらも誰かに問いかけている。それに合わせるメロディもすごくすてきで、最初に受けた歌詞とメロディの衝撃は今も変わりませんね。でも大人になった今だからこそ分かる、人間の儚い部分や弱さがあって。やはり中学生のときとは、違って聴こえます。


■慰問リモートライブで医療従事者にも感謝を伝えたい


ーーぜひライブで聴きたいと思う曲ばかりですが、今はライブもできない状況で。自粛期間中は、何をされていたんですか?


海蔵:普段はできないことをやっていました。いらないものを大量に捨てるとか、自炊をやるからには美味しいものを作ってやろうと思って、自炊に力を入れてみたり。音楽に関して言うと、歌う機会が減って喉が衰えてしまうのが怖かったので、自宅で工夫しながらボイトレをやって。あと自分の音楽って何だろう? どういうものを伝えていったらいいのか? いろいろなことを考えました。


ーーライブができない状況で、いろいろなことを感じたり考えたと思いますが。


海蔵:こういう状況になって、「あ〜あ、ぜんぜん音楽できないな」と最初は落ち込んだりしましたけど、逆にこういう期間に一番思ったのは、応援してくださる方との距離感が良い感じで縮まったということで。直接会えないぶん、お互いをより想い合えるようになったというか。僕自身もYouTubeでヒトカラ生配信をしたり、SNSを通じてコミュニケーションを取ったりしていくうちに、距離感の縮まりをどんどん実感するようになって。


ーー以前よりも意識して、SNSの更新頻度を上げたということですか?


海蔵:そうです。そのぶん、応援してくださる方のことを考える時間が増えました。これは結果的に、僕にとってすごく良いことだったと感じています。これをきっかけに、自分がこれから目指すべき音楽が、新しく見つかるんじゃないかと期待しています。


ーーこういう時代で、海蔵さんの歌はどういうものでありたいですか?


海蔵:自分の歌のルーツは、家族とカラオケに行って覚えたての曲を歌って家族が喜んでくれるというものでした。今はそれを、応援してくださる方のためにやりたいです。僕が歌って、応援して下さる方が喜んでくれたり、元気になってくれることを大事にしていきたい。そのなかでデビューのきっかけがカラオケ世界大会だったので、そこでの経験やそのときに改めて感じた日本語の素晴らしさや美しさは、引き続き伝えていきたいなと思います。


ーー状況が変わっても、自分のなかにある歌う意味は変わらないわけですね。ある意味でライブで歌を届けるのも、配信で歌を届けるのも、そこに喜んでくれる人がいるのであれば同じとも言える。


海蔵:基本的な考えはそうですけど、やっぱり生のほうが良いですよ。聴いてくださる方の表情、息づかい、空気感は、生じゃないとなかなか伝わらないので、オンラインだとどうしても一方的なものになってしまって。コメントの文字では確認できるけど、もっと温度が伝わるものだとより嬉しいです。いつかみなさんとお会いできる日を、今か今かと楽しみにしています。


ーーあと、今まで老人ホームで慰問ライブを定期的にやっていて。こういうご時世でそれができなくなり、代わりに慰問リモートライブを計画しているとのことですが。


海蔵:1stシングル曲「愛のカタチ」が認知症をテーマにした楽曲で。実際に僕の祖父が認知症になってお見舞いに行ったときに、そういう施設であまりにも音楽が流れていないことを知って、何か自分にできることはないかと思って始めたのが慰問ライブです。今はそういう施設に行くことも難しいけど、祖父のお見舞いで感じた気持ちを無くしてしまわないように、オンラインという形でも何か届けられたらと思って企画しました。施設に入っている方に対してももちろんですけど、今第一線で命をかけて頑張ってくださっている医療従事者のみなさんに、歌を通して感謝を伝えられたら良いなと思っています。


ーー歌ってシンプルなぶん、こういうときに強いですね。


海蔵:歌を聴いたら病気が治るわけではないけど、医学的根拠がないからこそみんなが信じられて、そこに価値を見いだせるものなのかなって思います。そういうことを伝えられる1人として、やれる限りのことはやりたいです。


ーー今後、慰問リモートライブ以外にやってみたいことは?


海蔵:漠然とですけど、歌以外で何か音楽を形として届けられるようなことをやりたいです。医療従事者をはじめ毎日頑張っている方を応援できるものを、何か作れたらいいなと思っています。


ーーそういえば気になっていたんですけど……海蔵さんがTwitterにあげている写真が、最近はほぼ顔芸になっていて(笑)。


海蔵:そうなんです。よくぞ気づいてくれました(笑)。顔写真付き絵日記をアップするようになって2年ほど経ちますけど、最初のころはすごくマジメにやっていたんですが、最近は変顔の写真をどんどん載せるようになっていて。タイムライン上にあんなのが急に出てきたら、驚きますよね(笑)。でもそろそろ事務所に怒られそうなので、自分らしく節度を持ちながら続けたいと思います!(榑林史章)


    ニュース設定