海外で上映禁止となった実録サイコパスムービー、動機なき連続殺人鬼の記録『アングスト/不安』

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2020年07月10日 15:23  日刊サイゾー

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写真オーストリアで実際に起きた殺人事件を題材にした『アングスト/不安』。東京、大阪のメイン館はそれぞれ満席スタートの初日となった。
オーストリアで実際に起きた殺人事件を題材にした『アングスト/不安』。東京、大阪のメイン館はそれぞれ満席スタートの初日となった。

 一部のマニアのみに知られていた「封印映画」が、37年の歳月を経て日本でその封印が解かれた。その映画のタイトルは、『アングスト/不安』(原題:『ANGST』)。1980年にオーストリアで実際に起きた一家惨殺事件を題材にした実録犯罪映画だ。1983年に『Uボート』(81)などで知られる俳優アーウィン・レダー主演作としてオーストリアで公開されるも、ショッキングな内容から1週間で打ち切りに。欧州全土でも上映禁止、イギリスとドイツではビデオも販売禁止となっていた。

 日本ではビデオバブル期だった1988年に『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』という邦題でVHSビデオがリリースされたが、わずか300本しか出荷されなかったため、ほとんど知られずに埋もれていた。そんなほぼ封印状態にあった作品が、コロナ禍に喘ぐ日本の映画館で初上映され、東京と大阪のメイン館が初日満席スタートという好調ぶりを見せている。

 ジェラルド・カーグル監督が自主制作した『アングスト/不安』の主人公となるK.(アーウィン・レダー)のモデルとなったのは、オーストリアを震撼させた連続殺人鬼のヴェルナー・クニーセク。実在した殺人鬼の主観映像と独白によって物語は進む。主人公の不安げな目線、殺意を抱く主人公の背後にぴたりと寄り添ったカメラワークが不気味だ。

 目に留まった民家をノックし、ドアを開けた老婦人に向かって、いきなり「撃ちますよ」と声を掛けてから射殺する。殺人の動機がまったくない、異常なオープニングとなっている。

 逮捕されたK.は精神障害を訴えるも、「動機なき殺人はありえない」と却下され、禁固刑が命じられる。刑務所内での態度が良好だったことから、最初の殺人事件から10年後の出所が決まる。だが、自由を与えられたK.は再び殺人衝動が抑えられなくなり、出所してすぐに一家惨殺事件を起こすことに。司法関係者のサイコパスに対する理解が乏しく、殺人に快感を覚える危険人物を野に放ったために起きた悲劇だった。

 一貫して暗く、陰鬱な映画だが、より注目したいのは映画の序盤で紹介される主人公K.=殺人鬼ヴェルナー・クニーセクの生い立ちだ。戦後間もないオーストリアのザルツブルクに生まれるも、シングルマザーからはネグレクトされ、私生児を嫌う祖母によって修道院に預けられる。だが、修道院で飼っていた動物たちを虐待したことを咎められ、実家へと送り返されてしまう。実家で待っていたのは、養父による体罰という名の暴力だった。

 14歳になったK.は、その後の彼の人生に大きな影響を与えることになる女性と出会う。母親と同じくらい、46歳のアネマリーとK.は交際を始めるが、アネマリーは極度のマゾヒストだった。年上の恋人からサディスティックなプレイを仕込まれ、K.は暴力を振るうことに快感を感じるようになる。倒錯的な性嗜好が、K.の精神をますます歪めた。

 やがてK.の母親は、自分の息子に殺されるのではないかと恐れるようになり、その不吉な予感は的中する。K.は母親をナイフで刺し、国外へと逃亡。K.の母親は一命を取り留めたために殺人事件にはならなかったが、この事件以降のK.は刑務所から出所される度に事件を起こし、また刑務所に戻るという生涯を繰り返すことになる。

 そして、ここからが本編だ。快楽殺人鬼の動向をリアルに追った映像となるため、精神状態が安定していない人は観るのを避けたほうがいいだろう。刑務所を出たK.は「俺にはすでに綿密な計画ができていた。あとは獲物を見つけるだけ」と心の中で呟きながら、街をさまよい歩く。ある一軒家が目に入ったK.は、獄中で繰り返していた妄想を実行に移す。一軒家の窓ガラスを手で叩き割り、侵入するK.。家の中には車椅子に乗る息子(筋ジストロフィーらしい)がおり、運悪くその母親である老女、そして女子大生の娘が帰ってくる。まったく罪のない障害者、老女、女子大生が、K.の快楽殺人のための犠牲者となってしまう。

 老女を突き飛ばすK.。老女の口からは入れ歯が飛び出す。さらに老女が見ている前で、車椅子から転げ落ちた息子を拷問する。母親の前で障害を持つ子どもをなぶりものにするという、非道極まりない手口だ。それだけでは物足りず、拘束していた女子大生をいたぶり続ける。一家惨殺の一部始終を、カメラはドキュメンタリー映像のように生々しく映し出していく。

 一家惨殺の後、K.は食事を摂るためにレストランへ入る。手袋をしたまま食事をするという異様な行動を怪しまれ、警察に通報されることに。3度目の刑務所行きとなり、ようやく無期懲役を言い渡されるK.=ヴェルナーは現在も存命だという。愛のない幼少期を過ごし、歪んだ愛を覚えたヴェルナーには、刑務所の中しか居場所はなかった。犯罪者を更生させるための施設である刑務所が、その機能を果たすことなく悲劇が繰り返された。本作を撮ったジェラルド・カーグル監督は、このデビュー作があまりにも衝撃的すぎたため、一本限りで映画業界から去ってしまった。

 同じように、司法が殺人鬼を野に放ったために起きた連続殺人事件を題材にしたのが、米国の実録犯罪映画『ヘンリー』(86)だ。こちらはすでにDVD化されている。この映画のモデルとなったヘンリー・リー・ルーカスも母親から虐待されて育ち、23歳の時に母親を殺害し、刑務所送りとなった。ヴェルナーの生い立ちとかなり似ている。

 ヘンリーにとっては、刑務所は天国のような場所だった。それまでの生活が無秩序すぎた。だが、ヘンリーが安らぎを感じた刑務所生活は長くは続かない。ベトナム戦争により、米国の財政は悪化。刑務所の予算は削減され、受刑者たちは次々と早期釈放される。ヘンリーは「出所したら、また殺人を犯す」と主張していたにもかかわらず、やはり釈放されてしまう。

 その結果、ヘンリーは300人以上の男女を殺害し、米国犯罪史上最大の殺人鬼となっていく。再び刑務所に帰ってきたヘンリーは、FBIの捜査に協力するようになり、エド・ハリス原作映画『羊たちの沈黙』(91)に登場するハンニバル・レクター博士のモデルのひとりとなった。

 戦時中の日本で起きた「津山事件」を題材にした映画に、田中登監督の『丑三つの村』(83)がある。『丑三つの村』の主人公・犬丸継男(古尾谷雅人)の場合は、継男を村八分扱いにした村人たちへの遺恨が村人30人を殺戮するという凶行へと至らせた。だが、継男に対して親切だった人には危害を加えないという線引きがあった。それに対し、『アングスト』や『ヘンリー』のモデルとなった殺人鬼たちは、因縁には関係なく、自身の快楽のために殺人を繰り返した。

 日本で封印が解かれた『アングスト』は、決して精神障害者や刑務所で更生を果たした人たちを危険視することを狙った作品ではない。だが、常識では測ることのできない、異常な犯罪者が実在することは覚えておいたほうがいい。

『アングスト/不安』

監督/ジェラルド・カーグル 撮影・編集/ズビグニュー・リプチンスキー

出演/アーウィン・レダー、シルヴィア・ラベンレイター、エディット・ロゼット、ルドルフ・ゲッツ 配給/アンプラグド  R15+ シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開中

(c)1983 Gerald Kargl Ges.m.H.Filmprodukution

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