【今週はこれを読め! SF編】異質な敵の全容、失われた文明の謎、そして秘匿された人類史

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2020年09月15日 12:22  BOOK STAND

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 林譲治による本格ハードSFシリーズがついに完結した。
 このシリーズが優れているのは、地球上での戦闘をたんに宇宙へ移したミリタリーではなく、宇宙における距離、天体的・物理的な条件、また複数星系にまたがる文明の政治・経済状況など、世界の土台がしっかり練りあげられ、すべてがストーリーに深く関わっているところだ。なによりの読みどころは、未知の存在(あまりに異質な知性)とのファーストコンタクトだろう。前代未聞の戦闘のなかに、相手を理解するカギが隠されている。
 さて、『星系出雲の兵站』が全四巻、『星系出雲の兵站 -遠征-』が全五巻、併せて九巻の長尺だ。設定・局面・登場人物も多岐・多彩。エピソードごとに深まる謎や新展開があり、それらが呼応しあって複雑絢爛な絵巻が構成される。
 とりあえず、完結篇に臨むにあたって再確認しておくポイントとして、次の三点をあげておこう。
(1) 主な舞台となるのは、人類播種船により植民された五つの星系(出雲・八島・周防・瑞穂・壱岐)。地球文明とは歴史的地理的に隔絶している。
(2) 人類は正体不明の敵ガイナスと交戦状態にある。戦略・戦術的展開はもちろん、ガイナスの正体をさぐりながら意思疎通の試みもつづけられている。
(3) 未踏の敷島星系で文明の痕跡が発見され、ゴート文明と名づけられる。
『星系出雲の兵站 -遠征- 5』のクライマックスでは以上の三点を結ぶ糸、つまり人類・ガイナス・ゴートの複雑な宿縁が明かされていく。それは"奇しき因果"としか言いようがなく、横溝正史の長篇探偵小説を思わせるほどだ。
 この巻は、壱岐星系の首都へのガイナスの奇襲からはじまる。
 巡洋艦クラスの宇宙船が地表を直撃し、都市は壊滅。しかし、この奇襲、戦略としてはどうにも不可解だ。
 奇襲後に第二波、第三波の攻撃はおこなわれず、近くにガイナス宇宙船の姿もない。そもそも宇宙船による地表直撃という戦術は、リソースの使用に無駄が多すぎる。また、これまでに判明しているガイナス知性のありように照らせば、彼らが「敵の中枢部破壊」「相手の心理的ダメージ」を狙ってくることはまずない。では、この奇襲の真の狙いは何か?
 いっぽう、敷島星系でのゴート文明調査が、仮説と検証を繰り返しながら少しずつ進んでいた。人類がこの調査に力を傾けるのは、ゴート文明とガイナスとのあいだになんらかのつながりを予想しているからだ。衛星美和に生活するゴート文明の末裔、惑星敷島の滅びた種族スキタイ、そして敷島の海岸で見つかったおびただしい白骨......。バラバラだった手がかりを総合して、敷島星系の驚異の生態、血塗られた歴史が浮きあがってくる。その歴史に重大な影響をおよぼしたのは、遙かな過去、この星系を通過した人類の播種船らしい。
 ガイナスの奇襲を受けた壱岐星系のエピソード、ゴート文明の解明が進む敷島星系のエピソード、これらと並行し、ガイナスとの意思疎通を目ざす烏丸司令官のエピソードが語られる。多くの個性的なキャラクターが登場するこのシリーズだが、烏丸はいちばんの傑物と言ってよかろう。その彼がこの完結篇で「探偵役」を演じる。
 物語の終盤、ガイナスは人類の裏をかいて最後の賭けに出る。その狡猾な計略に烏丸はどう対抗するか? そのためにも、人類の隠蔽された歴史、ゴート文明の非劇の全容、ガイナスの輻輳する実態を、掘りおこさなければならない。
(牧眞司)


『星系出雲の兵站-遠征-5 (ハヤカワ文庫JA)』
著者:林 譲治,Rey.Hori
出版社:早川書房
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