藤井聡太二冠を見続けた東大卒将棋ライターが語る、天才棋士の「思考力」とは?

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2020年10月01日 08:00  AERA dot.

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写真令和を代表する棋士になるであろう藤井聡太二冠(18)の表情には、まだあどけなさが残る。底しれぬ魅力に、みなが刮目する (c)朝日新聞社
令和を代表する棋士になるであろう藤井聡太二冠(18)の表情には、まだあどけなさが残る。底しれぬ魅力に、みなが刮目する (c)朝日新聞社
 一人の天才棋士が、将棋の見方を変えた。黙って盤を見つめ、言葉を交わすことのない棋士の「対話」に、私たちは魅せられる。AERA2020年10月5日号では、将棋と棋士の思考力について特集。その中からここではトッププロになる条件などを紹介する。

【初タイトルに最年少で「挑戦」したランキングはこちら】

*  *  *
 空前の将棋ブームである。

 18歳になったばかりの天才少年・藤井聡太二冠(王位、棋聖)が牽引し、脇を固める実力者たちも個性が際立つスターが揃っている。雑誌やウェブマガジンで次々に特集が組まれ、ややもするとマニアックだった棋界と社会との距離が、確実に近づいている。

「将棋の奥深さを感じた」

 王位のタイトルを獲得し、八段昇段を決めた翌日の8月21日、会見でそう語った藤井二冠。謙虚でありながら「まだまだ考えが足りないと思うところもあった」と自分自身を常に成長させる姿勢に、ファンならずとも「将棋」に魅せられる。

■将棋文化の裾野広がる

 だが、今の将棋ブームは降って湧いたものではない。地道な活動が結実したともいえる。

 プロ棋士が所属し、タイトル戦などの大会や各種イベント運営を手がける日本将棋連盟が、「学校教育課」を立ち上げたのは2006年。東京都教育委員も務めた米長邦雄会長(当時)の肝いりで、伝統文化としての将棋を次世代に継承する目的で、学校教育への将棋導入推進事業を始めた。

 小学校、中学校、高校を対象に申し込みに基づいてプロ棋士や女流棋士、指導棋士を派遣し、1校あたり年10回を上限に総合学習で将棋の歴史を学んだり、放課後やサタデースクール、部活動やクラブ活動など幅広い取り組みに対応してきた。申し込みは07年度の43校から順調に増え、16年度にいったん113校に落ち込んだものの17年度には170校に回復、昨年度も176校を数えた。

「派遣先は将棋会館のある東京、大阪を中心にした関東と近畿圏が主になりますが、これとは別にアマチュアの普及指導員が全国で千人以上フル活動していて、統計に表れない普及が浸透しています。小中学校の3人1組の団体戦も地方予選からの参加者が増えています」(将棋連盟普及課)

 この事業は、新進棋士奨励会(以下、奨励会)のようなプロの養成に直結する活動ではなく、庶民の遊びである将棋の魅力を伝えることで文化の裾野を広げることが目的であり、期待に違わぬ成果が出ていると言えよう。

 普及や教育の一方で、棋士に備わる「思考力」がどのように身につくのか、また学校の教科における学力との相関関係の考察はあまりない。要するに、地頭がいいから将棋が強いのか、はたまた将棋を続けることが学力向上につながるのか──。

 これについて、将棋ライターの松本博文さん(47)は、こう説明する。

「棋士の才能はイコール年齢だと思っています。少なくとも6歳ぐらいまでに将棋を始めた、同世代の中で突き抜けた存在の『筋のいい子』が、時間が許す限り将棋に没頭することがトッププロになる条件。伸び悩む子もいるけど、最終的に残るのはそういう人です。棋士と学問の適性は別モノです」

■早い段階であきらめる

 たとえば、東京大学法学部を卒業した片上大輔七段(39)や、東京大学工学部から同大学院に進んで車の自動運転を研究している谷合廣紀四段(26)ら「東大出身棋士」は、ともにタイトル争いに絡んだ経験はない。

 実は、松本さん自身も東大法学部を卒業し、在学中は将棋部で団体戦全国大会優勝戦に貢献するなど活躍した。それでも、「プロ棋士になろうと思ったことすらない」と言う。

「私は山口県下関市の出身で、将棋好きの祖父に教わり始めたのが小3の頃。たとえば私がアマチュア初段だった小6のころ、同い年で小学生名人戦で優勝した野月浩貴八段はアマチュア五段でした。高校全国大会で優勝した1学年下の少年に『プロ入りを考えたことは?』と尋ねたところ、『そんな夢は見ていられない』と首を振っていました」

 松本さんは、子ども時代をそう振り返りつつ、続ける。

「だから、年下の藤井少年に勝てなかった子たちは、余計に早い段階で棋士をあきらめて方向転換をした例が多いと思いますよ。あれだけの才能を目の当たりにしたら、逆に将棋の強い頭のいい子たちは切り替えも早いので」

 日本将棋連盟の会長を務め、数々のタイトルを獲得した先述の米長邦雄氏の「語録」として、棋界では有名な言葉がある。

「兄たちは、頭が悪いから東大に行った」

 米長氏は4人兄弟の末っ子で、3人の兄はみな東大に進学。この言葉が本当に発せられたかどうか実は定かではないが、「米長語録」の一つとして知られるだけでなく、棋士を目指すことの難しさを象徴する言葉となった。

■東大将棋部の猛者たち

 では、松本さんも在籍した東大将棋部には、どんな猛者たちが集っているのだろう。

「麻布高校とか灘高校とか将棋の強豪高校出身者が多くて、たまに奨励会をドロップアウトして東大に入学した人も入ってきます。1年生のうちは結構人数が多いけど、最後まで残るのは学年に10人もいないですね。もちろんみんな強いので、団体戦7人のメンバーに入るのも大変です」

 現役の東大将棋部は、今年の朝日杯オープントーナメントで谷合四段、上村亘五段(33)、佐藤秀司八段(53)を次々に破った天野倉優臣・学生名人(2年生)が在籍する黄金期で、団体戦では早稲田大学や立命館大学などの強豪と覇権を競っている。

 松本さんは現在、主にインターネット媒体に執筆を続け、多忙な日々を送っている。将棋界全体が、藤井二冠の活躍で嬉しい悲鳴を上げている。

「藤井さんが中学生棋士になったときから取材をさせてもらいました。年齢イコール才能はほぼ外れないので、史上最年少の14歳2カ月でプロになった彼が強いのはわかっていましたが、これほど早く頭角を現すとは正直想像できなかった。しかし、今にして思えば小学校4年生のときの文集に『名人を超える』と書いていたように、早くからトップに立ち、将棋界を背負って立つ気構えができていたのでしょうね」

 対局で無類の強さを見せるだけでなく、過去の将棋界の文献も読み込んだ上で受け答えする姿勢に、松本さんは舌を巻いた。藤井二冠の「思考」は、ここにも表れる。

「彼は14歳にして、質問に対してもじっと『最善』の答えを考えていました。面白いことを答えようとか、会話中の沈黙が気まずいから適当な答えでお茶を濁そうとか、そういうことが一切ない。深く考え、言葉を選ぶ。そして、将棋の対局では、最善でしかも華のある手を指します」(松本さん)

 AI(人工知能)が人間の棋力を凌駕して久しいが、将棋は鍛え抜かれた強者同士が盤上で技術を交錯させ合う人間ドラマだ。コンピューター同士で自動で指し続ければ棋譜は無限に生成されるが、ファンが見たいのはそんなものではない。

 17歳の高校生に敗れて棋聖位を失った渡辺明二冠(36)が初挑戦で名人位を奪い、敗れた豊島将之竜王(30)が対藤井二冠無敗を伸ばす5勝目を挙げて壁として立ち塞がり、さらに永瀬拓矢王座(28)から持将棋(引き分け)2局を含むフルセット九番勝負で叡王位をもぎ取った。この「4強」に強豪棋士が入り乱れて繰り広げるドラマは、しばらく続きそうだ。(編集部・大平誠)

※AERA 2020年10月5日号より抜粋

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