転倒続出の2020年シーズン。変化する路面の対応が難しい17インチタイヤ/ノブ青木の知って得するMotoGP

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2020年10月06日 12:51  AUTOSPORT web

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MotoGP第8戦エミリア・ロマーニャGP ファビオ・クアルタラロとポル・エスパルガロのバトル
スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届けするコラム。今回は第7戦サンマリノGP、第8戦エミリア・ロマーニャGPで転倒が多かった理由とあいまいなペナルティ基準について語る。

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 2020年シーズンのMotoGPが開幕してすでに8戦が開催されていて、ビックリしているワタシです。2月にマレーシア公式テスト視察に行ったが、あの時がギリギリ海外に行けるタイミング。その後、あれよあれよという間に新型コロナウイルスの感染が世界各国で拡大し、MotoGPは7月まで開幕できずにいた。始まると今度は猛ペースでレースを消化していくものだから、大縄飛びになかなか入れず頭を上下させながら回転するロープを眺めているような状態に……。すっかりご無沙汰してしまいました。

 ……なぁんていう言い訳はさておき、話は思いっ切り飛ばしていこう。今回のテーマは、「今シーズン、やけに転倒が多いんじゃないの?」ということだ。分かりやすい例として、イタリアはミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリにおいて2週連続で開催された第7戦サンマリノGPと第8戦エミリア・ロマーニャGPを挙げてみよう。この第7戦と第8戦、同じミサノ・サーキットで行われたにも関わらず、1週間経っただけで路面状況がかなり変わったようだ。決勝中の転倒者は、第7戦はティト・ラバット(エスポンソラーマ・レーシング)とファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)のふたりだったが、第8戦は6人。印象としてばバッタバッタと転んでいく、というレースになってしまった。

 要因はいろいろ考えられるが、ワタシはタイヤに注目したい。路面は生き物。刻々と変化する。そういった変化への対応力は、やはり16.5インチタイヤが強かった。「2016年、MotoGPのタイヤがミシュランのワンメイクになったと同時に17インチ化され、よりシビアになった」という話は、以前にも当コラムで書いたから、覚えている方もいるかもしれない。16.5、17というインチ数は、リム径(ホイールの直径)のこと。タイヤの外径は変わらないが、リム径が0.5インチ小さい16.5インチは、タイヤのハイト(サイドの高さ)がわずかに高くなる。その分だけタイヤのバネ量というか、ストローク量が多くなるのだ。

 ホントにちょっとのことなんですけどね……。その「ちょっと」をまったく無視できないのが今のMotoGPだ。サーキット路面は真っ平らではなく、ハイグリップな四輪レースで舗装がよれたり、転倒車両のステップが削ったり、人間が感じないぐらいの凸凹もある。16.5インチはそれをいなしてくれたのだが、17インチだと突然スパーンと足元がすくわれてしまうようだ。

 KTMが良かったと思えばヤマハが良くなり、かと思えばKTM不発でヤマハも不調、ドゥカティのファクトリー勢が苦戦したり……といった浮き沈みの激しいシーズンになっているのは、今年ミシュランが導入した新型リヤタイヤの影響が大きい。構造から見直したというこのタイヤ、路面温度とタイヤがバチッと合えばピンポイントで高いパフォーマンスを発揮するが、ちょっとでも外すとかなり苦戦するようだ。おおまかにいえばKTMとヤマハは恩恵を受けているが、それも「うまくハマれば」という但し書きつきである。

 ミシュランは2017年のMotoGP参入以来、ずっと前後バランス取りを続けている。もともとリヤタイヤのグリップ力の高さには定評があるけれど、その分フロントを押し出してしまうプッシュアンダーの傾向が強い。そうなると当然フロントを強化するのだが、レーシングライダーはワガママな生き物(笑)。フロントが良くなれば「リヤをもっと良くしてくれ」とリクエストするものなんですよ。となればリヤをアップデートする。それが今年なワケだが、そうなると今度はフロントからの転倒が目立ってしまう、という具合だ。

 路面温度へのシビアさも、転倒を招く。第8戦のFP4ではハードタイヤを履いていた中上貴晶選手が転倒を喫した。場所は右コーナーが続いた後の左コーナー、ターン15。なかなかイメージしづらいと思うが、右コーナーを走っているうちにタイヤの左側面が冷えてしまい、いざ左コーナーに差しかかった時に十分なグリップが得られず、「スパーン!」と行ってしまったのだ。実際、タイヤの表面温度が左右で10℃ぐらいの差が出ることもあるので、「冷える」という表現は決して大げさじゃない。中上選手は予選でもチームの誤りで本人が希望していないハードタイヤで走り出してしまい、同じターン15で転倒している。やはりタイヤの左側面が冷えていたからだ。

■決勝レース中のラップタイムは信じられない精密さ
 ワタシもかつてグランプリを戦っていた時、ザクセンリンクの左コーナーが3つ続いた後の右コーナーでなす術もなく転んでしまったことがある。もちろんタイヤの右サイドが冷えていることは分かっているから細心の注意を払って抑え気味にするのだが、一方でレースをしているわけで、攻めなくちゃいけない。その「抑え」と「攻め」のバランスが「攻め」方向にほんのちょっとでもイキすぎると、「アーッ」となるわけだ。これは本当に難しい。

 ただし、誤解なきよう付記しておきたいのだが、こういう事態というのは常にパフォーマンスアップを狙うレースの宿命である。だいたいからして、バイクレースのハードウエアは「アチラを立てればコチラが立たず」の典型だ。さっきの「フロントタイヤを良くすればリヤタイヤが物足りなくなる」じゃないけど、すべてを両立させるのはほとんど不可能に近い。エンジンだって高回転域のピークパワーを狙えば低中回転域が不足に感じられ、低中回転域をパワーアップすれば高回転域に不満が出る。さっきは「レーシングライダーはわがまま」と言ったが、常に限界を極めようとするがゆえに、常に現状に不満があり、常に過渡期なのだ。だからこそ、レベルアップし続けられる。

 言うまでもなく、転倒していいワケじゃない。でも、今与えられたマテリアルで攻め切ろうと思えば、やはり限界を超えていこうとするのもレースの側面だ。何かの限界が下がっているのでは決してなく、常に上がり続けようとしている最中だということ。少なくとも今のMotoGPは、ワタシたちがレースしていた時代に比べるととんでもなくハイレベルになっている。それでも飽き足らずに攻め続けているのだから、いやはや……。

 今年は特に決勝レース中のラップタイムのコンスタントさが凄まじい。ワタシたちの頃は、スタートからゴールまでのラップタイムがだいたいプラスマイナス1秒以内に収まっていれば「よくできたレース」と言われていたが、今はコンマ3秒ぐらい。激しいバトルを繰り広げながらほとんどタイムが上下しないなんて、いやもう、信じられない精密さだ。

 ただ、ちょっと残念なのは、今季は特にあいまいな判断によるペナルティが目立つことだ。その最たるものはトラックリミット。簡単に言えば、「コースをはみ出しちゃいけませんよ」ということだ。トラックリミットを前後タイヤが同時に越えてしまった時、決勝以外の走行セッションでは該当ラップのタイムが抹消される。

 そして決勝では、はみ出したことで不利になった場合はおとがめなし。不利になったか有利になったかハッキリしない場合は、3回を越えるとダッシュボードに警告が表示され、累積5回になると通常コースより大回りするロングラップペナルティが課せられる。さらにトラックリミットの超過が明らかに有利につながった場合は、ポジションダウンやラップタイム加算、ロングラップペナルティなどいくつかのペナルティのどれかを課すことができる。

 どういうことか分かります? 書いていてツッコミどころ満載でイライラするが(笑)、最終ラップに限ってはまた別の判断基準とペナルティが用意されている始末で、もうワケが分かりません。要は、あいまい過ぎるのだ。レースをできるだけ公平、公正、安全に運用したいという気持ちは分からないでもないが、判断基準は明確でなければならない。「有利か、不利か」なんていうのはかなり主観的なものだ。今年はペナルティが特に厳しく、ワタシとしてはレースに水を差してしまっているようにしか思えない。

 連戦が続き、猛烈なペースでレースをこなしている2020MotoGP。第9戦カタルーニャGPではクアルタラロが涙の今季3勝目を挙げ、ランキング争いでトップに返り咲いた。ひたひたと追い上げているジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)にも期待がかかる。コロナ禍に始まり、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)の不在もあって、いろんな意味で史上に残るシーズンになることはもはや確定的。つまらないペナルティがチャンピオンシップの行方を左右するようなことだけは、避けていただきたいものだ。

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