『アオアシ』にサッカーファンが熱狂する理由とは? どこまでも“リアル”な作風に迫る

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2020年10月24日 09:01  リアルサウンド

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 日本のサッカー文化は90年代のJリーグ開幕から急激な成長を遂げている。1998年からW杯には6大会連続で出場し、150人以上の選手が海外で活躍。これはアジア1位の人数である。


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 文化の成熟に伴い、日本のサッカーファンのリテラシーは過去最高レベルに高まっていると言えるだろう。その影響はマンガにも現れており、『GIANT KILLING』、『フットボールネーション』といった一見マニアックな作品も大きな人気を博している。現在ではサッカーを日常的に観戦するわけではない一般層までもが日本代表の戦術を語り、選手の特徴について熱弁を交わすことは少なくない。そんな中サッカーファンを今熱狂させているサッカー漫画がある。2015年から『ビッグコミックスピリッツ』で連載される『アオアシ』だ。


 本作品はカリスマ的指導者・福田達也が愛媛県の弱小校でとある特異な能力を持つ少年・青井葦人を自らのチームのセレクションに招待する場面から始まる。そのチームの名前は「東京シティ・エスペリオンFC ユースチーム」。現実に置き換えるところのJユースだ。


 Jユースとは、Jリーグの各チームが保有することを義務付けられている18才以下(高校世代)の選手のみで構成されたチームである。『アオアシ』はこのJユースを舞台とした今までにはない物語だ。


 葦人は技術レベルが拙く当初は多くのチームメイトから反感を買ってしまう。指導者からもセレクションで合格させるメンバーには推されなかったが、ピッチ上を俯瞰して敵と仲間の位置を正確に把握する空間認識能力、そしてボールへの嗅覚を評価した福田達也によってセレクションに合格し、プロサッカー選手を目指す事になる。


 序盤のハイライトは、葦人がフォワードからサイドバックにコンバートされる場面だ。ゴールに強いこだわりを持っている葦人は激しく動揺するが、これを受け入れて前に進んでいく。多くのサッカー漫画ではフォワードやミッドフィルダーなどの攻撃的なポジションの選手が主人公であることがほとんどだ。主人公がサイドバックであることはかなり珍しい特徴だ。


 物語の中では高校チームとの争い、激しいリーグ戦、チームメイトのトップチーム昇格、などを通してJリーグが極めてリアルに描かれる。このリアルさは本作品の大きな魅力の1つで、当然ながら必殺技なるものは存在しない。


 このリアルさは、細かな戦術面やテクニカルなボールの扱い方にまでおよび、一般読者に向けた作品としては考えられないほどだ。作中には「5レーン」、「ダイアゴナルラン」など、非常に現代的で、リアルな言葉が並ぶ。(そしてマニアックなサッカーファンの心奥底まで刺さる!)


 本作品の主人公は葦人であるが、彼と同等に濃く描かれるのが監督である福田達也だ。自らが率いるチームで世界を相手に勝つことを目標としており、そのためには育成が大事だと考えている。圧倒的なカリスマ性によって選手から尊敬を集める彼の指導は示唆に富み、柔軟だ。全てを語りすぎず、時には行き過ぎる葦人を引き止める。彼の指導の中でも一際目をひくのはティーチングとコーチングの使い分けだ。


 ティーチングとは選手に答えを教えて導くこと、コーチングとは選手に答えを考えさせて導くことだと作中で福田は語る。全てを教えるだけでは選手は育たないという考えのもとで選手たちは能力を伸ばしていく。


 このような指導者側の描かれ方も今までのサッカー漫画とは異なり、注目を集める要因になっている。今までには描かれなかったサッカーの側面がこれだけ描かれているのは、原案協力にスポーツライターの飯塚健司氏が参加していることも理由に挙げられるだろう。


 サッカー日本代表の活躍、海外リーグでの日本人選手の躍動、『GIANT KILLING』に代表される現代サッカー漫画のヒット、これらによって読者のリテラシーが向上しているからこそ描ける部分を濃密に描いているのが『アオアシ』だ。作者がサッカーに詳しい読者を信じてくれているからこそ、読者も心からのめり込める。もしもあなたがサッカーへの一家言を持っているのなら、一度は本作品に触れて欲しい。


(文=嵯峨駿介)


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