【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第17回】もしヘイローがなかったら……。間一髪での脱出は安全性向上の賜物

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2020年12月04日 07:11  AUTOSPORT web

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2020年F1第15戦バーレーンGP クラッシュで炎上したマシンから脱出し、担架に乗せられたロマン・グロージャン(ハース)
2020年シーズンで5年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。F1第15戦バーレーンGPでは決勝レースでロマン・グロージャンが大クラッシュを喫したが、幸いにも自力でマシンを脱出。両手に火傷を負ったものの、それ以外に大きな怪我はなかったとのことだ。クラッシュからマシンを脱出するまで一部始終と、病院でのグロージャンの様子を小松エンジニアが振り返ります。

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2020年F1第15戦バーレーンGP
#8 ロマン・グロージャン 予選19番手/決勝リタイア
#20 ケビン・マグヌッセン 予選18番手/決勝17位

 バーレーンGPではご存知の通り、決勝レース1周目に大きな事故が起きてしまいました。幸い奇跡的に(と言ってもいいと思います)ドライバーのロマンは自力で燃え盛るクルマから脱出し、3日後にはもう病院から退院してホテルに戻ることが許されるほど回復していますが、ホントに怖い事故でした。

 ロマンはなかなか良いスタートを切り、そのまま第3コーナーを立ち上がりました。ここで彼は後ろにいたダニール・クビアト(アルファタウリ・ホンダ)が見えておらずコースを横切り始めます。

 この際に彼の右リヤタイヤとクビアトの左フロントタイヤが接触し、時速220kmでコースから飛び出し、ガードレールに突っ込んでしまいました。ガードレールの隙間にモノコックが刺さった形になり、この衝撃でエンジンが右後部からもげ、その勢いで左後部の燃料タンクを守っている車体部分をはがしてしまいました。この時のダメージで燃料が漏れて一気に火がつきました。

 あの燃え盛る火のなかから、本当によく出てきてくれたと思います。出てくるまで27秒ほどでしたが、本当に間一髪です。ぶつかった瞬間に火が出ており、ヘッドレストや覆いかぶさっていたバリアなどに阻まれ脱出は容易ではありませんでした。

 しかも左足が曲がった車体とペダルの間に挟まっており、最初は抜けなかったのです。彼はなんとか足をもの凄い力で引っ張り、レーシングシューズから足を抜くことに成功し、その後は炎のなかに両手を突っ込んで自ら体を押し出して、自力で脱出しました。何かひとつ、少しでも状況が違っていたらマシンから出ることはできなかったと思います。とにかく、本当によくやってくれました。

 ヘイローはガードレールのポストに当たった衝撃でへこんでいましたが、もしヘイローが無かったらチャンスはありませんでした。ヘイローは本当に頑丈に作られているので、これがへこむということはどんなに衝撃が大きかったかを物語っています。これまでずっと安全性の向上に取り組んできて下さった方々のお陰でロマンは生きて出てくることができました。

 もちろん、この事故の教訓から改善することはあります。しかし、あの衝撃と火ダルマのなかからロマンが脱出できたことは、関係者のみなさんの成果として評価されるべきことだと思います。

 レース後病院に行きましたが、僕が病室に入った時、彼は奥さんと子供たちとフェイスタイムで話していました。ホントに嬉しかったです。左足首も折れておらず、気管や肺も問題ないようで、最も大きな怪我は両手の火傷です。

 月曜日に再び病院に行った時は、いつもの笑顔に戻っていて驚異的な回復力だと感じました。これから火傷の治療を続け、精神的に落ち込む時もあると思いますが、今はただただ彼が生きていることに感謝しています。

 あれほどの事故なので、チームメイトのケビンやチームメンバー達の精神的な衝撃も大きかったです。特に赤旗中断からレース再開までの間、映像も繰り返し流されていましたし、難しかったです。再開されたレースではケビンは実によく走ってくれましたし、チームのみんなもピットストップを含め、みんなほんとによくやってくれました。

 その後、クルマが戻ってきて実際にそれを目の辺りにした時の気持ちは上手く言えませんが、あまりの酷さに気持ち悪くなりました。目の前にあるモノから誰かが生きて出て来れたということが信じられないのです。その後、FIAのスタッフが検証をしたり、昨日もロス・ブラウンと実際の事故車を前にして話をしましたが、その度に悪夢が呼び戻される感じです。自分のなかでやはり消化しきれていませんし、常に頭のなかは「もし」だらけです。

 たとえば「もし靴が脱げなかったら」、「もし数秒でも意識を失っていたら」、「もしヘッドレストが上手く外れなかったら」、「もしガードレールがマシンの上に覆いかぶさっていたら」など、考えれば考えるほどどれだけ彼が死に近かったかということしか出てこないので、恐ろしいです。

 彼には奥さんも3人の子供もいます。上のふたりの子供は僕の子供達と同じ時期に生まれた。そんな家族ぐるみの友人でよく知っている仲なので、なおさらゾッとしています。

■マシンは全損。第16戦はスペアシャシーを組んでピエトロがドライブへ

 ロマンのマシンは全損なので、今週末の第16戦はスペアシャシーを組みます。ドライバーは、リザーブのピエトロを乗せます。忙しいですが、問題ありません。同じサーキットでの開催で移動がないのは良かったです。事故調査関連のことを除けば、ファクトリーのスタッフとの連絡・準備は普段とあまり変わりません。

 この週末を振り返ると、金曜日には2021年用タイヤをテストしましたが、あまり良いものではなかったですね。グリップとバランス両方に問題があります。ドライバーの評価も全体としてよくなかったです。今後のことはこれからピレリやFIAと話し合いを続けていくことになると思います。

 赤旗後に再開された決勝レースでは、今のウチのクルマの速さでは他のクルマと同じ2ストップ戦略を採ってもまったく入賞のチャンスがないので、ケビンがハードタイヤを2セット持っていたことを活かして、1ストップを選択しました。

 ただグリップ不足に苦しみ、タイヤのタレが早かったので2ストップ勢にかないませんでした。同じ作戦をとったピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)は見事6位に入賞していましたが、ウチのクルマではできませんでした。

 でもこれしかチャンスはなかったはずなので、作戦としては正しかったと思っています。今は、セットアップの面でもっとタイヤを上手く機能させることはできなかったのか検討中です。

 次戦はよりパワーが重要なレイアウトなのでさらに厳しいですが、何とかロマンに少しでも良い報告をできるようなレースをしたいです。

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