ガチ恋、大人の事情、夢……2.5次元舞台の光と影 『りさ子のガチ恋♡俳優沼』『星と脚光』の問いかけ

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2020年12月06日 10:01  リアルサウンド

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 国家を擬人化した『ヘタリア』の作者・日丸屋秀和の新連載が『総理倶楽部』と発表され、波紋を呼んでいる。史実上の人物をイケメン化したコンテンツは少なくないが、総理大臣のコメディ化という題材にはさまざまな危うさが潜む。そんな『総理倶楽部』にまつわる反応を眺めながら、2017年の時点で「イケメン化した総理大臣」を作中に取り入れた『りさ子のガチ恋♡俳優沼』(脚本・演出:松澤くれは)という演劇作品を思い出さずにはいられなかった。


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 26歳OLのりさ子は、2.5次元舞台で人気の若手イケメン俳優・翔太君を追いかけている。「退屈な日常を、挫けそうな現実を、明るく照らす希望の光」である翔太君は、りさ子にとって太陽そのものだった。彼女は翔太君が原敬を演じる『政権☆伝説』を全公演観劇し、高額なプレゼントを贈るなど、お金と時間のすべてを注ぎ込んで「愛で、人を推す」生活を送っていた。だがある出来事をきっかけに、その愛が一線を越えていく――。


 若手俳優沼を題材に、推しへの愛憎やオタクあるあるネタに鋭く切り込んだ『りさ子のガチ恋♡俳優沼』は、初演時からSNSを中心に話題が沸騰し、その後集英社文庫から小説版も出版された。本作の劇中劇である『政権☆伝説』は、作中で次のように説明されている。


〈『政権☆伝説』通称「伝ステ」は、歴代総理大臣をイケメン擬人化した恋愛スマホゲームが原作の人気舞台。「駆け出し秘書のヒロインになって、現代に蘇ったイケメン総理大臣たちと政権奪取を目指そう♡」っていう、謎すぎるゲームで、そもそも総理大臣は人なんだから擬人化はおかしいでしょとか史実の総理大臣の名前だけ借りてきた三流イケメンゲーとかアンチに散々馬鹿にされて叩かれたにもかかわらず、舞台化で人気に火がついて大ヒット。キャラデザインと絶妙なシュールさが相まって、後発の2.5次元舞台シリーズとしては異例の動員数を誇っている。(『りさ子のガチ恋♡俳優沼』 17ページ)〉


 『りさ子のガチ恋♡俳優沼』ではTwitterの愚痴垢をはじめ、LINEグループやゴシップのまとめサイトなど、ネットやSNSの世界が作中で再現され、これらのギミックが生み出すリアリティが物語に説得力を加えている。同じように物語の核となる2.5次元劇中劇が作り込まれることで、その舞台に立つ役者側の本音やファン心理の生々しさも、際立っていくのだ。


 推しへの愛が狂気へと転じる、スリリングな結末が忘れがたい読後感を残す『りさ子のガチ恋♡俳優沼』。演劇や俳優の表と裏を知り尽くした松澤くれはが照らし出す2.5次元舞台の闇は、今もなお我々に大きな問いかけを残す。


 そんな松澤が9月に刊行した『星と脚光 新人俳優のマネジメントレポート』(講談社タイガ)でも、2.5次元舞台が作品のモチーフとして選ばれた。ただし今回はファン側を掘り下げた第1作とは異なり、新人俳優とそのマネージャーコンビを中心に、2.5次元舞台の出演を目指す青春お仕事演劇小説が展開されていく。


 菅原まゆりは大手芸能事務所に勤務し、敏腕マネージャーとしてその腕を鳴らしていた。だがある事件が引き金となって退職し、一年間家に引きこもる。心に大きな傷を負ったまゆりだが、かつて担当したアイドル・鷽鳥真琴との「いつか、誰かをスポットライトで照らしてね」という約束を果たすため、仕事への復帰を決意した。


 弱小芸能事務のマネージャーとなったまゆりはタレント発掘に出かけ、真琴を彷彿させる新人俳優のマコトと出会う。スターの片鱗を感じてマコトをスカウトするも、彼はたびたび破天荒な行動を取り、まゆりを戸惑わせる。いまだ原石の新人俳優と、挫折を体験したマネージャー。二人は人気の2.5次元舞台『けまりストライカーズ!』(通称『まりステ』)の藤原定家役を目指して二人三脚で奮闘するも、次々とトラブルが降りかかってくるのだった――。


 本作は単独でも楽しめる作品だが、『まりステ』は『りさ子のガチ恋♡俳優沼』のラストに登場する2.5次元舞台で、初代定家役の秋山悠も同作のキャラクター。『りさ子』を知る読者は、作品同士のリンクも楽しめる。


 そんな共通点があるものの、作品の読み口は異なる。『りさ子』にあった生々しさやエグさは『星と脚光』では抑えられ、爽やかさを感じさせる人間ドラマに仕上げられた。とはいえ、ストーリーは決して爽やか一辺倒というわけではない。作中には大手事務所の妨害をはじめ、芸能界ものらしい業界特有の大人の事情や、心の闇も描かれていく。それでも作品の根底に流れる人間のひたむきさや、夢を追いかける姿が放つまぶしさが、心をあたたかく照らし出していくのだ。この読後感も、天真爛漫な新人俳優マコトが放つ“光”なのかもしれない。


 タイトルにもなった「脚光」をめぐるやり取りは、地味ながら本作の真髄に迫る名場面として忘れがたい。そして物語のクライマックスを飾るまゆりとマコトの緊迫感あふれるシーンは、激白のなかでそれぞれの夢が交差し、心地よいカタルシスを生み出していく。


 舞台演出家であるからこそ描ける、ステージを彩る光と影。ファンと俳優の闇に鮮やかに切り込む『りさ子のガチ恋♡俳優沼』も、オーディション会場や稽古場など俳優がいる風景を熱量込めて描く『星と脚光』も、それぞれ異なる魅力にあふれている。ポップかつ現代的な作風のなかで、人間心理の狂おしさを展開する松澤くれはの今後の仕事にも、期待を寄せたい。


(文=嵯峨景子)


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