永瀬正敏主演作『BOLT』は原発事故がモチーフ…“失なわれた未来”を取り戻すことはできるのか?

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2020年12月11日 16:02  日刊サイゾー

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 林海象監督は日本におけるインディーズ映画の先駆者だ。29歳のときに製作費500万円の自主映画『夢みるように眠りたい』(86)で監督デビューを果たし、永瀬正敏主演作『我が人生最悪の時』(94)から始まる「私立探偵 濱マイク」シリーズも好評を博した。近年は京都芸術大学や東北芸術工科大学で学生たちを指導してきた林監督が、7年ぶりに新作映画『BOLT』を撮り上げた。2011年に起きた福島第一原発事故をモチーフに、社会派ファンタジーとでも称すべきユニークな作品に仕上げている。

 林海象監督にとって盟友である永瀬正敏が主演した『BOLT』は、3つのエピソードによって構成されている。最初のエピソードとなる「BOLT」のデザインワークに、思わず目を見張る。大地震によって原子力発電所のボルトがゆるみ、圧力制御タンクの配管から放射能に汚染された冷却水が漏れ出した。発電所に勤める男たち(永瀬正敏、佐野史郎、後藤ひろひと、金山一彦)は防護服に身を包み、ボルトを締めるために命懸けの作業に向かう。

 放射能計測機が知らせる数値は、どんどん高くなる。本部からは無線通信(声:佐藤浩市)で「特殊防護服は放射能を防ぐが、完全ではない」「ここで君たちがボルトをとめることができなければ、汚染水は未来へ流れ続ける」という声が届く。足がすくむような状況の中、男たちは2人1組になって原子炉内へと向かう。制限時間は1組1分。わずか1分の間に、どれだけボルトを締めることができるかが勝負となる。だが、防護服を着ている上に恐怖で手が震え、思うようにスパナを回すことができない。まさに地獄の業火に焼かれるような心地だった。

 インディーズ映画の限られた予算では、原発事故の状況を再現したセットを作ることは到底不可能だ。それを可能にしたのが、現代美術家のヤノベケンジだった。大阪万博跡地で育ったヤノベケンジは、サバイバルや廃墟からの再生をテーマに創作活動を続けてきた。ヤノベ本人が『鉄腕アトム』の世界を思わせるデザインの放射能感知服を着て、原発事故のあったチェルノブイリなどの廃墟を巡った「アトムスーツプロジェクト」は、アート界の枠を越えて大きな注目を集めた。

 林海象監督と同じく京都芸術大学の教授を務めているヤノベケンジの協力を得て、彼の個展が開かれていた高松市美術館内に原発のセットが建てられた。映画制作や撮影の様子そのものをアートとして公開しようという試みだった。永瀬たちが緊張に震えながら炉心へと向かう、薄暗い通路は美術館近くにあった廃工場でロケ撮影されたそうだ。インディーズ映画ならではの創意工夫が施されている。

 1965生まれのヤノベケンジが生み出した原発のセットや永瀬たちが着る防護服は、どこか懐かしさを感じさせる。子どもの頃によく見ていたSFアニメや特撮ドラマに出てきたような、レトロフューチャーなデザインだ。だが、子どもの頃に憧れていた「懐かしい未来」は、もはや遠い過去の幻影であり、3.11によってその幻影さえも無残に崩壊してしまったことを痛感させられる。

 子どもの頃、とてもカッコよく見えていたヒーローたちの着ていた特殊スーツが、「BOLT」の中ではひどく脆弱なものに映る。こんなチープなスーツで、高濃度の放射能をどれだけ防ぐことができるのか。また、輝かしい未来社会のシンボルだったはずの原子炉は、理性を失った猛獣のように禍々しく感じられる。慣れ親しんできたものが唐突に襲いかかってくる恐怖心と喪失感がハンパない。

 永瀬が演じる名前のない男は、続くエピソード2「LIFE」にも登場する。名前のない男は、避難勧告地区で暮らしていた独居老人宅の遺品整理をする業者(大西信満)に雇われた身となっている。家の中は原発事故の起きた日から時間が止まっていた。原発事故から日数が経ち、放射能の数値は落ち着いてきたものの、時間が止まったままの部屋での遺品整理は、男に事故当日のことを鮮明にフラッシュバックさせる。遺品整理業者の「誰もやりたがらない仕事をしないと食べていけない」という主旨の言葉も、切実なものがある。

 最終エピソードとなる「GOOD YEAR」では、永瀬演じる男は廃墟同然の工場で暮らしている。かつての同僚(佐野史郎)に原発を廃炉にする工事に参加したいと電話で頼むも、「規定以上の放射能を浴びているからダメだ」と断られていた。男は人知れず、黙々と何かの機械を工作している。原子力発電に代わる永久機関なのか、それとも時間を巻き戻すことができるタイムマシンなのか。いつ完成するか分からない機械づくりに取り組む男のもとに、クリスマスの夜、謎めいた美女(月船さらら)が現われる。男の亡くなった妻を思わせる風貌だった。

 一躍、林海象監督の名前を有名にしたデビュー作『夢みるように眠りたい』は、私立探偵の魚塚(佐野史郎)が未完のままとなっていた映画のラストシーンを探し求める幻想的物語だった。「私立探偵 濱マイク」シリーズでも、依頼人に頼まれて濱マイクはボロボロになりながら何かを探し続けた。また、『夢みるように眠りたい』は浅草、「濱マイク」シリーズは横浜市黄金町界隈、『探偵事務所5』(05)は川崎と、それぞれ雰囲気のある街が舞台となっている。探偵には、くたびれた街がよく似合う。

 社会のドブ掃除をするような汚れ仕事を専門とする私立探偵を主人公にし、個性のある街を舞台にしてきた林海象監督が、原発事故をめぐる記憶と事故の起きた街をモチーフにした映画を撮り上げたのは必然のことだったのかもしれない。

 ディストピア化した街で、孤独に生きる名前のない男は、何者だろうか? 永瀬演じるこの男は、かつては横浜の古い映画館の二階に事務所を構えていた私立探偵・濱マイクの成れの果ての姿と解釈することもできそうだ。濱マイクの事務所があった古い映画館、横浜日劇は2007年に取り壊されており、彼の帰る場所はすでに消滅している。寄る辺なき男となった濱マイクは、いつしか名前も失い、原発のある街に流れ着いたのかもしれない。名前のない男は、音信が途絶えた古い友人のようにも思える。

 ずっと探偵映画を撮り続けてきた林海象監督が、『BOLT』の中で名前のない男に探させているものはなんだろうか? その答えは、この映画を観た人の数だけあるが、答えのひとつとして「失なわれた未来」を挙げることもできるはずだ。では、すでに失なわれた未来はどうすれば取り戻すことができるのか。別れた女の心を取り戻すことと同じくらい、これは難しい。

 名前のない男は、決して見知らぬ他人ではない。この映画を観ている私たち自身でもあるに違いない。夢みるように眠っていられた時代は、すでに終わってしまった。シビアな現実と向き合うことでしか、新しい未来を開くことはできない。この映画を観た者は自らが探偵となって、未来に続く扉を探し続けるしかない。
(文=長野辰次)

『BOLT』
監督・脚本/林海象 美術/ヤノベケンジ
出演/永瀬正敏、佐野史郎、金山一彦、後藤ひろひと、テイ龍進、月船さらら、吉村界人、佐々木詩音、大西信満、堀内正美、佐藤浩市(声)
配給/ガチンコ・フィルム 12月11日(金)よりテアトル新宿、19日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国公開
(c)林海象、ドリームキッド、レスパスビジョン
http://g-film.net/bolt

デジタルリマスター版『夢みるように眠りたい』(初版1986年)
監督・脚本/林海象 美術/木村威夫
出演/佳村萌、佐野史郎、大竹浩二、大泉滉、あがた森魚、小篠一成、中本龍夫、中本恒夫、十貫寺梅軒、遠藤賢司、草島競子、松田春翠、吉田義夫、深水藤子
配給/ドリームキッド、ガチンコ・フィルム 12月19日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
(c)映像探偵社
http://g-film.net/dream

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