櫻井翔が貫いた14年前の教え、共演者が語る“王様ゲーム”と“キャスター”への志

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2020年12月30日 11:00  週刊女性PRIME

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写真櫻井翔
櫻井翔

  櫻井翔は嵐きっての知性派だ。慶應義塾大学の幼稚舎に通い、'00年に経済学部に入学した。学内では、アイドルに羨望のまなざしが向けられた……わけではなかった。

「同級生たちは、裕福でまじめな家庭の子どもが多かったためか、“お前、いつまでアイドルやってるの?”と言われていたそうです。卒業後は有名企業に就職することが多い彼らにとって、櫻井さんの仕事は異質だったのかもしれませんね」(櫻井の知人)

 '04年に大学を卒業し、芸能活動に専念できるようになった。'06年には、舞台『ザ・ビューティフル・ゲーム』で主演を務めた。

「アイルランドとイギリスの内戦中に、国境を越えてサッカーをする物語。華原朋美さんや脇知弘さん、黒田勇樹さんらが出演しました」(スポーツ紙記者)

 共演した黒田は、櫻井と年が近かったこともあり、すぐに打ち解けられたと話す。

僕や脇さんと同じ楽屋だったので、すぐに仲よくなれました。楽屋ではよくマンガの話をしていましたね。彼が食事に誘ってくれることも多く、大阪公演ではよく焼き肉店に行きました

 一方、稽古では座長としてみんなをまとめていた。

「櫻井くんが率先する形で、みんなでセリフの読み合わせをしました。毎日、仕事で忙しそうだったので、僕たちからは提案しにくかったのですが、彼のほうから“ここ、みんなで合わせようよ”と言ってくれたんです」(黒田)

 この舞台を通して、親睦を深めたのか、こんな遊びも。

大阪で打ち上げをした後、帰りの新幹線で、じゃんけんに勝った人がほかの人に命令できる王様ゲームをしたことを覚えています。“〇〇がモノマネをする”“カチカチに凍ったバニラアイスを食べる”といったたわいない内容でしたが、すごく盛り上がりましたね」(黒田)

勉強熱心な姿が……

 同じ年の10月からスタートした報道番組『news zero』(日本テレビ系)では、月曜キャスターに抜擢された。

 番組開始当初から'18年9月までメインキャスターを務め、現在は関西学院大学教授の村尾信尚氏に話を聞いた。

「会議では、ほかの人の意見をきちんと聞いて、意見を聞かれると“若い人に伝えるためにもう少し丁寧に原稿を書いたほうがいい”など、“若い世代にニュースを届ける”という番組のコンセプトを意識した発言をしていましたね」

 難病の子どもたちや障がいのある人たちに対しては、こんなことも。

取材で関わった際は、激励のメッセージを書いてあげることもありました。スポーツでも、特に障がい者スポーツの取材に力を入れていた印象です。“彼らに対して自分にできることはないか”と櫻井さんのほうから積極的に提案していましたよ」(村尾氏、以下同)

 12年間一緒に仕事をしてきて、勉強熱心な姿が印象に残っているという。

当時、アシスタントディレクターの人たちを集めて、ニュースで取り上げられる内容に関する勉強会を開いていました。土曜日か日曜日の午後に、僕が教授をやっていた関西学院大学の東京キャンパスの教室を借りて、スタッフ20人に講義する形式で年に2回やっていたのですが、そこに櫻井さんも来たことがありましたよ

オーラを抜きすぎて起きた事件も

 現在もキャスターとして活躍する陰には、 師匠からの14年前の“教え”があったようで……。

僕は戦争をすることに反対で、立場の弱い人の声を聞くことを信念に掲げてきました。櫻井さんもその思いに共感してくれて、戦争に関する取材には積極的に足を運んでくれました。12年間で仕事への姿勢や僕への態度が変わらなかったので、素晴らしいと思いますよ

 '11年に公開された映画『神様のカルテ』では、俳優としてひと回り成長した。

「長野県松本市にある病院に勤務する主人公の医師が、大学病院から誘いを受け、大手と地方の病院での患者の扱いをめぐって葛藤する物語。宮崎あおいさんや要潤さんなど、豪華なメンバーが出演しました」(映画ライター)

 監督を務めた深川栄洋氏は、当時の櫻井は芝居に苦手意識を持っていたと話す。

役の世界にどういうふうに入ればいいか、考えている印象でした。カットが終わるごとに“次はどうすればいいでしょうか”と質問されて僕がアドバイスするという教師と生徒みたいな感じでしたね。彼が演じた役は自分に自信のない役だったのですが、撮影中も週に3回は嵐の仕事があり、戻ってくるとキラキラしたアイドル感が残っていたので、メイクの際に、僕が彼の演じるシーンについて1時間ほど説明して気持ちを切り替えてもらいました。そんなふうに、嵐のオーラを抜くのが恒例でしたね(笑)

 だが、オーラを抜きすぎて、こんな“事件”も。

「街中で彼がトボトボ歩くシーンでギャラリーが400〜500人も集まってしまい、警備員を配置して撮影しました。離れたところにカメラを置き、合図を出したら歩くよう指示したのですが、なかなか歩いてこない。事情を聞くと、役に入り込んで歩いていたら、ギャラリーと間違えられて警備員に止められていたみたいで……」(深川氏)

 当時、芝居の話だけでなく、嵐のことも話していたという。

30歳になる直前で、嵐がデビューして12年だったのですが、“やっていることは今までと変わらないけど、周りの人たちの反応が変わってきた。自分たちが認知されてきたのが不思議な感覚”と言っていました。仕事も充実していたのか、“宙に2センチくらい浮いた感覚だ”とも話していましたよ」(深川氏)

“宙に浮いた”5人は巨大な一枚岩となり、快挙を成し遂げていくのであった─。

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