人類はチーズケーキで滅亡する? SF作家たちが考える“人類滅亡のトリガー”とは

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2021年01月08日 08:01  リアルサウンド

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第2回『世界SF作家会議』 #1

 未曾有の年となった2020年が終わった。しかし、新年を迎えても新型コロナ感染拡大は収まる気配がなく、希望の感じられない年明けとなっている。1月6日の深夜に放送された、第2回『世界SF作家会議』はそんな世相にある意味ふさわしいものだったかもしれない。


 本番組は2020年7月に第1回が放送され、「アフターコロナの未来」というテーマでSF作家たちが議論した。2回目の放送となった今回のテーマは、「人類は〇〇で滅亡する」。SFにとってポピュラーなテーマである人類の滅亡について、日本と世界のSF作家たちが意見を交わしあった。


 今回の番組参加者は、第一回から引き続きの参加となった新井素子、藤井太洋、小川哲の3人に加え、2020年に『首里の馬』で芥川賞を受賞した高山羽根子も参加。さらに、『三体』の世界的ヒットで世界的に注目を浴びる劉慈欣と、『紙の動物園』で知られるケン・リュウ、『わたしたちが光の速さで進めないなら』が日本でも出版された韓国の新鋭キム・チョヨプらもVTRで参加した。


 世界と日本を代表するSF作家たちは、人類の最期をどのように想像しているのか。番組を振り返ってみよう。


人類の滅亡理由、SF作家たちの考えは…?

 本番組はコロナ禍での開催のため、各作家をリモート中継でつなぐ形で行われた。司会を務めるいとうせいこう氏が、コロナと世界の現状について小川に質問すると、小川は「コロナによって生活は一変した。コロナの流行当初に抱いていた希望的観測の通りにはいかず、いくつかの物事は元には戻らないのではないか」と語った。新井は日本と外国のコロナへの対応を比較し、「日本では災害や疫病はやり過ごすものという認識が多いが、いくつかの外国ではコロナに打ち勝とうとしている。疫病に対してそういう考えがあることに感動した」とのことだ。


 話題は、本番組のテーマである「人類は〇〇で滅亡する」に移る。参加者それぞれが滅亡要因をパネルで提示し、一つずつディスカッションしていく形式で進行した。


 最初に発表したのは小川。回答は「人類はチーズケーキで滅亡する」という、一見するとトリッキーなものだった。しかし、小川の主張は非常に明快。小川は、チーズケーキとは自然界に全く存在しない極めて人工的な味だと言う。人類はそういう人工的なものを数多く作り、社会制度さえも動物の本能から逸脱してきている。社会制度が生存本能から外れたものが増えていく先に人類の滅亡があるということの比喩が「チーズケーキ」であり、小説家らしい、ユニークな表現と言える。小川は、その帰結として、日本の少子化問題などがあると言い、これは人類を動物として考えた場合には致命的な現象ではないかと語った。


 それに対して新井は、生物の本能から人間が外れてきているという考えに賛同しつつ、少子化は逆に救いかもしれないと語る。生物のピラミッドの頂点にいる人類が増えすぎてしまうのは歪な状態であり、人類の生存本能が少子化を求めているのではないかという見解を披露した。


 続いて、VTRで劉慈欣とケン・リュウの考えが紹介される。劉慈欣は、人類滅亡の要因は大きく分けて2種類、人類自身による災厄か自然災害による災厄であるとし、人類は自然の災厄にはかなわないだろうと主張した。逆に核兵器など、人類自身が引き起こす災厄は、人は理性によって克服するだろうと考えているようだ。


 これに対してケン・リュウは、人間は意外と打たれ強いのでパンデミックや気候変動などのでは滅びないのではないかと語る。そして、人類は歴史上初めて自らの力で進化の過程を進めることを可能にし、テクノロジーによって今よりも賢いポストヒューマンになるだろう、その進化が望ましい方向ならば人類滅亡はむしろ喜ばしいことではないかと主張した。


 中国とアメリカの大作家の言葉を聞き、藤井はそれぞれの発言が作風に沿っていることに感動したようだ。続いて発表したのはその藤井と高山で、2人はともに「人類は愛で滅亡する」と回答。2人の結論は同じものだが、愛についての見解が実に対照的であった。


 高山は、愛は人類にとっての脆弱性ではないかと言う。愛国や愛社など、愛は時に権力者などから強要され、利用される、それは人間が生きていく上でのバグのような感情であり、そのバグによって人類に致命的なエラーが出るのではないかと考えているようだ。


 一方、藤井にとっての愛とは、動物としての人間の象徴だと言う。人間は結局動物であり、その本質は猿と変わらないので動物としての限界を超えられないだろうと藤井は主張する。そして、現在も発展し続けるコンピュータの思考は人間と真逆で、肉体的な感覚と脳の乖離が進行しており、その乖離に人が耐えられなくなった時に大きな出来事が起こるのではないかと言う。


 高山と藤井の愛の捉え方は、愛が動物的なものであるのか、文化的なものであるかで異なると言える。それは、人間を生物学的な存在と捉えるか、文化的な存在と捉えるかの違いとも言えるかもしれない。新井は、ケン・リュウの言うポストヒューマンは人間に含めてはいけないのかという疑問を提示したが、人間を動物的に捉えるか否かという議論は、例えば、データだけの存在になった者は人間と言えるのかどうかなど、人間の定義を巡る広範な議論を呼び起こすだろう。こうした、前提条件や定義にこだわる議論が本番組では活発になされたが、とてもSF作家らしいものの考え方だ。


 韓国の新鋭SF作家キム・チョヨプは、人類は目や耳では知覚できない感覚外の要因でゆっくりと滅亡していくのではないかと語った。キムはコロナを例にとって、人は24時間緊張状態ではいられず、必ず油断する瞬間がある、明確に知覚できるものに対しては人間が警戒できるが、ウイルスのような目に見えず耳で聞くこともできないものに人類は必ず油断してしまうのだと説明してくれた。


 まさに今、世界はコロナウイルスという目に見えないものと相対している。ある人は「コロナは怖くない、風邪のようなものだ」と語り、別の人はコロナは恐ろしいものだと主張する。キムの回答は、コロナ禍をリアルタイムに経験している我々にとっても貴重な示唆を与えてくれるものだった。


 最後の発表となった新井は、「人類は滅亡しない」と力強く発表した。動物としての人類は世界各地に生存しており、これほど広範に生息している動物は他にはおらず、種としての人類はあらゆる環境に適応してしぶとく生き残るのではないかという考えのようだ。


 確かに人間は熱帯の赤道直下にも極寒の北国にも生存している。南極にすら人がいるし、宇宙にだって進出している。あらゆる環境で最適化している人間を見ていると、地球の一部が住めなくなったとしても、別の地域ではなんとか生き延びているかもしれない。新井のこの力強く希望を感じさせる人間観は、コロナ禍だからこそ心に響くものがある。


 今、世界は未曾有の危機の真っ只中にいて、遠い未来を考える余裕を失っているように思える。この番組は、そんな時だからこそSFの想像力によって大きなビジョンを持つことが重要だと訴えている。日本と世界のSF作家たちの言葉は、目の前のことに汲々としている今の我々の目を見開かせてくれる力強さに溢れていた。


 番組は、YouTubeチャンネル「8.8チャンネル」でも配信されている(無料)。番組本編の他、未収録の「地球滅亡の日に食べるなら、ご飯か麺か?」のお題に対する回答や、番組終盤に提供された宮崎夏次系の漫画、さらに司会のいとうせいこうと番組顧問の大森望のアフタートークも見ることができる。


第2回『世界SF作家会議』 #1

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。


【番組概要】
第2回『世界SF作家会議』 “人類は〇〇で滅亡する”
オリジナル全長版 YouTube 「8.8チャンネル」で配信
URL: https://www.youtube.com/channel/UC6tqmjWZpM2UFfG6QBdl1aQ


■番組スタッフ
企画:黒木彰一(フジテレビ)
プロデュース:下川 猛(フジテレビ)
構成:竹村武司
演出:村尾輝忠
ディレクター:温井精一(フジテレビ)
プロデューサー:渡辺 資
制作補:濱田 舞、平山日菜子、古川 周(フジテレビ)
技術:フラッグ
協力:早川書房、小松左京ライブラリ
編成:枝根聡樹(フジテレビ)


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